05
あれからさらに一週間ぐらい経過した。
青島と羽水のペアは今日も今日とて仲良さそう。
そして一番重要な夕陽の様子だが、
「瑛真、一緒にごはんを食べましょう」
「おう」
この通り、なんだか以前までみたいに戻りつつあった。
俺らは別に喧嘩をしたわけではないしなにより俺のところにはずっと来ると言っていたからな。
「今日はお鍋にするの、だからあなたも来て」
「この季節に鍋とは思い切ったなあ」
「暑いからこそいいのよ、汗をかきながら美味しいごはんを食べられるなんて最高じゃない!」
ということは当然、
「ま、買い物だよなあ」
放課後になったらこれしかない。
横にいる彼女はなにがそんなに楽しいのかは分からないが、くすくすと笑いながら「そうよ、働かざる者食うべからずよ」と言う。
特に迷うこともない、鍋! って感じの食材を買って帰るだけだ。
にしても夕陽のやつ、今日はやたらとハイテンションだった。
普段こんなこと絶対に有りえないし異常事態なのは確かだからきちんと見ておかないと。
「で、寝ちゃったよねという話」
そりゃこういう異常なテンションの上げ方はしないからなこいつ。
一応それなりに食べた後だからこのまま解散でもいいんだが、風邪を引かれても嫌だった。
あ、でも潔癖とかで風呂に入る前にベッドに転ぶとか有りえないとか言われたら?
「俺、こいつが普段どうやって家で過ごしているのか知らねえな」
長年一緒にいるからなとか言っていたくせにこれ。
あと、やはりここは寂しい場所だ、直前まで彼女がハイテンションだったからなおさらそう思う。
「ただいまっ、夕陽ちゃ――」
終わった、娑婆で食べた最後が鍋だからまだマシか。
運ぼうとしていた彼女をソファにゆっくり寝転がせて俺は目の前の夕陽母に土下座。
「えっと……瑛真くんのお母さんに連絡した方がいいよね!?」
「ご自由にどうぞ……」
ああ、実際に呼んじゃったよ。
「こんばんはー!」
「こんばんは! やだもー久しぶりじゃん!」
普通に来ちゃったよ我がマザーが。
最近は夜勤の頻度も減らしているって言っていたから来られても不思議ではないけどよ。
でもよ、こちらは土下座をしたままなんだよ、そのまま盛り上がるのはやめていただきたい。
「うっ……うるさいわよ!」
「「ひっ、ご、ごめんなさい!」」
「え……? なんで貴帆さんとお母さんがいるの?」
「私は先程帰ってきました!」
「私は先程あなたのお母さんに呼ばれました!」
「「いえーい!」」
本当に喋り方だけで見ればそっくりだ。
たださすがに夕陽母は美人だ、うちのふわふわ母では勝ることなどできず。
「ちなみに、帰ってきた時ちょうど瑛真くんが夕陽ちゃんをお姫様抱っこしているところでした!」
「それは私が風邪を引かないように運ぼうとしてくれていただけよ。わざわざ貴帆さんまで呼んで、なにやっているのよ」
「はぁ、はぁ……クールな娘に叱られるのいい!」
「やめて。まだ全然残っているから食べて、貴帆さんも食べてくださいね」
「「ありがとう!」」
本当にうるせえなこのふたりは。
この明るい母親から夕陽が生まれたって信じられないぞ。
「瑛真はちょっと洗面所まで来て」
「おう……って、え?」
そんなところに連れ込んでなにするんだと思ったら、
「私がお風呂場に入ってから声をかけるからそれまでは入ってこないで」
と、そりゃまあそれしかないよねということだった。
大人しく従って声をかけられたら扉を開け中に入らせてもらう。
俺らの家と違い、洗面所すらめちゃくちゃ豪華に見えた。
「ごめんなさい、はしゃぎすぎて疲れてしまって」
「気にすんな」
この向こうに裸の夕陽が――って、ここにいるの生殺しだろこれ。
なんで洗濯機に下着とか突っ込まないのこの人、誘惑しているの?
