【三白眼はなぜ怖がられるのか】
急に言われてもなんだと思われるかもしれないが、俺は三白眼である。三白眼とは一般的な人間と比べて眼の中で黒目の面積が小さい目を言う。俺はこの目のおかげで初対面の人間から怖いと思われがちである。
目を合わせると怒ってる?とか威圧してる?などと俺の数少ない友人から尋ねられるのだ。なので俺はリリアン・ウィンザーと積極的に目を合わせないようにした。不審がられない程度に、しかしあまり三白眼を見られないように合わせるときは笑顔で目を細めていた。
この顔を俺の数少ない友人に見せたところ、余計怖いよなどと言われてしまった。俺はこの笑顔はリリアン・ウィンザーには向けまいと決めた。
そのリリアン・ウィンザーだが、前回の恥晒し顔合わせから一週間がたち、微妙な空気で終わったことによってやり直そうという空気になったのでめでたく二回目の顔合わせが行われることになった。何もめでたくはない。
今度はウィンザー家に向かうことになった。馬車の中で両親は目を閉じ、天に祈りを捧げていた。これまで俺は何回も祈り、無駄だと分かっていたが両親に習って天に祈りを捧げた。
無事に子爵邸に着き、そろって戦に向かっていると勘違いされそうな程に緊張感を滲ませながら子爵邸に足を踏み入れた。
俺たちとは違ってウィンザー家は空気がのんびりしていた。いや、リリアン・ウィンザーだけは前回程までとは言わないが空気が固かった。俺はさらに気を引き締めた。
前回と違い、つつがなく顔合わせは仕切り直すことができた。俺とリリアン・ウィンザーは二人で話す時間も必要だろうと二人でウィンザー邸の庭に放りだされた。さすがに資金が潤沢なだけあって見応えのあるものだった。美しい薔薇が咲き誇っていた。
「おお……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった。少し気恥ずかしくなり隅へと目線を向けると豪奢な薔薇とは別の区画が目に入った。気になって近づいてみる。少し隠されたようにも見えるこの花壇はマリーゴールドやアネモネなどの花が少し不均等に咲いていた。
豪華さに隠されたこの花壇は少し儚くも感じられる。後ろから慌ててリリアンが近寄ってきた。俺は振り返ってリリアンに話しかけた。
「薔薇も見事ですが、ここの花もまた別の美しさがありますね」
「そう、思われますか」
リリアンは顔を固くした。あまり俺の意見と同じではないようだ。自分の家の花壇を褒められて顔が強張るのはあまり見たことがないので驚いたが、それには触れないでおいた。
なんせ会うのは二日目なのだ。だから今微妙な空気が流れているのはしょうがないと思いたい。口が達者ではないが何か話題を振らなければならないのではと俺が焦り始めたとき、リリアンが口を開いた。
「……ここは私が無理に言って作ってもらったところなんです」
「……そうなんですか」
「ええ……」
また訪れる沈黙。ここで話を広げられないから俺は必要な人脈作りさえ苦労するんだよなと思考をあさってに飛ばしていた。
「家の者以外はあまりここは見ないので、見たとしてもあまり良い反応はいただけないんです。だからそんなに悪い反応じゃなくて安心しました」
「へえ、俺とは違う考え方のようですね」
「そうですね。ここにあるマリーゴールドやカレンデュラよりいろいろな人にはやっぱり薔薇のほうが好かれるものですから」
「なるほど……」
「なんて偉そうに語ってすみません……あ。そうだ、言おうと思ってたんです。ホワード侯爵は私に敬語を使われてますが、敬語はやめていただけると嬉しいです。私は“子爵”家の人間ですから……」
何か含みがあった気がするが追求するのはやめておいた。俺はあまり人との対話が得意じゃないから下手に墓穴を掘るのは得策ではない。
「じゃあ遠慮なくなしにさせてもらう。あんまり得意じゃないんだ」
「ふふ、なんとなくそんな気はしていました」
俺はリリアンがほほ笑むのに合わせて口元を緩めた。テンポはよくないが穏やかに会話が続けられて少し距離が近付いた気がした。だから調子に乗った発言をした。
「じゃあリリアン嬢も敬語はなしにしてくれないか?無理にとは言わないけど」
「……えっと、その」
「ごめん、無理ならいいんだ。“結婚して”からでいい」
しまった、俺も含みを持たせてしまった。俺は今まで四回も婚約が流れたことで結婚できるなんて思っていなかった。結婚できればいいと思えど期待がへし折られる度に結婚に対して卑屈になっていたのだ。
何か言いたげな目線を向けられたが、俺が踏み込まなかったようにリリアンも何も言ってこなかった。
気まずさからかリリアンが薔薇のほうを見たので、つられて俺も薔薇を見ると、陽に当てられて花弁が鮮やかに見えた。眩しささえ感じられる。
「……薔薇が好きな人の気持ちはわからなくもないな」
「えっ?」
「俺はあそこの大輪の薔薇はなんだか眩しく見える」
「眩しく……?」
「まあ、ここの花たちのほうが親近感が湧いたけどな」
「……そうでしょうか」
それは違うとでも言いたげな顔ではあったがリリアンはそれを口にすることはなかった。表情に感情が出ていて本当に貴族に向いていない人だと思う。少し心配したところでウィンザー家の執事から戻ってくるように声が掛けられた。
会話が弾んだとは言えないが初日よりはマシだろうと思いながら家族のもとへ向かったのだった。