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047  作者: Nora_
3/8

03

「羽水きょうです、よろしくお願いします」


 なにがどうなってこうなったのか、それが俺にはよくわからなかった。

 青島のやつは一切気にせず無難に自己紹介を済ませてしまう。

 知っているのに夕陽のやつもそれに乗っかって、ますます意味不明な時間に。

 しかも学校内ではなく学校外――ファミレス店内で集まっているのだからおかしい。


「瑛真さん?」


 この前から急に名前で呼んでくるようになった青島。

 ただ、この人間に騙された結果でもあったので反応してやらなかった。

 なーにが「行きたいところがあるんです!」だよ。


「稲葉さん、ですよね?」

「敬語はやめろ」

「えっと……わかり……わかった」


 つまりこれはいよいよ本格的に紹介とかそういうのか。

 だからなんていちいちそれをしてしまうのか、黙って仲良くしておけばいいじゃねえか。

 うーむ、それにしてもなんだろうなあ、この似合わない感は。

 夕陽にはもっと引っ張れそうな奴が似合う、支えられる立場の人間が横にいるのは違うんだ。

 皆から求められる日常から飛び出せるという時に、結局そいつがこんな感じだったら駄目だと思う。

 ま、駄目なのは俺だ、恐らく誰がきてもいい感想は抱けなかっただろう。


「で? こんなところで集まってなにがしたいんだよ」


 金払ってジュース飲んでワイワイと盛り上がりたいなんてことはない。

 夕陽を連れてきたのがなによりもの証拠だ、青島のやつめ……後でこめかみグリグリしてやるからな。


「僕は夕陽さんのことが好きだから」

「おいおい、周りの人間全員に言ってきたのか?」

「……君が初めてで」

「なんで敢えて俺が初めてなんだ?」

「君が一番強力な相手だと思ったからだよ」


 なるほど、夕陽の言っていた通りだ。

 ここぞという時では男を見せるって感じで、夕陽も安心できるんじゃないだろうか。

 ただ、巻き込まれるのはうざい。

 なーにが強力だよ、側にいてくれてるんだから誇っておけばいいじゃないか。


「ま、頑張れよ、芹沢に認められるようにな」


 地味に名字で呼んだの初めてな気がする、それこそ生まれた時からずっと一緒にいると言っても過言ではないし名前以外で呼ぶ必要もなかったから。

 今回わざわざそうしたのは癪だがこいつのためだ。


「青島、飲み物注ぎに行こうぜ」

「はい、行きましょうか」


 心から任せられるかと問われればNOと答える。

 ここぞという時に動けるのはいいとしても、普段が駄目駄目だったら意味がない。

 いちいちどもったりしていたら夕陽だって落ち着かないだろうからだ。

 逆に母性が働いて気に入るということもあるかもしれないがな。


「次はなに飲むんだ?」

「紅茶ですかね、冷たいの飲むとすぐお腹が痛くなっちゃっうんですよね」

「それはなんかもったいないな」

「炭酸ってぬるくなると美味しくないじゃないですか、だから確かに残念ではありますね」


 何回もおかわりすればいい話なのにこちらは散々悩む羽目になった。

 というか、席に戻りたくなかったというのも大きい。

 結局、無難な炭酸になった、この場で一番馬鹿なのはもちろん俺だ。


「あ、遅いですよ」

「ああ、真剣に悩んでたんだ」


 明らかに口数が少ない彼女はなにを考えているのか。

 無理やり付き合わされたのか、それとも彼女が決めたことなのか。

 考えたところで無駄だということはわかっているがどうしても……。


「青島さん」

「はい、なんですか?」

「案内してほしいところがあるんだけど、お願いできないかな?」


 なんか急に意味不明なことを言い出した。

 スマホのアプリでも利用すれば大体のところはわかるのになんだこいつは。

 

