悲鳴を奏でるピアノにて①
真冬───彼女はその名前を嫌っている。
名前というものは春夏秋冬に併せて変えられるものではないのに、彼女の親はこの名前をつけたのだ。
何でも、冬に生まれたからだとか。
気に入らない、実に気に入らない理由だ。
百万歩譲ってその理由を受け入れるとしても、ダメだ。
夏や秋になれば『冬』という漢字が浮いてしまう。
そもそも、生まれた時期を名前にするという風習自体、彼女は嫌っている。
いわゆる『ソシャゲ』なんかではクリスマス限定とかハロウィン限定とか、ことあるごとにその時期限定のキャラを出してくる。
だが、ああいうキャラはその時期を過ぎれば完全に浮いてしまい、使うこともなくなってしまう。
5月にもなって正月限定キャラを使っている人間がいれば軽蔑すらしてしまうだろう。
名前についても同じだ。
8月になって『真冬』という女が街を彷徨くなど、何と季節感のないことか。
フルネームは神宮寺 真冬。
長い黒髪に、死人のような瞳。肌はまるで亡霊のように真っ白で、体温も低い。
美しいが、決して積極的に近寄ろうとは思えない『冷たさ』を感じる。
ちょうど今も、名前のことについて、狭く薄暗い部室の中で話している。
「……いやァ分かる分かるよ分かりますよ。
俺もね、新作MMOの?アレ何だっけ……崩壊のバベル?
アレやっててね、プレイヤーの名前変えたくてウズウズしてるンすよ!
『すしの助1400』って!この名前でモチベ維持できるかッッつー話でしょ!
大体何で『すしの助』って名前でかぶるのか?それが分からねぇンすけどね!
ホントはカッコいい名前にしたかったのにそれも全部使えなかったし!
ザケンナし、ザケンナし、マジうぜーし!」
「世界中に君レベルのセンスのザコが転がってるっちゅーことでしょ。
ああ……うわっ、考えるだけで頭痛くなってきたぁぁ……責任取ってよ。」
「えっ、俺が責任取るンすか!?」
この無駄にうるさい男の名前は梅 羽水。
この真冬と同じく、高校名物の『オカルト部』に所属している。
学年は同じだしクラスも同じだが、真冬は部長なので立場的には彼は下だ。
どこの誰に憧れているのか分からない、毬栗のようにトゲトゲした黒髪と垂れ目。
髭は朝剃ってもすぐに濃くなる体質らしく、常に校内でも手入れしまくっているのでツルツル。
見た目に違わず性格はチャラく、鬱陶しい。
この微妙な若者言葉も、やけに鼻につく。
オカルト部自体人数の少ない部なのだが、なぜよりにもよってその少数の中にこんな下手物が混じってしまったのか疑問である。
これこそ本物の『オカルト』ではないか。