04
「で、僕はその時『危ないよ』って言ったんだけどさ」
「そ、それでお相手の方はどうなったんですか?」
「無理して突っ込んで敵に倒されちゃった」
「それは残念! うーん、レアなボスとかが出てくると我慢は大変ですもんね……」
ゲームとかしないから全然話題についていけない。
どうやら羽水が他の人間と強力してレアなモンスターを探していたらしいが、相方が負けたみたいだ。
「ふたりは同じゲームをやっているのか?」
「そうですよ瑛真さん! 私は羽水さんと一緒のゲームをしているのです!」
「とりあえず落ち着こうな。楽しいのか?」
「楽しいですよ! いまの若い子なら大抵はやっていると思います」
よくCMでやっているスマホゲームだろうか。
なるほど、そういう手があったかと感謝したい気分だった。
「羽水、夕陽とそれを一緒にやったらどうだ? そうすれば自然に会話も弾むだろ?」
「断られたよ、ゲームは目を悪くするからと」
口うるさい母ちゃんかよ……夕陽らしいとも言えるけども。
「稲葉くんはどう? スマホとネット環境さえあればできるしさ」
「うーん、反射神経とかあんまり良くないからな」
そしてこいつ、俺相手には普通に話せるようになっていた。
が、夕陽に対しては本当にどもるから目も当てられない。
おまけにせっかくアドバイスをしたのに夕陽のやつは楽しくなさそうに一緒にいるため、青島との方がお似合いに見えたくらいだ。
「銃撃戦とかではないから大丈夫だよ」
「瑛真さんもどうです!?」
「いまさら新規プレイヤーが入っても足手まといになるだけだからやめておくわ」
「別にそんなこと気にしなくていいのに……」
いや、俺はまだこいつを認めたわけじゃないから一緒にいたくないだけ。
問題なのは夕陽を放っておくこと、夕陽もまた近づいてきたりはしないこと。
青島がうるさいこと、わざわざ俺のところに集まるからうるさくて仕方がないこと。
なので拉致してくることにした、女子と盛り上がることなんていつでもできる。
「ちょ、ちょっとっ」
「夕陽、一緒にスマホゲームやろうぜ」
「い、嫌よ……目が悪くなったりしたら面倒じゃない」
「いいからいいから」
無理やり俺の席に座らせてスマホを出させる――ことはできなかった。
「あ、そういえば夕陽さんって携帯ですよね」
「余計な機能はいらないもの、所謂ガラケーで十分だわ」
「古くせえなあ……」
そういえばそうだった、好き好んで古いのを利用しているんだった。
彼女は「う、うるさいわよ」と少し狼狽えているようだったが、日々の連絡とかどうしているんだろうか。
いまで言えばメッセージアプリを使用してやり取りをするのが普通になっているため、意外と困りそうなものだが。
「夕陽がしないなら俺もしないぞ」
「えぇ……あ! そういう口実を作るために夕陽さんを連れてきたんですね!?」
「ふっ、正解だ」
さっきは温かったから問題もないだろう。
あの時みたいに冷たいままだったらどうしようかと少し不安だった。
なぜあそこまで冷え切っていたのかはわからない。
「え、瑛真、ちょっと」
「悪い、行ってくるわ」
あんなことを言ってきたくせに引き止めもしない羽水の馬鹿野郎。
俺が相手だから慌てる意味もないという油断からきているのならふざけるなと言いたいが。
「……教室でいきなり手を握ったりしないでちょうだい」
「腕だろ? それにすぐ離しただろ」
彼女は片方の手で片腕を掴んだまま俯いた。
「あーはいはい、羽水が来ていたからか。悪かったよ、軽率なことをしてしまって」
焦れったいから外野が介入して進めてやらないと牛歩すぎる。
その中途半端なところから早く移動しろって言ってんのにこれだから気になってしまう。
