ファンデーションの砂漠に閉じ込めて⑥
二分ほど歩き、辿り着いたのは狭い部屋。
ひとつの棺桶のようなものが置かれているだけで、あとは何もない部屋。
だが棺桶があるという事実は、たったそれだけで他の如何なる事実よりも重要だ。
斎造には哀那という妻がいて───彼女はもうこの世にいない。
ともすればこの棺桶はただの棺桶ではない。
ムガル帝国のある代の皇帝は愛する妻のためタージ・マハルを建築した。
彼もまた、愛する妻のために棺桶を作ったのだろう。
「───私の足音、聞こえてませんでしたか?
もうアナタの後ろに立ってしまいましたよ。」
「はッ───!」
興奮と歓喜で全く気がつかなかった。
背後に立っているのは斎造。
「どうやってこの扉を開けたんですか?」
「……。」
「答えてくださいよ。
私はこの扉をどうやって開けたか訊いたんです。
質問の意味が分かりませんか?」
「扉が勝手に開いたんですよ。
……信じられませんか?
でも私の力で開けられる扉じゃ ない。
だからこそアナタは『どうやって開けたのか』と訊いてるんでしょ?」
「なるほど、答えたくない事情がある、と。
ああ……忘れてました、佐保川 杮は私が『作り直し』ておきました。
あまりに無礼な性格なのでね……。」
「───作り直した?」
耳を疑う真冬。
度し難い発言だったからだ。
人間を作り直す?
どうやって?
「セルフメード……私が持つ不思議な力ですよ。
こんなこと言うと凡人は鼻で笑うんですがね。
でも本当にあるんですよ、アナタなら信じてくれるはずだ。」
真冬にも不思議な力がある。
だから確かに、彼の言うことを信じるしかない。
それに、どれだけ現実的でなくとも現実に起きていることは否定出来ない。
「杮さんは、私の好みの性格でゼロから作り直しました。
無礼なことはもうしなくなるでしょう。
こうやって世界の全てが私にとって不愉快でないモノに変わっていけば良い……。」
「……。」
「ちなみにね……この棺桶の中、気になるんでしょう?
教えてあげますよ……中には哀那がいます。
哀那のヤツ……私のことだけを考えていれば良いのに、余計な記憶を持っている……妬ましかったんですよ。
私より先に彼女と関係を持っていた全ての人間が。」
「……じゃあ、アナタは哀那さんのことも……。」
「察しが良くて助かります。
同じくゼロから作り直しましたよ、だから彼女にとって私は夫であり親であり、唯一の『人間』だ。
彼女には他の人間は必要ないんですよ……私だけを愛していれば良い……!」
ようやく分かった。
この棺桶の中にいるのは哀那だが……きっとその姿は大人ではない。
彼は言葉通り、本当に人間を作り直しているのだ。
子供か、赤ん坊か、胎児か───。
「都会は嫌いでした……。
全てが用意されていて創作の余地がない……無限に広がる地獄でした。
だから何もないこんな場所に移り住んだんですよ。
ここで私は沢山のものを生み出してきた……人間さえも生み出してきた。
私は創造主です、皆私のアダムとイヴだ。
まあその場合、創造主とイヴが結婚していることになりますがね。
おかしいでしょう、ハハハハ!」
「……人が人を作り直すなんて……見損ないましたよ。」
基本的に自己中心的で高慢な彼女も、人命を軽視しているわけではない。
「確かに人間が人間の命を操るのは神への冒涜だと言える……。
では、神はなぜ私にこの力を与えてくれたんでしょうね?」
「幻滅したわ……この世の醜さを愛せない人間が芸術家を名乗るなんて滑稽も良いところ……。
創造なんて言葉で美化しても……アナタが禁忌を犯したことに変わりはない。
杮はあんなに無礼だったけれど、それが杮の存在証明だった……。
アナタは作り直したんじゃない……。
杮を殺したんだ、そして哀那さんのことも!!」




