悪夢駅
「おい、起きるんだ花梨」
「ん……」
肩を揺さぶられる感触で目が覚める。私こと、瀬戸花梨はいつのまにか見知らぬ駅のプラットホームの青色のベンチに座っていた。
「起きたね」
私に声をかけたのは昔からの友達の阿部瑠人だった。
なんとなく阿部くんといつも私は呼んでいる。
「阿部くん? なんで私こんなところで寝ていたの?」
「……花梨はここにいる理由を知らないのかい? 本当に?」
「知らんわよ。知っているなら教えてよ」
「……そうか。残念だけど僕も花梨がここにいる理由は知らないよ」
「それじゃあここがどこかはわかる?」
辺りを見回すがこんな駅に見覚えは無い。電灯の青白い光に照らされている構内の外は真っ黒い闇が広がっていて不気味だ。
「ここ? 僕も詳しくはよくわからないけど多分以前に学校で少しだけ噂になっていた悪夢駅って奴じゃないかな」
悪夢駅?
ああ、思い出した。昔ちょっと広まって一瞬で廃れた、寝ている間に見る不思議な夢の噂。
この世とあの世の間にあるという不思議な駅のお話。
ここがそこなのか。
「つまり、よくわからないけど私と貴方は今生死の境に立たされているってこと?」
「……まぁ、そうなるかな」
「そうなるかな、じゃないわよ阿部くん。ヤバいじゃない。どうすればこっから出られるの?」
私は悪夢駅についての噂を詳しくは聞いておらず、こういう話につきものの脱出方法を知らないのだ。
「確か、電車に乗ればいいはずだよ。ほら多分、あれ」
「あれ?」
阿部くんが指さした先には電光掲示板があり、オレンジ色の光で【うつしよ:彼者誰時】と表示されてあった。
「うつしよが現世ってのは分かるけど、かれ……しゃ……ってやつはなんて読むの?」
「カハタレドキって読むんだよ。いわゆる夜から朝に変わる時間の事だね。夜の青色と朝焼けの赤色が混じった美しい紫色が見れる時間さ」
きざな口調で阿部くんがそう教えてくれた。
「へー、難しそうなこと知っているのね。そう言う蘊蓄トークでいつも女の子の好感度を稼いでるの?」
「稼いでいるつもりはないね。僕はただ知識を分け与えているだけさ。それで好きになるかどうかは向こうの勝手だよ」
いけ好かないすかした顔で阿部くんが言った。
彼は顔がいいせいか昔から女にモテている。そのためなのか時々調子に乗ったことを言うことがある。
普段の阿部くんはいい奴で好きなのだがそういう時の阿部くんは私はあまり好きじゃない。
「ふーん、ムカつくこと言うわね」
「なんだよいきなり。どこら辺がムカつくんだよ?」
「女の子からモテているのがまんざらでもないくせに、僕にはそんなこと関係ないなぁなんて雰囲気を出している所かな?」
「そりゃあまんざらでもないよ。他人から好かれていて気分が良くならないなんて奴は僕はどうかと思うね。でもさ、僕が本当に求めているのはそういうのじゃないんだよね」
「何を求めているの?」
「……秘密」
「教えてくれないの?」
「ちょっと恥ずかしいからね。教えないよ」
「ふーん、まぁいいや。それでいつになったら電車が来るの?」
「いつだろうね。まぁ適当に話でもして時間を潰していればそのうち電車はやって来るよ」
「いい加減ねぇ……」
「こういうわけのわからない場所のことはきっちり考えたって無駄だからね」
きっぱりとした口調で投げやりなことを阿部くんが言った。
確かに現世のルールが通用しそうにないこんな所のことは深く考えても無駄な気はする。
「まぁそれもそうかもね。でも話しているだけなんて退屈よ。少し探検でもしましょうよ」
「まぁ別にいいけど……正直あんまり面白いもんはないよここ」
「あれ、もうすでに探検しているの?」
「うん、僕は花梨より先に来たからね」
「あら、そうだったの。こんなところに一人でいたなんて大変ねぇ……怖くなかった?」
「心配してくれてありがとう。怖くはなかったけど暇ではあったね」
「そう……まぁでも二人なら何か面白いものも見つかるかもしれないから行きましょうよ」
「うん、わかった」
私は阿部くんを連れて、灰色のプラットホームを歩いて調べた。
売店や自動販売機も無く、さっきの青いベンチと下に降りる階段以外ホームには何もない。
「この階段の先には何があるの?」
「特に何もないよ。向こうのホームに行けるだけ」
「そうなの? 改札口とかないの?」
「まぁ実際に降りてみれば分かるよ」
阿部くんがそう言ったので私は実際に降りてみる事にした。
階段を下りた先はプラットホームだった。
そこはさっきまでいたプラットホームとほぼ似たような場所であり、違う点は、階段が上に登るようについていることと、電光掲示板に【とこよ:黄昏時】と書いてあるとこぐらいであった。
そして向こう側にはさっきまでいたプラットホームが見えた。
「え、なにこれ?」