「違うわ……その、周りの子も見ているんだし」
「俺らはずっと普通に仲良くしてきただろ? そりゃ、人気者のお前は他の人間を優先していたけどさ」
「人気者なんかじゃない……ただ利用されているだけよ」
じゃ、その筆頭は俺ってわけだが、どうするつもりなんだろうな。
「羽水といるの辛いのか?」
「……羽水くんには悪いけど、全然楽しくないのよ」
「そりゃ、ずっとそんな暗い顔をしていたらな」
前より伸びた前髪を勝手に上げて目がよく見えるようにする。
……暗い顔をしていても綺麗としか思わないんだからすごい話だ。
「前髪切れよ、それだけで気分が違うぞ」
「……よく見えるのって怖いじゃない」
「そうか? 安心安全でいいじゃねえか」
「そういうことじゃなくて……」
手を離して暗い顔の彼女を見つめる。
向き合うって決めてからずっとこれだ、ということは逆のことを考えればいいと思う。
「羽水に説明して一旦なしにしてもらったらどうだ? いまのままのお前だともったいないだろ」
「……もったいないって?」
「前にも言ったが楽しそうにしているお前が一番なんだ、暗い状態は似合わないってことだよ。他の人間だって感づくぞ。そうすると余計にお前に負担がかかる、やっと俺から解放されたんだからそういうのはなしにしたいだろうが」
このなんとも言えない曖昧な距離感は正直に言って大変もどかしい。
でも、彼女にとっては大チャンス、だからできるだけ邪魔はしたくないのが本音。
だからこれはしょうがないことだ、こうでもしてやらないと前に進まないから。
ここまで弱々しいところを見たのは初めてだった。
「瑛真といる時の方が彼は楽しそうよね」
「違う、青島といる時の方が楽しそう、が正解だ」
「そうだったわね。みさは彼のことが好きなのでしょう?」
「気になっていると言っていたぞ、単純だよな」
ちょっとした一面を見ただけで好きになれるすてきな頭脳が俺にも欲しい。
そうすれば羽水とか関係なしに奪い取ってやるんだがな、もちろん大事なのは彼女の気持ちだが。
「あれから羽水くんとふたりきりでいる時間がなくなったわ」
「それはあれだ、夕陽が暗いからだ。夕日みたいに明るく照らしてやれ」
「瑛真がいてくれればできるかも」
「そうか、それじゃあ行こうぜ」
「あ、ちょ――」
が、ゆっくりしすぎてそんな余裕はもうなかった。
しょうがなく彼女の席に本人を移送して自分も戻る。
それこそ青島に奴を奪い取ってほしいと心からそう思った。
「みささん、こっちにいるよ」
「あ、そうみたいですね、いまから向さんのところに向かいます」
本人たちの許可を得て後ろから見ていた俺だったが、
「なんかちまちましていて面倒くさそうだな」
というのが正直な感想だった。
や、別にやっている人間を馬鹿にしたいわけではない。
ただ、スマホってどうしても画面が小さいから本当に目が疲れそうだと思っただけだ。
「一応パソコン版もありますよ、サーバーが違うので一緒にはできませんけど」
「パソコンの方が目が疲れなさそうだ」
「私は眼鏡なのであんまり変わらないです」
「僕は目がいい方だからこれでも気にならないけどね」
それ以外にもバッテリー問題とか通信容量問題とかが気になるからやはり無理。
知らなかったことにして忘れておこう――って、そうじゃねえだろ。
「夕陽」
席に座って読書をしていた彼女に話しかける。
俺らが仲良くしたってなんも意味がない、先程できなかったことを実行しなければ。
「なに?」
「来いよ、俺も一緒にいてやるから」
「それより行きたいところがあるのよ、一緒に来てくれる?」
「ふたりきりでか?」
「大丈夫、一旦忘れてほしいって言っておいたから」
