ファンデーションの砂漠に閉じ込めて①
自宅の近くにあるカフェのテラスの特等席で、平穏なひとときを過ごす。
神宮寺 真冬の休日には、この時間が欠かせない。
高校で大して面白くもないノリに無理矢理付き合わされ、脳と筋肉が直結したゴリラ達にナンパされる。
そんなストレスまみれの高校生活を忘れ去らせてくれる唯一の時間だ。
一時間くらいのんびりしていても誰からも文句を言われないし、学校の課題なんかはその一時間の間に全て終わらせることが出来る。
高校の近くにもカフェはあるが、如何せん都会感が強くて落ち着けない。
排ガスの臭いとコーヒーというのは言うまでもなく最悪な組み合わせだ。
「……そろそろ来ても良いと想うんだけどな。」
真冬は、これからある人物と会う約束だ。
鞄から手持ち時計を取り出して時間を確認する。
午後6時53分。
待ち合わせは午後7時丁度。
あと7分は時間がある。
だが彼女は待ち合わせの20分前には現地に到着していないと気が済まない性分のため、これでも遅く感じてしまう。
「……すみません、渋滞してまして。
その様子だとかなり待っていたみたいですが……。」
背後からいきなり声をかけられ、流石の真冬も少々驚いた。
このご時世、得体の知れない人間が背後に立つのは恐ろしいことだ。
だが、彼は別にそういう危険性を持った男ではない。
少なくとも真冬に『用件』がある、比較的味方寄りな男だ。
「……早速用件をどうぞ。」
真冬は一刻も早く帰ってもらうため、あからさまに急かす。
彼の事情を聞いたところで時間は戻ってこない。
そんなことに費やす時間が惜しいのだ。
「お気が早い……。」
やって来た男は、真冬の気迫に押されて大人しく椅子に座る。
彼こそ待ち合わせの相手。
佐保川 杮……黎明新聞の記者だ。
顔立ちは整っているが、髪型はとても汚ならしい。
家主が死んで手入れがされなくなった庭の雑草のように乱れている。
おまけに数ヵ月間散髪していないのか、かなり長い。
我々が想像するあの『幽霊』と違うのは、男であることと血色がいいことだけだ。
話したいことがある、ということでこのカフェに呼び出されたのだが……。
「……いらっしゃいませ。
ご注文はお決まりでしょうか。」
若い女性店員が注文を聞きに来る。
「ん、え~~~~~~と……うん、あとで……スゥゥゥゥ───ッ、お願いします……。」
「かしこまりました。」
さっと踵を返す店員。
杮はその後ろ姿を目で追う。
「用件、あるんですよね?」
「あッ、すみません、そうです……ハイ……スゥゥゥ───ッ。」
「あの……その『スゥゥゥ』って息を吸うのは何、癖?
かなり気になるんだけど……静かにしてくれない?」
「あ、これ……ですか、スゥゥ───、癖です、すみません。」
全く。
人を呼び出しておいてこれである。
年上だから何をやっても許されると思っているのか。
溜め息が出そうになる。
彼女にとって『ただ自分より長く生きているだけ』の人間は尊敬の対象にならない。
杮などは真冬より長く生きていながら真冬より薄い人生を送っているとしか思えないから尊敬に値しない。
「じつ、実はですね、スゥゥゥッ……。
頼みたい……スゥ──……ことがあって、あなたを呼んだんです。」
「謝るだけで静かになるわけじゃないんだね、ふぅん。」
「あっ、はッ、直します!
えェと……街の外れにある『廃墟』に住む芸術家に取材を仕掛けたくて……。
そっ、その同行……お願いしたいんですが……。」
新聞記者が女子高生に深々と頭を下げながらお願いをする姿は滑稽で、どこか悲しい。
だがオカルト部の部長としての彼女の活躍は一部では有名で、杮もそれを知っているからこそ下手に出ているのだ。