「どうも時空でも歪んでいるのか、ここの階段と向こうの階段は直通でね、間に通路もなにもないんだ」
なるほど確かにこりゃあんまり面白くない。
ギミック自体は不思議なのだが……なんというかこう必要最低限の機能だけを整えたって感じで殺風景すぎる。
一応端から端まで歩いてみたが特に変わったものはなかった。
「つまんないわね。もうちょっとこうビビらせるもんの一つぐらいは欲しいわ」
「そうだろ。ここにはベンチと電光掲示板しかないんだよ」
「はぁ……戻りましょう。とこよってあの世のことだろうしここに用はないわ。流石に暗闇の方へ行くのはヤバそうな気がするし」
「そうしようか」
そうして私たちは階段を上がって元のプラットホームへ戻り、ベンチに座った。
「あーあ、不思議な場所っていざ来てみると面白くないもんね」
「面白さのために存在するもんじゃないからね。そんな要素期待するなってことなんだろうね」
「せめて自動販売機でもあればいいのに、ケチよねえ」
「まぁケチだとは思うけど、仮にあったとしてもこういう場所でそういうもん利用するのは良くないよ」
「なんで?」
「ヨモツヘグイって言ってね。こういう場所の物を食べると現世に戻れなくなるって伝承があるんだよ」
「へー、なんで食べたぐらいで戻れなくなるの」
「僕もよくわからんけど、同じ釜の飯を食べた者は仲間って思想が根底にあるって聞いたね。死者の世界の物を食べたら死者の仲間入りをするって訳さ」
「いいわねーそういう怖い感じの罠。怪談にはそういうのがあってしかるべきなのにここにはそういうのが無いもの。噂が廃れたのも納得ね」
「まぁね。僕も話を聞いた時はあんまり面白くないなって思ったよ」
「……そういえば阿部くんやけにくわしいけど誰から聞いたのこの話?」
「あー……確か……八羽さんだったかな。うん。彼女こう言う話好きだからね」
八羽さんか……。私が好きだった人だ。
彼女、阿部くんが好きだったから諦めないといけなかったんだよなぁ……。
というか私にはこういう話してくれなかったのに、阿部くんにはしてくれたのか……。
「はぁ……女の子にモテているのねぇ……ムカつくわ」
「別に話をされただけだろ? そんなんでモテているとか言われても困るよ」
「あら知らないの? 彼女、貴方の事が好きなんだよ」
「あっ、そうだったんだ」
まるでどうでもいい他人同士が付き合っていると聞いた時みたいな口調で阿部くんはそう言った。
「……気の無い口調ね。好かれているんならもうちょい嬉しそうな顔すればいいじゃない?」
「嬉しいっちゃ嬉しいけどね。でも僕は彼女の事付き合いたいほど好きって訳でもなかったからそこまででもないんだよね」
またこれだ。阿部くんが女の子に好かれた時はいつもそう言う。
「阿部くんっていつもそんなこと言っているわよね。付き合いたい人とかいないの」
「……いたよ」
「えっ? いたんだ……過去形ってことは今はいないの?」
「だって……死んでるからね僕。そんなんじゃ付き合えないだろ」
「えっ」
「僕はね、一年前に死んで以来ずっとここにいるんだよ。花梨はどうも僕が死んだことを覚えていないみたいだけどね」
そう言われても私には阿部くんが一年も前に死んだ記憶なんてない。
「そう……なの……? 彼者誰時の電車に乗ればよかったじゃない。なんで生き返らなかったの?」
「ここはね、寝ている人以外に死にかけた人もくるんだ。単に寝ていてここに来た人は切符無しで乗れるんだけどね、死にかけた人が電車に乗って生き返るには切符がいるんだよ」
そう言って阿部くんはポケットから黒色の切符を取り出した。
切符には赤字で【死因:瀬戸花梨】と書いてあった。
「これが僕の切符だ。もう使えないけどね」
「私が死因ってどういうこと?」
「それについてはあとでゆっくりと話すよ。とにかく死にかけた人が彼者誰時に来る電車に乗って生き返るにはこれを使う必要があるんだけど問題があってね、この切符を使うと切符に書いてある人が死ぬらしいんだ」
「えっ……」
「花梨は友達だったからね。そんなことをしてでも生きようとは思わなかった。それが僕が生き返らなかった理由だよ」
「……そうなんだ。なんて言ったらいいかわからないけど……ありがとう」
「どういたしまして。で、花梨……これが君の切符だ。寝ている君のそばに落ちていたよ。君も……死にかけているんだね」
そう言って阿部くんは私に白い切符を渡してきた。
切符には青色の字で【死因:阿部瑠人】と書いてあった
「阿部くんの名前が書いてある……なんで?」
「僕も分からないけど……知りたいなら額に切符を当てればわかるよ。ただ、記憶が無い辺りおそらく防衛反応で忘れた記憶で、あんまりいい記憶じゃないと思うからやめた方がいい気がするけど……」
「いや、やってみるよ」
私は額に切符を当てた。そして思い出した。阿部くんのいない一年を。そしてあの結末を。