本当にそうなんだろう、「そうだよ、だから気にしないで」と羽水が言ってきた。
なら誘いを断る必要もない、了承して学校を出ることに。
そうして彼女の行きたいところとは、
「ファミレスか」
「ええ」
最近あんまりいい思い出がないこの場所。
でもいまなら楽しく過ごせる気がする、なんたって邪魔者いないし。
「こうしてゆっくり過ごすのも久しぶりね」
注文を終えると彼女は唐突にそう呟いた。
そんな窓の外を見ながら言われると元カノとの会話みたいで嫌なんだがな。
「お待たせしました――」
礼を言って運ばれてきたものに手をつけはじめる彼女。
しかしまあこの微妙な時間にスパゲティとピザと肉単品はキツイと思う。
「ふぅ……最近はあんまり食べられてなかったの、だからそんな目で見ないで」
「いや、食べられるのなら文句はないぞ」
食べられないのにその量頼んだらもったいないと考えただけだ。
もちろん無駄な考えで、二十分ぐらいで彼女は全てを食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
「美味かったか?」
「ええ、とても美味しかったわ」
ぐっ、なんだか俺もなにか頼んで食べたくなってくる。
自分で作るようにしているから頼んだところで食材を悪くしてしまうということもない。
それでも深呼吸をしてやめておいた。
「帰るか」
「まだいいじゃない」
「ならジュース注いできてやる、なにが飲みたい?」
甘いのという大雑把な言い方をされてまた機械の前で戦う羽目に。
「それでいいわ」
「おう」
結局本人を呼んだ、後から文句を言われてもたまらないからな。
「よいしょっ……と」
「おばあちゃんかよ」
なんでわざわざ隣に座るんだろうか、これじゃあ話しにくすぎる。
彼女にとってはおばあちゃん発言が気になったらしく、「失礼ね、まだ十七歳よ」と言った。
早えもんだな、ちょっと前までは小学生だった気がするのに。
「瑛真といると落ち着くわ」
「そりゃ一緒にいる時間が違うからな」
前もこんなやり取りをした。
でも前と違うのは彼女が笑っていないということ。
そう、結局こうしてふたりきりであったとしても変わらないということだ。
「ちょっと寄りかかってもいい?」
「眠いのか?」
「ええ……最近、あまり寝られていなかったのよ」
「いいぞ、気にせず頼れ。買い物だって付き合ってやるぞ」
「ありがとう……」
睡眠不足、食欲不振、そりゃそんなんだったら元気になれないよなという話。
こうしてこちらに頼ることでなんとかなってくれればいいな、そうすれば恋も上手くいく。
ただ、ちょっと席の場所が悪かったのかもしれないということを割とすぐに気づいた。
店員とか他のお客にジロジロ見られる、ジュースが出てくる機械が近いのもまた問題で。
起こすべきか寝かせておくべきか真剣に考えて一時間、迷惑かもしれないから退店することに。
金は全てこちらが払って彼女はそのままおんぶして帰ることにする。
「ん……え……?」
「悪いな、あんまり居座っていたもんだから視線が痛くてな」
「そう……なのね、ごめんなさい」
「気にすんな、家までまだあるし寝ておけ」
「じゃあ……そうさせてもらうわ」
体温の方はどうやら大丈夫なようだ、少しぐらいは安心できたかもしれない。
冗談でもなんでもなく、あの時持った米や調味料たちよりは軽い気がした。
俺の中ではやはり彼女の方が大切だからなんだろう。
「あ、稲葉くん」
「羽水か。あ、勘違いするなよ?」
「別にしないよ。少し一緒に歩いてもいいかな?」
「いいぞ」
逆に俺の方がこいつといることが多くなった。
なんだろうな、俺と仲良くしておけば夕陽が振り向いてくれると思っているのか?
