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私が貴方を恨まなかったら……

 私はずっと阿部くんを妬んで憎んで恨んで呪っていた。

 

 理由は絵画コンクールでの金賞や、テストでの学年の一位の座や、好きな女の子と言った私の欲しいものを阿部くんが全部持っていくからだと思っていた。阿部くんがいる限り私の欲しいものは絶対に手に入らないと。


 でも本当は逆だったのだろう。私は阿部くんが持っている物だからこそ欲しかったんだと思う。その証拠に阿部くんが死んだ後、私は欲しかったはずの物を手にしたのに全部どうでもよくなっていた。


 多分私は阿部くんが持っている物を奪って……勝ち誇りたかったのだ。


 そもそも阿部くんと私が友達になった経緯からして、幼児だった時にくだらない理由で阿部くんに喧嘩を吹っ掛けて負けた私が延々とリベンジしては再び負けるのを繰り返している内にいつのまにか仲良くなったという割と酷い物だ。


 おそらくその時以来、私の心の中には阿部くんを打ち負かし地に伏せさせて屈辱にまみれさせて勝ち誇りたいという欲求がずっとくすぶっていたのだ。


 だから私は腰巾着のごとく阿部くんの傍にいていつも打ち負かす機会を狙っていた。だけど阿部くんはいつもしれっとした顔で私に勝っていくのだ。どんなに阿部くんを上回ろうとしても私は常に下回り、その差はどんどん広がっているような気がしていた。


 そうして一度も解消できなかった阿部くんに勝って勝ち誇りたいという欲求はドロドロと煮詰まってヘドロのようにねばついた憎悪と怨嗟に変化し、私の欲しい物を阿部くんが奪っていくという妄念に私は取りつかれ、いつしか私の心の中は阿部くんへの呪詛でいっぱいになっていた。


 そしてあの日、私の憎悪と怨恨が凝り固まってできたナニカが阿部くんを駅から突き落として殺したのだ。


 ……阿部くんがいなくなって得られたものは虚無だけだった。


 幼いころから良くも悪くも阿部くんに左右されている人生をずっと送っていた私にとって、阿部くんのいない世界は色の無い夢のごとく現実感の無いどうでもいいものになってしまった。


 あれだけ欲しいと思っていたものも、勝ち誇る相手がいなくなった世界では手に入れてもむなしいだけだった。


 そうして色を失くした世界で生きる意義を見失った私は阿部くんを殺したアイツごと駅に引きずり込んで……ここにやってきたのだ。




◇◇◇




「花梨、どうだった?」


「思い出したよ……いい記憶ではなかったね」


「そうか……差し支えなければ僕にも教えてくれないか? 僕がしでかしたことで花梨が死にかけているなら謝らないといけないし」


「……いいよ。でも、阿部くんが謝ることなんて何もないよ……先に言っておくけど……ごめんなさい……」




 そうして私は阿部くんに事の顛末を話した。




◇◇◇




「……私が貴方を恨まなかったらこんなことにはならなかったの。……ごめんなさい。謝っても許されることじゃないけど……本当にごめんなさい……」


「…花梨は僕が死んだ事でとても傷ついたんだね。大丈夫だよ花梨。僕が死んだのは花梨のせいじゃない。だから気にしなくていいよ」




 阿部くんの声は私が今まで聞いた音の中で一番優しい響きの音だった。




「でも……」


「ごめんね、僕の方こそ花梨に謝らないといけないことがあるんだ」


「なんで……? 阿部くんが謝ることなんてないよ……?」


「あるんだよ花梨。僕はね……君が僕の事を恨んでいることを……死ぬずっと前から知っていたんだ。君が僕への憎しみで苦しんでいるのを知っていたのに……僕はそれを……楽しんでいたんだ」




 阿部くんは重々しくそう言った。




「うそ……知っていたの……?」


「うん……花梨、時々僕に対してものすごい顔をしていたからね」


「……そうなんだ」


「僕はね、君に想われていたかったんだ。たとえそれが憎しみであろうとも君の思考の中心にいたかったんだよ」




 私は切々と告げる阿部くんの言葉を聞いて驚いた。


 それってつまり……




「……好きだったの? 私の事」


「どう……だろうね? 本当に好きだったら、君が苦しんでいるのを楽しんだりしないんじゃないかな? でも君に執着していたのは確かだよ」


「知らなかった……阿部くんが私の事をそう思っていたなんて」


「気づかれないようにしていたからね。僕の君への執着を気付かれたら友達ですらいられなくなるんじゃないかって怖かったんだ」


「私は女の子が好きだから……その思いに応えられるかわかんないけど……そんなことで友達やめたりしないよ……」


「……そうだね花梨。君はそういう人だった。僕はきっと素直に言って諦めればよかったんだよ。僕はただの友達で満足しないといけなかったし、僕は君の愛を手に入れるのは諦めないといけなかった」




 阿部くんは寂しそうに言った。




「阿部くん……」


「それでも僕は君の事を諦めきれなくて……だから恨みや憎しみでも僕の事で君の頭がいっぱいなのを知ったとき……嬉しかったんだ」


「だから貴方を恨んでいたのに私と友達でい続けてくれたの?」


「うん、そうだよ。僕は君にとって重要な人間である誘惑に勝てなかった。君の愛が得られないならせめて君の憎しみだけでも欲しかった。だから僕は君が僕を憎んでいるのを知っていて何もせず、むしろもっと僕を憎むように仕向けた」


「ど、どんなことしていたの?」


「具体的に言うと……勉強やコンクールで君に勝ってもっと憎しみが僕に行くように隠れて勉強したり絵の技法の練習をしたりしていたんだ」




 ……えっ、なんかすごい悪いことしていたように言う割にはそんだけ?