「いいですよ? いまからですか?」

「うん、ちょっと急に行きたいところができて」

「分かりました。えっとそれじゃあお金をここに置いておきますので、お会計よろしくお願いします」

「待てよ、自分たちが呼んでおいて先に帰るなんて許さねえぞ。連れて行くなら芹沢を連れて行けよ」


 いや、素直に「分かったー」なんて言えるわけないだろうが。

 わざわざ夕陽を残すのはおかしい、同情心からだとしたら殺意が湧く。


「だって、色々と話したいことがあるんじゃないですか?」

「ふざけるな、余計なこと気にしてんじゃねえよ」


 つか、敬語に戻すなよ……でも、雰囲気を悪くしているのは俺か。

 呼んだ本人たちがどこかに行くなら残る意味はない。飲み物だってたくさん飲めるわけじゃないし。


「帰るわ」

「そうですか……じゃあ今日はここで解散――」

「おい、二度と呼ぶんじゃねえぞ? 仲良くしたいなら勝手にやっておけ、俺は関係ないんだからよ」


 なんで楽しい場所でこんな気分にさせられなくちゃならないんだ。

 こういうところはもっと気軽で美味しいごはんを食べられる場所じゃなければならない。

 真面目な話をするべきところじゃないんだ、それをわかってほしい。


「お願いできるかな」

「いいですよ」


 が、意地でも青島とどこかに行こうとするのはやめたくないみたいで、あっという間に歩いていってしまった。


「はぁ……帰ろうぜ」

「そうね」


 帰り道はえらく静かだった。

 行きはハイテンションな青島がずっと喋っていたから気にならなかったが。

 なんだろうな、もっと明らかに格上な人間とかだったら素直に応援できたんだがな。

 で、そう離れているわけじゃないから彼女の家にはすぐに着いた。

 じゃあなという挨拶をして帰ることにする。


「瑛真」

「なんだー?」


 これは怒られるパターンか?


「今日はごめんなさい……止められなくて」

「なんでお前が謝るんだよ」


 夕陽らしいなって感じの発言だった。

 自分が悪いわけじゃないのに謝ってしまうところは嫌いだ。

 そんなことをしていたら心が疲れてしまう、元気のない夕陽なんか見たくない。


「だってあなた……嫌そうにしていたから」

「そりゃそうだろ。ファミレスに行って金払ってわざわざ嫌な気持ちにさせられたんだからな」


 あんな煽りみたいなことされてヘラヘラ笑っている奴がいたらそいつがおかしいだけ。


「お前さ、一緒にいるって決めたんならもっと楽しそうにしろよ。なんであいつといる時はいづらそうにすんだよ」


 全然時間が解決してくれねえじゃねえか。

 羽水の奴が奥手なのか、夕陽が拒んているのかは知らないが、今日の様子じゃもやもやするばかり。

 もっとハッキリ、一パーセントの可能性すら吹き飛ばすぐらいの様子を見せてほしい。


「一応言っておくが、お前にはもっと別の人間が相応しいと思うぜ」


 こんなこと言われればあいつのことを逆に大切にしようとする……はず、多分。

 だってそうだろ? 自分が向き合うと決めた人間が馬鹿にされれば誰だって気になる。


「あいつじゃ駄目だ。本当に大切なのはお前に気に入られ認められることなのにわざわざ俺を呼んだりするところがな。大切なのは他人じゃねえだろ、目の前の相手に振り向いてもらうことだ。あいつはただ俺に気持ちをぶつけることで優越感に浸っているだけ。いまだけを見るなら目的が変わっちまってるってところだろうな」


 ここで怒鳴ってくれ! そうすれば最悪な形になってしまうが希望も絶たれるから。

 何度も言うが、中途半端に来られるのがこんなに苦しいことだってわかっていなかった。

 もう昔とは違うって刻みつけてほしい、本人から言われれば納得もできるはずだ。


「そう……なのね」


 まじかよ、このパターンが考えられる中で一番最悪だぞ。

 納得も否定もしない、もっと中途半端にした状態。


「……あなたは私のこと、よく知っているのね。誰がお似合いとか、そういうことを」

「長く一緒にいるんだ、それぐらい当然だろ」

「よく分からなくて……家にいても落ち着かなくて……私……どうしたらいいの?」


 そんなこと涙声で聞かれても困る。

 選ぶのは夕陽だろ、俺でもあいつでもない。


「悪い、余計なこと言ったな、忘れてくれ」

「待ってっ、きゃ――」


 いやこれはしょうがないことだ、支えてやらなきゃ転んで怪我をしていたから。

 久しぶりに触れた夕陽の体はえらく冷たかった。


「大丈夫か?」

「え、ええ……」


 自分で立たせて俺は距離を作る。

 こんな昼ドラみたいなドロドロした展開はいらない。


「どうしたらいいかって聞いてきたよな?」

「ええ……」

「だったらもっと楽しそうに側にいてやれ」


 恋愛未経験の奴がアドバイスとか痛いが、不安ばかりと戦っていたらそりゃ良く見えなくなる。


「……忘れてくれればいいが、俺はお前の笑った顔が好きなんだ。というか、男なら可愛い女子の笑顔が好きだろ? だから羽水にも見せてやれ、そうすればあいつももっと頼りがいのあるようになるさ。じゃあな」


 意外な脆さが出たもんだ。

 でもそれを上手く乗り越えれば新しい自分に出会えるわけで、悪いことばかりではないと思う。

 相手が羽水ってことにはまだ納得はできないものの、夕陽があいつって決めたなら邪魔はできない。


「ただいま」

「おかえりー」

「珍しいな、まだいるなんて」

「え、今日はお休みって言ったでしょ」

「そうか」


 手料理とか作ってやればいいだろ、誰かに作ってもらえるってすごい幸せなことなんだと最近よくわかったことだし。


「最近、夕陽ちゃん来ないね」

「ああ、気になる奴ができたんだ」

「そうなんだ、それはおめでたいことだね」

「会っても余計なこと言わないでやってくれ、なんか迷っているようでな」

「分かったっ、じゃあごはん作ってくるね」

「おう、頼む」


 完全にブーメランだということはおいておくとして、久しぶりに母の手作り料理を味わって食べたのだった。

 味は普通に美味かった。




「瑛真さ――いたたたた!?」

「この前騙して呼んでくれた罰だ」


 そういえばと思いだし刑を執行。

 すぐに涙声になったのでそこでやめてやった。


「うぅ……酷い目に遭いました……」

「自業自得だ。で、結局あの後はどこに行ったんだ?」

「本屋さんです、あの一緒に行った」


 なんで青島なんだ? 地味そうに見える=本とか好きそうだったからか?