「疲れちゃってたのかな?」
「最近はよく寝られてなかったんだってよ」
「あー……僕のせいだよね」
「……どうだろうな」
意外な脆さが出た形になる。
それか単純に本来の彼女があまり明るい方ではなかったのか。
基本的に側にいてくれて楽しそうにしてくれていたため、それはなんとも違和感があるが。
「やっぱり稲葉くんといる時は柔らかい表情を浮かべてるね」
「そうか? 俺といる時でも夕陽は笑ってくれなくなったぞ。俺は夕陽の笑った顔が好きだからな、なんとか引き出してくれよお前が」
「僕なりに頑張っていたんだけどさ、夕陽さんは僕といる時、楽しくなさそうなんだ」
傍から見てもそうとしか感じないしなにより本人がそう言ってしまっているから気まずかった。
だから「足りないのは時間だな」とそれっぽいことを口にしておく。
羽水は「追いつけないよ、その前に高校卒業しちゃうでしょ」と口にして苦笑いを浮かべた。
「実際、僕のせいで笑顔を奪っちゃったみたいなものだから。夕陽さんは君といる時が一番楽しそうだからさ……ただ、どうしても好きって気持ちは捨てられなくて『友達からでもいいですから』なんて言っちゃったんだよね」
「好きになったなら仕方がないんじゃないのか?」
「ううん、それでその好きな人を悩ませたり不安にさせたら駄目なんだよ」
なんか嫌な予感がする。
こういうことを言い出す人間が本当に言いたいことなんて大体はふたつだ。
それでも頑張るか、
「夕陽さんのこと、もっと大切にしてあげてほしい。僕じゃ無理だから」
こう、諦めるか。
諦めないと言った人間が簡単に諦めてどうする。
「諦めるなよ」
「だって稲葉くん、夕陽さんのことが好きなんでしょ?」
「そりゃまあな」
多少どころかかなり我慢させていたのかもしれないが、俺のことを理解してくれた子だ。
距離だっていまでも相当近いと思う、他の人間を探すよりかはよっぽど楽だし、本当に好きだし。
だからってこういう譲られ方は違うだろ?
「僕が驚きだったのはそこなんだよね」
「俺が夕陽を好きなことか?」
「そうじゃなくてさ、なんで変な遠慮をしちゃったのかということ。稲葉くんって気持ちとかも全部真っ直ぐ吐き出す人だと思っていたからさ」
「それはお前と同じだ、好きな人間を困らせたいと考える人間はいない」
どうせ無理だからって結構自由に言いたいこと言ってきたことには目を瞑ってもらいたい。
本人には全て完全スルーされてしまったのも猛烈に恥ずかしいことでもあるから。
「僕のこととか気にしなくていいからお願いね」
「夕陽本人がお前と向き合うって決めたんだぞ?」
「でも、結果があれだよ? 見てきたでしょ?」
「それはお前が青島ばっかりといるからだろうが」
「みささんはテンション高くて一緒にいやすいんだよ。共通の話題もあるしね」
こいつはそれでいいのか。
実際にそういう組み合わせになったのならお互いにとってウインウインではあるけども。
少なくとも夕陽に向き合うとまで言わせたのは素直に誇っておけばいいと思うんだがな。
他の人間はあっさり玉砕しているんだから。
「言いたいことも言えたし帰るね」
「勝手かっ、お前本当にそれでいいのかよっ」
「うーん、じゃあ夕陽さんを僕にくれる?」
「やらん、やらんが……ちゃんとぶつかってからにしろよ。そうしないとスッキリしないだろ」
特に俺が。
ぶっちゃけ自分から手を引いてくれるのなら楽だ。
でも、そうやって得られたって後に気になってしまうかもしれない。
というか、俺らがいくら自由に考えたところで夕陽次第だから意味もない話とも言えた。
「早く家まで連れて行ってあげて」
「元々そうするつもりだからな」
いまはとにかく夕陽を家に連れて帰ろう。
ずっとすーすーと寝息を立て寝ている彼女を褒めたくなったのは言うまでもない。
まあ、聞かれていても死ねるからな、俺らにとってはありがたい話だった。