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047  作者: Nora_
6/8

06

 夕陽といられるようになったのはいいことだ。

 ただ、生活するのが結構大変になってしまったのも事実だった。

 まずはみさの存在。

 彼女は――いや、羽水も含めてだが、必ず俺のところに来てから盛り上がる。

 圧を感じて名字呼びに戻しても、必ず名前で呼ぶよう求めてくるからだ。

 そして最近は、


「稲葉先輩!」


 これまた夕陽の友達である大石が近づいて来るようになってしまった。

 目的はあくまで夕陽だということは分かっているものの、こちらに必ず話しかけてくるから嫉妬姫の目がどんどん強くなるというおまけつき、あんまり嬉しくない。


「稲葉先輩、昔みたいに頭を撫でてくださいよ」


 このように妄言を垂れ流す女子でもあるからなおさら質が悪かった。


「そんなことしたことないだろ」

「あら、そんなことないわよ?」

「は?」

「あなた、みちよのことよく可愛がっていたじゃない」


 彼女に言われると実際にそうであったかのように思えてくる。

 大石、みちよ、よく可愛がっていた、この俺が? あれ、そういえばみさより地味な子の相手を昔に確かにした気がする。

 だが、目の前にいるちょっと派手な後輩とは違かったような気がするんだが。


「ほら、私たちが小学生だった時に近所の子と遊んでいたじゃない。その中でずっと私の後ろに隠れていた子がいたでしょう? 後半はあなたに懐いていたようだったけど」

「うわ、懐かしいな。でも、大石がそうじゃないだろ?」

「その子よ」

「嘘だろ……じゃあなんで最近まで会いに来てなかったんだよ?」

「中学生時代は部活動、高校に入学してからは新たなシステムに慣れるまでに時間がかかりまして。見た目は確かに変われたんですけど、その……中身は全然変わっていないので……はい、すみません」


 夕陽が言っていたように最後は凄く楽しそうにしてくれていたから簡単に思い出せた。

 その笑顔はふにゃふにゃで柔らかすぎたが、夕陽のそれとは違う魅力があったのは確かだ。

 こう、守ってやりたくなるような感じ。

 だから実際に大石が困っていた時はなるべく側にいられるようにって動いていたからな。


「しょぼんとしなくていい。そうか、大石があの時の少女か、久しぶりだな」

「ずっと稲葉――えーしんくんに相応しくなれるように努力をしてきました! なので私とお付き合いをしてください!」


 嫉妬されるからとかではなくて俺は夕陽に決めているからと説明しておいた。

 大石は「そうですか」とあからさまにがっかりしていたが、すぐにあの時と同じような笑みを浮かべ「ありがとうございました!」と言ってくれる。


「それ」

「へ?」

「俺、その笑顔が好きだったんだ」

「っ、わ、私も嫌いではありません!」


 にしてもあれだけ臆病だった大石がここまで変わるとは。

 あれだけどもっていたみさがあっという間に変わったんだから、可能性は無限大ってことか。


「あの、また来てもいいですか?」

「どんどん来い、夕陽と待ってる」

「はい!」


 彼女は先程よりも堂々とした感じで出ていった。


「ねえ」

「……別にいいだろ、実際に思っていたことなんだから」

「断った後にあんなことを言われても苦しいだけだと思うけれどね」


 俺はただ小学生時代に言えなかったことを口にしただけ。

 もし言えていたらなにかが変わっていたのだろうか。

 美人なくせに頬を膨らませてこちらを睨んでいる彼女の頭を撫でて席に座る。


「稲葉、お前いい加減付き合い始めたんだろうな?」

「は? 付き合ってないぞ」

「はぁ……これだから」

「そうそう、稲葉くんってまだ大丈夫とか言ってチャンスを自ら潰しそう」

「「はぁ……」」


 いつも仲良し、ふたりコンビで責めてくる達人たち。

 もちろん責めてくるだけではなく褒めてくれることもあるが、このふたりは息が合っている。 


「お前らって仲いいよな、付き合ったらどうだ?」

「そ、そそ、そんなことっ」

「そ、そうだぞ!」

「お似合いじゃねえか」

「「違うっ……くはないけど」」


 なんだこいつらという視線を向けたら「そんな目で見るなあ!」とこれまた同じ言葉を吐き出してくれた。


「やめなさい」

「おう」

「それと気にしなくていいわ、私たちはいずれそうなる予定だから」

「「おぉ、大胆!」」


 うーむ、積極的なのは嬉しい……嬉しいのに、もう少し恥じらいがほしいと思うのはワガママか?

