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4/5

大好きだよ

「おう、おめえらか。その顔を見るに結論出たみてえだな」



 テルテル坊主の頭にへのへのもへじの顔をした車掌さんがそう言った。



「はい、私たち、歩いて帰ります」


「そうか……頑張れよ。じゃあ切符を切るからくれ」




 私たちが車掌さんに切符を渡すと独特な形をしたハサミで切られた。




「よし、じゃあ二人ともこれ持っていろよ。ああ、あとこれも持っていけ」




 そう言うと車掌さんはテルテル坊主を渡してきた。




「こいつがあれば多少は霧が晴れるし明かりにもなる。道のりを歩くには便利だろう」


「ありがとうございます」


「じゃあ俺はこれで行くからよ。達者でな坊主。一年間話し相手になってくれてありがとよ。楽しかったぜ」


「こちらこそありがとうございます」


「何が起きるかわからねえから思い残しのないようにしておけよ。アデュー」




 そう言って車掌さんは車両に乗り込み、電車は発進して霧の中へと去っていった。


 素敵な車掌さんだったなぁ……。




「さようなら車掌さん」


「……いい人だったね」


「うん……じゃあ僕たちも出発するか。何か思い残しはあるかい花梨?」


「うーん、そう言われると思いつかないなぁ……というかこんな何もないところだと思い残しないようにやることなんて、それこそヤることぐらいしかなくない?」


「……花梨」




 私の発言に阿部くんが渋い顔をした。


 ふふっ、面白い顔。




「まぁ今のは冗談だし、さすがにヤるのまでは勘弁して欲しいけど、Bぐらいまでなら我慢しても……」


「……それさっきも言ったよね? もうちょっと自分を大事にしなよ花梨」


「ええ……本当にいいの? 私のことそういう目で見ているんでしょ? 後悔しちゃわない?」


「いいよ、花梨は女の子の方が好きなんだろ? 別に僕は花梨が嫌がることをしたいわけじゃないし……」


「その気のない女を強引にでも自分の物にするって言うロマンとか持ってないの? 私はそのロマン持っているわよ」


「ないよ! そんな邪悪なロマン!」




 そう力強く断言する阿部くんにちょっと私は面白くない気分になった。


 くそっ私のロマンを否定しやがって。




「……ねぇ阿部くん。私心残り思いついたわ」


「なんだい?」


「阿部くんは私のこと好きなの?」


「うぐっ!」


「いや、多分好きなんだろうなってのはわかるんだけどさ~はっきり言ってもらってないから気になってね~? 教えてくれない?」


「う、うう……」




 ふふっ真っ赤になっちゃて。困っている困っている。




「わかった……教えるよ」


「ん?」


「花梨、好きだよ。世界で一番好きだ。本当のことを言うと花梨の恋人になりたいし旦那さんになりたいけど……無理だったら友達で我慢するから……どんな形でもなんでもいいからずっと花梨と一緒にいさせて欲しい。花梨、大好きだよ」




 阿部くんは赤面しながらも真剣なまなざしで私にそう言った。


 こんなまっすぐに言われると……うれしいな。




「……花梨はその……どうだい? 僕が言ったんだから花梨も言ってくれよ。……わからないとか、無理とかでもいいから……」


「ふふっ、そうだね」




 阿部くんがちゃんと言ったんだから私もちゃんと言わないとね。




「…………恋愛感情とはちょっと違う気がするけど私も阿部くん大好きだよ……うん、私も世界で一番好きなの阿部くんだと思う。恋人とか夫婦とか……そういうのできるかわからないけど……私もどんな形でもいいから阿部くんとずっと一緒にいたいな……阿部くん、大好きだよ」




