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彼女との婚約が決まって以来、初めて会う日。
その日僕は緊張で朝からそわそわしていた。
彼女が僕の『婚約者』になる。そう考えると落ち着いていられず、部屋の中を歩き回ったり用もないのに庭に出てみたり、別の色の方がいいんじゃないかと、タイとベストを何度も取り換えてみたりしていた。
「少しは落ち着いてください」
付き合いの長い、二十歳くらいの侍女のミリーに、いじりすぎて曲がったタイを直されているところに、彼女が入ってきた。
彼女は一瞬目を見開いた後、低い声を出した。
「お邪魔だったかしら」
さして年齢の違わぬ侍女に子ども扱いされているところを見られて、僕も不機嫌になる。
「別に。でも君の家にはノックの習慣はないの?」
いきなりこんなかっこ悪いところを見られるなんて。
ツンとそっぽを向いた彼女に対して、僕も斜め横を向いた。
お互い視線を逸らして黙ったまま、時間が過ぎる。
「あ、あの、ひとまずお茶になさいませんか?」
ミリーがものすごく居心地悪気に口を挟んだ。
確かに、こんなのに巻き込まれても困るよね。
主人としての配慮が足らなかったと反省しつつ、安心させるために少し表情を和らげて頷いた。
「そうだね。頼むよミリー」
頭を下げて、準備のためにその場を去るミリーと僕を交互に見て、彼女はなぜか悔しげに唇を噛んだ。
「こっちへ」
ソファを指し示すと、不機嫌そうな顔のまま、近づいてきた。
「使用人風情と随分仲がいいんですのね」
その言葉にカチンときた。
ソファに座った彼女を軽く睨む。
使う側と使われる側という立場の違いはあるけれど、もう5年も僕の世話をしてくれているミリーは僕にとって心を許せる大切な人間の一人だ。たとえ僕の婚約者といえど、見下されるいわれはない。
「そういう言い方はやめてもらえるかな。彼女は僕の大事な人だ」
それを聞いた彼女はばっと顔を上げ、信じられないものを見る目でこちらを見つめた。
その瞳にみるみる涙が溜まっていく。
えっ?な、なんで泣いてるの!?
訳が分からず僕が狼狽えている間に、彼女はソファから立ち上がり部屋から出て行ってしまった。
「帰りますわ」
と連れて来た侍女を引き連れて。
あまりに急な展開に、僕はソファから立ち上がることもできずに呆然としていた。