「あれから色々と考えていたらまた睡眠不足になってしまったのよ」
「なるほどな。それで? どういう答えが出たんだ?」
「私は瑛真といられないと嫌みたい、だから一緒にいてちょうだい」
「ははっ、結局意外と俺らは一緒にいたけどな」
いいんだよな? 羽水もああ言っていたことだし真面目に向き合えば。
以前までもそうしていたが、それ以上に、今度は取られないように本気で向き合えば。
「夕陽、俺はお前が元気じゃないと嫌だからな。抱え込むな、困ったことがあったらなんでも相談しろ。例えやっぱり羽水が気になるとか言われても協力してやる。だから頼む、お前の側にいさせてくれ」
「ええ、ありがとう」
まるで告白みたいだな。
わざわざ風呂に入った状態で言う必要ある? という感じ。
「瑛真」
「なんだ?」
「出るわ」
「おう」
躊躇がなくてすごいとすら思った。
馬鹿みたいに呆けてそれを眺めて、昔と違って育ったなと考えた俺はやばい。
「あんまり見ないで」
「あ、悪い」
にしても、先程までと違って真顔だ。
自分から見せておきながらその内側は冷たい感情で詰まっているのか。
おかしいな、風呂に入った後なのにな、おまけにその胸は温かそうなのにな。
「そういえば瑛真、なんで私に内緒でみさとファミレスに行ったの?」
「お前は羽水と仲良くしていたからな」
「だからって言ってくれてもいいでしょう?」
「もしかして嫉妬か?」
俺は絶対にそんなことないって返してくると思ったんだ。
だが、彼女は「ええ」と即答するという流れに。
「ならお前もこれからはちゃんと言ってくれ。そうしたら俺もちゃんと言うから、隠さず全部」
「分かったわ。言質は取ったわよ? ちゃんと全部付き合ってよね」
「分かった。とりあえずお前は服を着ろ」
「ええ」
なにも言われなかったからこの場に居座る。
もちろん、彼女に対して逆側を向いてではあったが。
こういう裸を見せたりするの、俺だけだったらいいけどなあ。
「今日は泊まってほしいの」
「別にいいぞ、俺の寝る場所は?」
「ベッド」
「お前なあ、俺が襲ったらどうする」
「大丈夫よ、裸を見せても下が反応していたりはしていなかったもの」
それって大丈夫なのか? 高校生なのに実は枯れているとか?
つかかなり衝撃的で大胆な発言をしているが理解しているのか?
「さ、行きましょう」
「待て、俺も風呂に入りたいんだが」
「なら早く入りなさい、着替えは私の貸してあげる」
「おう」
幼馴染だとこういう時に本当に楽だ。
全然気にしたりする必要はない、気を使う必要もない。
さささと髪や体を洗って浴室から出る。
「すー……すー……」
「また寝てんのかよ」
持ってきてくれていた夕陽のを着て今度こそ二階まで彼女を運ぶ。
ベッドに寝転ばせて電気を消して、俺は側面に背を預け足を伸ばした。
比較的軽いが何度も運んでいたりしていたらさすがに疲れる。
「瑛真」
「いるぞ」
「横に来て」
「おう」
ま、初めてというわけじゃないから気にするな俺。
「教室でもどんどん話しかけてきて」
「さっきのは寝たフリかよ」
「違うわ、真剣に眠たいの」
「ひとりで抱え込むからだろ、二度とするな」
「しないわ、だってあなたがいてくれているんだもの」
どれだけ俺のことが好きなんだよこいつ。
もうこれは確実に勘違いとかそういうのではない気がする。
でも、いまはいいかな、とりあえずこの距離感で。
振られるのなんてごめんだしなによりまだ羽水とのことは本人的に保留中だからだ。
「ねえ、あんまり他の子と仲良くしないでね」
「おいおい、それはめちゃくちゃブーメランなんだが?」
「それはしょうがないじゃない。それに私のは浅く広くだけど、あなたの場合は濃く狭くでしょう?」
「何気に馬鹿にするんじゃねえよ」
「もう寝不足とか食欲不振とかに悩まされるのは嫌なのよ。あなたの言うように暗い自分というのも似合わないし」
本人が望むのなら仕方がないことだよなと片付けて目を閉じる。
黙っていると当然沈黙が目立ってくるが、横に彼女がいるのなら気にならない。
「腹減った」
起きてみても今度は彼女も反応しなかった。
まだ残っているだろうからと下に下りてみると、
「いやぁ……いいよねぇ」
「そうそう、初々しくてねぇ」
まだまだ盛り上がりを見せているふたりがそこにいた。
面倒くさそうなふたりをどかして鍋の正面を陣取ることに。
そこからは胃へと流し込んでいく作業となった。
美味い、食事というのは空腹を満たすだけじゃないよなって分かる。
「母さん、帰るぞ」
