悲鳴を奏でるピアノにて⑥
そのオーラのあまりのドス黒さに、思わず後退りする。
『アアアアアアアアア……駄目ダ駄目ダ駄目ダ駄目ダ駄目ダ駄目ダ駄目ダ、駄目ダ駄目ダ駄目ダ駄目ダ!
駄目ダ……ァァァァァァァァ駄目ダ駄目ダ駄目ダァァァアアア!
演奏ヲ続けないと……死んデシマイソウダ……!
クソ、駄目ダ駄目ダ駄目ダ駄目ダ駄目ダ!』
頭をかきむしり、顔をかきむしり、狂ったようにピアノの鍵盤を叩き出す。
そのおぞましい光景と似つかわしく、不気味で怒りに満ちた旋律が音楽室に響き渡る。
「……くっ、聞いてるだけで……此方までヤバくなりそう……!」
クスリを切らした薬物中毒者のように鬼気迫る表情。
折れそうな勢いで鍵盤に叩きつけられる指。
何が彼女をここまで駆り立てるのか。
『噂ヲ途切レサセテハナラナイ!
噂通リニシナケレバナラナイ!
クアアアアアアアアアッ!』
「う……噂……?」
噂とは、今目の前で起きているこのことだろうか。
実はピアノが勝手に鳴っていたわけではなく、この得体の知れない『何者か』が鳴らしていたということか。
となれば、重要なのはその『何者か』の正体だ。
「……これは何なんだ……お前、一体誰なんだ……!」
音楽室の噂は、夢が入学する以前───ずっと昔から存在していた。
それこそ、セキュリティという概念もなかった頃からだ。
どうするか考えあぐねていると、突如夢の体が震えだし、電気ショックでも受けたようにビクンと跳ね上がった。
その衝撃で真冬も吹き飛ばされそうになるが、何とか踏ん張る。
「……くそ、一体どういうことだ……これは……!」
気付くとそこには、古い制服を着た男が立っていた。
図書館の記念誌で見たことがある。
数十年前の卒業生の集合写真。
『良いデザインだ』と強く印象に残っていたので覚えている。
「……。」
そこから更に思い出す。
その写真にあった『違和感』を───。
ある年の集合写真。
並んでいる生徒達の中、何故か不自然に一人分のスペースが開いていたのだ。
だが司書や当時の職員だった老人会のメンバーに聞いてみても、そこには元々誰もいなかかったのだという答えが帰ってくるばかり。
「……まさか……これは……。」