 特にそうやって公言したりする必要はない。

 バレてから堂々としたりすればいいと考えている自分にとって、こういうのは違う気がした。

 と言っても、もう休み時間はないから言うのなら放課後だろう。

 最後の授業はとてももどかしい時間を過ごすことになったが、なんとか乗り越える。

 一緒に帰ることは確定していることから拉致する必要はない。

 椅子に座ってぼけっと眺めていると、彼女がやって来て椅子に座った。


「帰らないの?」

「なあ夕陽、さっきみたいなことを言うのはやめてくれ」

「え……じゃあ違うの?」

「いや、俺は必ずお前を彼女にする。でもさ、わざわざ言うことじゃないだろ? 言うのなら俺の前でだけにしろ」

「分かったわ」


 それから二十分ぐらい待ち、誰もいなくなってから不安そうな表情を浮かべている彼女を抱きしめる。


「これって健全?」

「しょうがないだろ、したくなったんだから」

「あの日から寂しがり屋になったわよね」

「それはお前もな」


 家ですると歯止めが効かなくなる。

 帰らずに泊まりたくなってしまうから駄目だ。

 お互いに擬似ひとり暮らし状態なのも不味い。


「……なあ、あんまり男子と仲良くするなよ」

「あなたこそ女の子とあまり仲良くしないで」

「難しいよな」

「そうね、私は特に」


 女子からも人気があり、女子と多くいることが救いだった。

 休み時間だってみさや他の女子といつもいる、男子といるのはそのおまけみたいなものだが……どうしても気になってしまう、告白してくる人間がいるからだ。

 隠さないでくれと言ったのは俺だから全て報告してくる以上、その度に心臓が縮む思いをするというのが常だった。


「帰りましょうか」

「だな」


 学校でしたらしたで変な気持ちになってくるのは変わらないと気づけたし。

 手を繋ぐのは学校を出てから、時間的にも目撃者から「リア充死ね」と言われることもないだろう。


「お前、いい匂いするよな」

「そう? 香水とかはつけていないけれど」

「シャンプーとかボディソープが高いんだろ?」

「いえ、普通に市販のやつよ、消費税込みで五百十二円」


 俺も似たような値段のシャンプーとそれを使っている。

 だというのにこの違いはなんだ、女子はそもそもの体臭がいい匂いなのか?