「……女の子は?」


「花梨が好きな女の子の前ではちょっときりっとした顔になったり親切にしたりして……僕の方に目が行くようにしたよ……」


「ふふっ」




 阿部くんが真面目な調子でおかしなことを言うので私は思わず笑ってしまった。




「えっ、どうして笑うんだい花梨?」


「だって阿部くん、ただ単に頑張っていただけのことをまるでとんでもない悪い事かのように言ったり、そんなんでモテたら誰も苦労しないであろう空前絶後のモテテクを披露するもん。笑っちゃうよそんなの」




 まぁ阿部くんは顔がいいからそんなんでもモテてしまうのだが。というか多分やんなくてもモテる。




「と、とにかく花梨……僕が死んだのは友達なのに君が苦しんでいるのを楽しんでいた罰なんだと思う。だから花梨は僕が死んだことについて謝ったり気にしなくてもいいんだよ。ごめんね花梨。苦しむ君をずっと放っておいて……」




 そう申し訳なさそうに頭を下げた阿部くんを見て、私はこの人本当にいい人だなと思った。


 この人が友達でいたことが私の人生一番の幸運だと思った。




「……阿部くんは私の事を放っておいてなんかいないよ。だから謝らないで」


「えっ?」


「だっていつも私の相談に乗ってくれたりしたし、勉強とかもわからないこと教えてくれたりしたじゃない」


「い、いやそういうことじゃなくて……」


「大体、どうしようもないでしょ。私が勝手に馬鹿みたいな逆恨みしていただけなんだから……。阿部くんがなんとかしようとしても見下しているのかって余計に恨んだだけだと思うよ」


「花梨……」


「私はね、そういう性格の悪い人間なんだよ。それでも阿部くんは……謝るの? 私の事憎くないの?」


「……うん。僕は花梨の性格は悪くないと思うけど……たとえどんなに花梨が性格悪くても大切な友達が苦しんでいるのを喜ぶなんてよくない……それにどんなに花梨が僕の事を憎んだとしていてもそれで一番傷ついたのは花梨自身だから……」




 ……いい人だなぁ。阿部くん。




「……分かった。阿部くん、仲直りしよう。私も阿部くんもお互いに悪いと思っていて、お互い気にしないで欲しいと思っているんだから、お互いに許そう」




 そう言って私は仲直りの握手をするために右手を差し出した。




「花梨……いいのかい?」


「いいの……私、阿部くんがつらそうにしているの見るの嫌だし……」


「……そうだね花梨。仲直りしよう」




 そう言って阿部くんの左手が私の右手を握った。




「わ、冷たいね」


「僕が死んでからしばらくたっているからね。そりゃ冷たいんじゃない?」


「それもそうね。まぁとにかくこれで仲直り成立だね。ありがとう阿部くん。許してくれて」


「こっちこそ許してくれてありがとう、花梨」




 こうして私たちは仲直りした。




「……ねぇ阿部くんもう少し手をつないでいる? 阿部くん的にはそっちの方が嬉しいよね?」


「……うん」


「じゃあそうしようか」


「……ありがとう」



 阿部くんは赤らめてそう言った。




「……それでさ阿部くん仲直りついでに聞きたいんだけど……なんであの世への電車に乗らずにここにい続けてたの? こんな何もないところ退屈じゃなかった?」


「なんとなく……花梨にもう一度ここで会える気がしたんだよね」


「……阿部くん。もしかして私を助けるためにここにずっといたの?」


「いやただ単に君に会いたかっただけだよ。……本当は僕がいなくなってせいせいした君が夢でここにきて、勝ち誇った顔を僕に見せてくれるのかなって考えてここに残っていたんだけどね。まさかあんなに恨んでいたのに僕が死んだことが原因で君が死にかけるなんて思ってもいなかったよ」


「それは気にしないって言ったでしょ。でも、ごめんね。私の勝ち誇った顔を見せてあげられなくて」


「いいさ、僕の勝手な希望だったし、花梨と手を繋げるなんてもっといいことがあったしね」




 阿部くんはにっこりとした笑顔でそう言った。




「ふふっ、阿部くんたら鼻の下伸ばしちゃって……ちょっと調子に乗っているみたいだしやめちゃおうかな?」


「うっ、花梨がそうしたいならいいけど……」


「冗談よ、冗談。阿部くんが離したいって言うまで離さないわ」


「ありがたいけどそれはそれで自制心試されそうで複雑だね……」


「いいじゃない。繋ぎたいだけ繋げば。というかいいの?」


「なにが?」




 私の問いに阿部くんはきょとんとした顔でそう返した。




「いま私たち二人きりしかいないから襲いたい放題じゃない? 欲望に素直にならなくていいの? もし私が好きな女の子と二人きりだったそうするよ? まぁさすがにCまでは勘弁して欲しいけど阿部くんには悪いことしちゃったしBぐらいまでなら……」


「…………今ぐらいでいいよ。もうちょい自分を大事にしな花梨。あとそんな古い表現どこで知ったの?」


「ABCはなんかの漫画で知ったわ。それと……今、ちょっと迷ったでしょ?」


「……正直に言うと、迷った……」




 阿部くんはバツが悪そうに目をそらして言った。




「ふふっ、おかしい」


「……まぁ花梨が楽しいならいいけど。あんまそうやって人をからかうのよくないからね」


「はーい……阿部くんに勝つのこの路線でいけばよかったかな……でも私やっぱりそういうのは女の子の方がいいしなぁ……」


「まったくもう……」




 こうして仲直りした私たちはとりとめのない会話で時間を潰していった。


 私はずっとこうしていたいなぁ……と思った。




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