 私は多分人生で一番にっこりとした顔で 凪の海のように静かに穏やかに阿部くんに告白した。




「ありがとう…………行こうか、花梨」


「うん」




 私達は線路に降り立ち電車が去っていった方向の霧へと向かう。




「手を繋ごうか花梨。はぐれたら大変だからね」


「……うん。あっ」




 つないだ阿部くんの手は暖かくなっていた。




「どうしたの?」


「阿部くんの手、暖かくなったね」


「君がヨモツヘグイしてくれたおかげだよ。それと……」


「なぁに?」


「君に好きって言って……ちょっと血流が良くなっているのもあると思う」


「ふふっありがとう。好きって言ってくれて。嬉しかったよ」


「……僕の方こそうれしかったよ。ありがとう花梨」




 こうして私達は手を繋いで紫色の霧の中を進んでいった。




◇◇◇




「おい、起きるんだ花梨」


「ん……」




 肩を揺さぶられる感触で目が覚める。私こと、瀬戸花梨はいつのまにか阿部くんの部屋のベッドで寝ていた。




「起きたね」




 私に声をかけたのは昔からの大切な友達の阿部瑠人だった。


 なんとなく阿部くんといつも私は呼んでいる。




「阿部くん……なんで私ここにいるの?」


「君が遊びに来てたら眠いとか言い出したから寝かしてあげたんじゃないか」




 ああ、そうだった私、阿部くんちでお昼ご飯をごちそうになった後、眠くなって昼寝しちゃったんだ。


 阿部くんが作ってくれた焼きそばおいしかったなぁ……。




「ふぁああ……いま何時?」


「夕方の5時だよ。そろそろ帰る時間じゃないかと思って起こしたけど大丈夫かい?」


「うーん、まだ大丈夫よ。うちの両親そこまでうるさくないから」


「そうかい。ぐっすり寝ていたけど、なんかいい夢でも見れたかい?」


「そうねぇ……阿部くんが生き返ったときの夢を見てたわ。いい思い出よねあれ」


「あぁ、あれか……なんのかんので生き返れてよかったね」




 あの後、霧の中を進んでいった私たちは気付いたら自宅のベッドで起きていた。

 

 日付は阿部くんが死んだ日の朝で、どうやら長い夢を見ていたってことになったらしい。


 もっともお互いに記憶はあったし枕元にあのテルテル坊主があったのであれは現実だったと思うのだが。


 もちろん当然阿部くんが死ぬことも無く、私たちは穏やかな日々を取り戻した。




「私が阿部くんのいない一年間で手にした栄光が全部パァになったのはちょっと残念だったけどね」


「ま、一年間僕が何もしてなかった間のアドバンテージあるんだからなんとでもなるでしょう」


「そんなこと言って私を油断させてまた私に勝つつもりでしょ? そうはいかないんだからね」




 私は阿部くんの手をぎゅっと握った。




「な、なんだいこれ?」


「名付けて偽装彼氏ハニトラ作戦よ」


「どういう作戦なんだい?」




 顔を赤らめながら安部君が訪ねて来た。




「阿部くんを私の偽装彼氏にするという単純明快な作戦ね。こうすることで私が好きになった子が阿部くんに惚れるなんて展開が無くなるうえに、私と偽装でもイチャイチャすることで阿部くんの頭が色ボケして私に勝てなくなるという、一石二鳥の効果があるのよ。いえ、阿部くんをからかえて楽しいという効果もあるから一石三鳥かしらね?」


「ははは……すごい作戦だね。それ僕に言っていいの?」


「だって阿部くんが嫌だったらやめないといけないじゃない?」


「僕は別にいいけど好きな女の子がいるなら僕を偽装彼氏にするより、さっさとその子に告白するなりなんなりした方がよくないかい? それにあんまりからかっていると……」




 阿部くんが私のあごに指を添え、まるでキスするみたいにずいと私に顔を近づけてきた。




「偽装じゃなくて本気で君の恋人になりたくなるじゃないか?」


「……」




 どうもからかっている私に対する反撃みたいだが、決め顔の割にあごに添えている指が微妙に震えている辺りがなんだか可愛らしい。




「……ごめんね、怖かったかい? でもこれに懲りたらこういうのであんまからかうのはやめ……んんっ!?」




 私は阿部くんの唇に私の唇を軽く合わせた。




「……どうだった? キスの味」


「……よかったけど……いいのかい?」


「なにが?」


「花梨は恋人いたことないからこれがファーストキスだろ。そういうのは好きな人にとっておいた方がいいんじゃないのかい?」




 阿部くんが耳まで真っ赤にしながらそう尋ねて来た。




「いいよ。阿部くんだって好きな人だし、そういう人出てきたら嘘つけばいいだけだしね」


「君ねぇ……」


「あっ、でも阿部くんも恋人とかいなかったからこれがファーストキスだよね? 阿部くんはそう言うの大切にしたかった? だったら真剣に謝るけど……」


「……別にいいよ。僕が好きなのは花梨だし。それでいつまで偽装恋人は続けるんだい?」


「うーんとね、さっき阿部くんが言ったように好きな人いるならこんなことするよりさっさと告白した方がいいと思うから、お互い付き合いたい相手ができるまででいいんじゃない? で、どうする阿部くん? なってくれる? 阿部くんにあんまメリットは無いけど……」


「……なったら君が楽しんでくれそうだし、なるよ」


「やったー! じゃあ……」




 私は阿部くんの唇にもう一度唇を合わせ、阿部くんの口内に唾液を流し込んだ




「んんっ!? 何するんだ!?」


「ヨモツヘグイだよ。これで私とお仲間ってことでよろしくね? 阿部くん」


「ははは……よろしくね花梨」




 こうして私は阿部くんに勝利する栄光の道への一歩を踏み出したのであった。 


 阿部くん……ありがとうね。




これにて完です。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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