 それとも俺が夕陽と決めているから顕著にそう感じるのか。


「今日はあなたの家に行くわ、貴帆さんだっていてくれているし」

「そうか、どんどん来い」


 母はやかましいが必要な存在だ。

 決して金を出してくれるからとかだけじゃない、単純に人として好きだから。


「その……ふたりきりだといけない雰囲気になりそうでしょう?」

「だな、それは俺も常々考えている」


 手を繋ぐか抱きしめるってところが最高のライン。

 それ以上を求めようとしてしまったら終わってしまう、それは理想とは違う。

 そうならないために、マンネリ化しないためには適度な距離を保つのが一番。

 だが、その適度な距離だと寂しいから結局連日ふたりでいることになってしまっていた。


「ただいま」

「お邪魔します」


 ん? 帰ってみると母はどうやらいないようだった。

 色々探してみた結果、机の上に『お買い物に行ってきます』と書かれたメモが。

 どうしてこのタイミングでと心底思った。それに待っていてくれたら手伝ったというのに。


「ふぅ、あなたの服を借りるわね」

「おう」


 そう、最近謎の週間ができている。

 こうして家に来ると必ず制服から俺の服に着替えるのだ。

 その際、問題なのは上しか着ないということ。

 だから真っ白い足が露出されており目のやり場に困るということ。

 こいつは男の性質というのはわかっていない。

 例え胸派や尻派だったとしても綺麗な足をじっと見てしまう。


「ただいまぁ……買いすぎちゃった」


 母が帰ってきたことにより俺は救われた。

 荷物を代わりに台所まで運んで、冷蔵庫の中にしまっていく。


「こら! そんな格好は駄目って言っているでしょ!」

「む……なんでですか」

「そんなの瑛真が興奮しちゃうからでしょ!」

「私は瑛真が好きなんです、瑛真が興奮して襲ってきても構いません」


 そういうのは俺がいないところでやってほしいものだ。

 母は「もうっ、ごはん作るの手伝って!」と説得することを諦めたようだ。

 彼女も特に拒むことなく了承しこちらにやって来る。


「俺も手伝うぞ」

「瑛真はいいわ、待っていてちょうだい」

「分かった。でも運ぶのとかは俺がやるからその時は呼んでくれ」


 さて、どうしたものか。

 このままソファで寝転んでいてもいいんだが……さっきまで夕陽が寝転んでたんだよな。

 あんな格好をしているくせに無防備だから困るんだよなあと頭を悩ませることになった。

 それに俺に襲われてもいいって本気にしたらどうする。

 言うまでもなく非モテで童貞だった俺にとって、手を出しても犯罪じゃない相手って貴重なんだ。

 しかもそれが好きな相手であればなおさらのこと、キスだけじゃ恐らく留まらない。

 それこそエロ本なんかで見るようなことだって……いやまあ本気でそういうのは後でいいんだけどな。

 あれだ、成人してしっかり金が稼げてからでも遅くない。


「――真、瑛真!」

「……ん?」

「もうできたわよ? 運び終えたし食べましょう」

「え、呼んでくれて言っただろ?」

「呼んだのにあなたは全て無視したわ」


 しっかり謝罪をして食べさせてもらう。

 母&夕陽作の夕飯は普通に美味しかった。

 自作した時との最大の違いはその丁寧さだ、食べやすい大きさに切られているため食べにくいということが全然ない。

 味付けもしっかり考えられており、濃いわけでも薄いわけでもない、そんな絶妙な塩梅となっている。

 誰かに作ってもらえるというのはとにかく幸せだった。

 なにも手伝えなかったから洗い物ぐらいはとやらせてもらうことに。

 その間に母や夕陽には風呂に入ってもらって順番を調整。


「出たわ」

「おう」


 別に最後にしたのはやましいことをしようとしたわけではなくレディファーストというやつだ。

 それにどうせつからないから問題ない、残り湯を味わおうだなんて考えていない。

 さすがに残り湯で興奮できるような変態性癖はなかった。 


「あなたの部屋に行っているわ」

「おう……って、待て」

「なに?」


 つか、なんで当たり前のように泊まることになっている?

 ふたりきりになると云々のことはどうしたんだ、いやまああの家が寂しいのは分かっているが。


「泊まるのか?」

「ええ、貴帆さんにも許可をもらったわ」

「……まあいいか、先に寝ていてくれ」

「起きているわ、さすがに早いもの」


 特に考えたりしないでさっさと風呂に入ろう。

 最近は暑くて汗をかくからしっかり洗って洗面所に出る。

 で、適当に拭いている時に気づいたのだが、


「運動していなくて無駄な肉がついてんな」


 ちょっと腹回りに無駄なものが。

 夕陽を無理やり付き合わせて明日運動しようと決めた。

 最近はあれだ、ファミレスに行くことも多かったから無駄なエネルギー摂取が多かったと。


「よっす」

「ええ」


 ベッドでは一緒に寝たりしない約束をしているから夕陽にはベッドで寝てもらうことに。


「瑛真、来て」

「一緒に寝るのは駄目だ」

「まだ寝ないわよ、それならいいでしょう?」

「ああ、まあそれならな」


 で、なんで俺がベッドに座った瞬間に豆電球にするんだ。

 一応危ないからというのはよく分かる、だが寝るわけではないのだからする必要はないだろう。


「転んで」

「だから――」

「寝るわけじゃない」

「はぁ……転んだぞ」


 妄想でもなんでもなく俺の腹の上に跨ってくる。

 重いわけではないがベッドが軋んだせいで変な気持ちに。


「別にやましいことをするわけではないわ」

「じゃあなんで乗るんだよ」

「あなたは私のものだから」


 俺は馬じゃねえんだぞ。

 腹に座られた時点でなにも起こらないことは分かっている。


「俺は夕陽のものだったのか」

「あなただって側にいてくれって言ってくれたじゃない」

「分かってる、俺はお前といたいからな」


 俺にとっては運命の相手と言っても過言ではなかった。

 大袈裟と言われてもしょうがない、そういうものだって片付けてもらおう。


「だから、今日みたいなのは嫌よ……」

「別にそういうつもりじゃない」

「そうでしょうけど……気になるのよ」

「目の前でちゃんと断っただろ」

「……分かった、あまり言うと嫌われてしまうからやめておくわ」


 嫌うことはしない。

 面倒くさい性格であることは昔もいまも変わらない。

 昔は変に抱え込むところがあったし、いまはいちいち妬いてくるから。


「瑛真、私はあなたの一番でいたい」

「それは嬉しいが、羽水にはなにか言ってやったのか?」

「もう言ったわ、保留にしたままこんなことできるわけがないじゃない。ガードは固いつもりよ」

「知ってる、ほとんど即断っていたもんな。でも、なぜか羽水からのは受け入れようとした、なぜだ?」


 俺がわざわざ付き合わなくていいと言ったからか?

 それとも考えていたように離れたかったのか。


「……あの子に悪いけど、あなたが私を求めてくれるんじゃないかって思ったから」

「おいおい、そのために利用したのかよ。そんなことしなくたって俺は――」

「事実、私といたいと思ったでしょう? だから言ったのよ、優しい人間なんかじゃないって」


 だからってそのために利用されたとわかったら複雑だろう。


「ちなみに、最初の時点で全て吐いてあるわ」

「は? じゃあ……羽水の奴はそれでもって演技していたのか?」

「いえ、好意だけは本物だったみたいだけれど」

「二度とするな、そんなこと」

「……しないわ、こんな最低なこと」


 戻らせてベッドから下りる。


「おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」


 明日、羽水に謝ろうと決めた。

 嫌かもしれないが、俺のせいでもあるんだからな。

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