「え、お泊りするんじゃないの?」
「そういうつもりだったんだがたまにはぐっすり寝かせてやりたくてな」
「分かった! それじゃあねっ、また会おうねー!」
「うぅ……まだね゛~……」
普通そうで素面ではない母を支えて帰った。
荷物は置いたままだから明日の朝、行かせてもらうことにしたのだった。
「瑛真、起きなさい」
「ん……あ、なんでお前がいるんだ?」
こちらを見下ろす彼女の瞳はとてつもなく冷たい。
「なんで帰ったの」
「たまにはゆっくり寝たかっただろ? 俺が横にいたおかげですぐに寝られていたからな」
「それもそうね、なら許してあげる」
土曜なのに朝早くから来やがって……いま何時だよ? げっ、午前五時五十六分。
さすがにこれは冷静に考えなくても普通に怖い、つかどうやって家に入ったんだ。
「いまからみさに会いに行くわよ」
「は? お、おい!」
連れてこられたのはなんともいえない距離にある家の前。
「お、おはよう……ございますぅ」
家の前には青島が立ってくれていたのだが、フラフラしていて少し危うい。
「わっ――」
「危ねえ!」
人間○○しなければならないとなった時は身体能力がヤバくなる。
反射神経がそこまで優れていない俺であっても無事支えることができた。
「す、すみません……ありがとうございます」
「あんまり無理に付き合うなよ、今日は土曜なんだし断りたければ断れ」
「そういうわけには……あの、もう大丈夫ですから」
「おう、今度からは気をつけろよな」
聞けば集まった理由は、夕陽がただ青島に会いたかっただけらしい。
そのために午前六時過ぎに急いでやって来たと、本当に好きなのは青島なのかもしれないな。
「瑛真さん、そろそろ私のことを名前で呼んでください」
「チョロインか?」
「いえ、私が好きなのは向さんです!」
いつの間にか気になるから好きに変わっている。
奪っておいてなんだが、青島と付き合う方がお似合いだと思うんだよな羽水のやつは。
「ま、いいか、みさ」
「はいっ、瑛真さん!」
こいつの豪快な笑顔は嫌いじゃない。
綺麗や可愛いじゃなくても人を惹き付けるものだった。
側でこうして楽しそうに笑っていれば嬉しいことだろうから、とにかく上手くいくことを願っている。
特別長く一緒にいようとしていたわけではない突発性のものだったらしく、割とすぐに解散になった。
「……なにやっているのよっ」
しかし、お姫様にはどこか納得のいかないことがあったらしく、人気のないところに連れ込まれてそのまま抱きしめられた。
「私以外に触れては駄目よ」
「あのなあ、あれはしょうがないだろ? 危なかったんだからさ」
「名前呼びも駄目よ」
「……つかさ、だったら羽水と向き合うとか言うなよ。俺がどんだけ寂しい思いをしたと思ってんだ」
どんだけ考えたって寂しさは消えてなんてくれなかった。
俺には夕陽が必要だった、どれだけ迷惑そうな顔をされても、例え我慢させ続けることになってしまったとしても。
だからもう離さない、俺からも抱きしめておく。
「く、苦しい……」
「側にいてくれ」
「わ、分かったから……は、離して」
「悪い……それでももう離れたくないんだ、それだけは分かってほしい」
なにもせずにいるといつの間にか現れた人間に取られそうになるからアピールしておかないと。
ただ、
「裸を見せたり一緒に寝ようとするのはやめてほしい」
これ。
信用してくれているのは伝わってくるが、あくまで求めているのは健全な関係だ。
そういう不健全さは俺らにはいらない、いまはもっと仲を深めることが重要だろう。
それにそういうつもりで近づいて来ているのだと誤解してほしくない。
求めているのは体じゃなくて純粋な意味で夕陽の隣にいられることだから。
「私はあなたにしかしていないわよ?」
「普通に仲良くしたい。堂々と胸を張れるそんな一般的な恋愛をな」
付き合えばそんなの後でいくらでもできる。
いま重要なのはそういうことではないのだと伝えて、帰ることにした。
もちろん、彼女の手を握ってではあったが。
「これは健全?」
「手を繋ぐのが不健全ならこの世界はやばいな」
「ふふ。でも、あなたも理解して、他の子と仲良くしているところは見たくないの」
「じゃあなんで俺を連れて行ったんだよ」
「全てを説明しなくても自慢になると思った」
「ならねえよ……みさが好きなのは――」
「だめ!」
「……青島が好きなのは羽水なんだからよ、帰るぞ」
昔はこんなタイプじゃなかったんだけどな。
ただ、俺にだけ甘えてくれていると考えれば……まあ、まだいいか。