「つかさ、どうして急に名前呼びなんだ?」

「え、遅いですよツッコんでくれるのが……もう一週間も経ちましたけど! ネタバラシをすると夕陽さんからそうしてみたらどうだと言われたからです! それでどうですか?」

「うーん、微妙だな、無理してる感じが否めん」

「えぇ……喜んでくださいよ!」

「名前呼び程度で喜ぶ歳じゃねえよ」


 夕陽のやつは少しでも落ち着けただろうか。

 本当に余計なことを言ったと思う、あれじゃあ困らせただけだ。


「それにしても……羽水さんっていいですよね」

「は?」

「あっ、夕陽さんに勝てるとかってことは考えていないですからね!?」

「ちょっと待て、気になっているのか?」

「……端的に言えばそうかもしれません」


 おいおい……どんだけチョロインなんだよこいつ。

 つか、相手が夕陽で勝てるわけない、青島には悪いがこれが現実。

 そもそも羽水のやつは夕陽に夢中なんだから悲しい結果に終わるだけだ。


「悪いことは言わないからやめておけ、夕陽には勝てない」

「あ、また名前呼びに戻していますね!」

「ったりまえだろ、名字でなんかできるだけ呼びたくねえよ」


 距離を感じて嫌だった。

 お前が勝手に壁を作っているだけだろと言われたらそれまでではあるが。


「夕陽に勝てる人間は存在しない」

「おぉ!」


 おぉじゃねえよ、ちゃんと分かってんのかこいつ。

 謎のハイテンション娘を見つめていたのだが、こちらにやって来ようとしている奴が視界に入ってしまい嫌な気分に。


「おい、来るなって言っただろ」

「夕陽さんが一緒じゃなければいいですよね?」

「屁理屈言いやがってこの野郎」

「そう怖い顔をしないでくださいよ」


 ちなみに、気になる人間が来たことによって青島はめちゃくちゃ縮こまっていた。

 そういうところは乙女らしいとも言えるものの、ちらちら見るのはやめた方がいいと思う。

 関わるなら堂々と、それができなければ一パーセントも可能性は出てきやしないから。


「なんだお前、なんで芹沢を誘わなかった」

「夕陽さんはあなたといたがっているようでしたから」

「じゃあ諦めんのかよ?」

「まさか、そんなことできませんよ。もちろん、振られたらその時は潔く諦めますけどね」


 諦めろよ馬鹿……そうすればまた普通に戻れる――ような気がしている。

 くっそこいつめ……堂々と空気を読まずに俺の前に姿を現しやがって。


「さっさと告白しろ馬鹿」

「で、できませんよ……緊張、するじゃないですか」

「いまのきゃわいいっ、です!!」

「うるせえ!」

「ギャンッ!?」


 恋は盲目とはこういうことを言うんだろうか。

 なんてことはないところも良く見えてしまう。

 俺からすれば優柔不断の駄目駄目男にしか見えない。


「稲葉の方がうるさいぞー」

「そうだよ、青島さんが可哀相」


 クラスメイトから指摘が。

 そう、夕陽と関わっていたから喋ることは普通にできていた。

 友達とは言えないものの、まあ関わらないで終わるなんてことにはならなくてマシだろう。


「あ、悪い」

「「ちゃんと謝られるところが可愛いっ」」

「や、やめろよ……」


 可愛いのは夕陽だ、どちらかと言えば綺麗なタイプだが。

 さて、こいつをどうしてくれよう、青島の想いを告げるわけにもいかないし……。


「ぷふ、可愛いっ、ですよっ?」

「青島、またさっきのやられたいか?」

「ご、ごめんなさい……」


 慣れてくれたのは素直に嬉しい。

 だが、こういう調子の乗り方をされるのはなんか違う。

 だから言葉で理解してもらえないなら暴力手前の行為で気づかせるしかない。

 

「羽水、芹沢のところに行かなくていいのか?」

「それはやめてください。わざわざ名字で呼ばなくていいじゃないですか」

「誰のためを思って言ってやってるって思ってるんだよお前」

「僕のためにはなりません。あなたがいくら名字で呼んだところで、僕の想いが受け入れられるというわけではありませんから」


 うぜぇ……もう絶対にこいつのためには動かないぞと決めたのだった。

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