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「ごめんなさい。あなたに興味が持てそうにありませんの」
そんな言葉で、人生初の見合いは断られた。
はずだった。
数日後。
何故かまた、目の前にその同じ令嬢が座っていた。
「『断るにしても、その言い方はない』んだそうですの」
ということらしい。
ツンとそっぽを向いて不服そうに頰をふくらませた令嬢は、気が強そうではあるものの綺麗な顔立ちをしている。
でも正直、ああまでボロクソにお断りされた身としては、もう関わりたくない。
それに前回のこと、悪いと思ってなさそうだし。
「で、今日は何の用なの?」
とりあえず何しに来たのか聞いたら
「なんですの?その口の聞き方は!」
いきなり怒り出した。
えー…これ、僕が悪いの?
「レディに対してそんなぞんざいな言い方をするなんてありえませんわ!」
君の態度の方がよっぽど令嬢としてありえないよ。
という心の声はしまっておいて、僕はにっこりと微笑んだ。
月夜ばかりと思うなよ?
従姉妹から教えてもらった、心を落ち着かせるおまじないを唱えて。
意味はわからないけど、腹が立った時にこれを心の中で言うと、気分がスッとする。
「僕も君みたいに怒りっぽくてめんどくさい子、興味ないから問題ないよ。帰れば?」
あれ?自分で思ってたより腹が立ってたみたい。言うつもりのなかった本音が出ちゃったよ。
「ぶ、ぶ、侮辱ですわ!許せませんの!お父様に言いつけてあなたの家なんか取り潰しにしてやりますの!!」
令嬢は、顔を真っ赤にして怒りだした。
えー、何この子。
心底めんどくさい。
「レディがお帰りだから、お見送りして差し上げて」
そう執事に告げて、令嬢を連れて行かせようとしたら
「いつ私が帰るって言いましたの?まだ帰りませんわよ!」
そう言って席を立とうともしない。
いや、帰れって言ったつもりだったんだけどなぁ。
「じゃあ、ごゆっくり」
執事に無理やり令嬢を連れて行かせるわけにもいかないので、彼女をサロンに残して自室に戻ることにした。
飽きたら帰るでしょ。
そう思ったんだけど、何故か彼女も後をついてくる。
「何?」
「別に。こちらへ用があるだけですわ」
そう言ってずっと後をついてくる。
いや、ここもうプライベートエリアだからね。君この先に何があるかなんて知らないでしょ。
「ついてこないで欲しいんだけど?」
はっきり言ってみたけど
「あら、見られたら困る物でもありますの?」
無駄だった。
同じ子爵家とはいえ、彼女の家の方が力が強いから、あまり強くも出られない。
…さっきの暴言は、ちょっとした物の弾みだ。
めんどくさいから放っておこう。
無視して自室に入る。
彼女も当然といった顔で入ってきた。
本当はここ、ごく親しい友人と身内しか入れたくないんだけどなぁ。
ため息をついて、机に向かう。
将来の為にと父から細々とした仕事を任されているので、暇ではないのだ。
彼女は勝手に本棚などを見ている。
もう邪魔しなければそれでいいや。
そう割りきって、彼女の存在を無視して書類を読み始めた。
ふと、喉の渇きを覚えて顔を上げる。
時計を見ると、仕事を始めてから2時間ほどたっていた。
侍女にお茶を頼もうと呼び鈴を手に取った時、彼女の姿が目に入った。
ソファに座って、本を読んでいる。令嬢らしい綺麗な姿勢だ。
いやに集中しているけど、そんなに気にいる本があったのかな?
そう思いながら呼び鈴を鳴らした。
その音に、彼女が顔を上げてこちらを見る。
問うようなその視線に、
「喉が渇いたからお茶にしようと思って」
と一応説明したら
「まあ!ありがとうございます。私も喉が渇きましたの」
嬉しそうに微笑まれた。
えっと、誘ってはいないんだけど…。
まあ、いいや。思いの外可愛い笑顔だったし。
なんだか彼女に対しては、いろいろ諦めた方が楽な気がする。
現れた侍女に2人分のお茶を頼むと、すぐに用意してくれた。
テーブルの上にセットされたのは、僕の好きなハーブティーと軽い口あたりの一口サイズのクッキーだった。
彼女は、一口目を慎重にかじってお茶を飲んだ後は、上機嫌でぱくついている。
気に入ったみたいだ。
感情が面に出やすい子だな、そう思って横目で眺めながら一息ついていたら、突然彼女がこちらを向いた。
「あなた結構面白い本読んでいらっしゃるのね」
やけに好意的な口調に面食らったけど、とりあえず返事をする。
「そう?君は今、何読んでるの?」
「冒険旅行記に見せかけたスパイの手記ですわ!」
なぜか誇らしげに答えが返ってきた。
あー、あれか。
一冊の本が頭に浮かぶ。
「面白い?」
「ええ、とっても!」
目をキラキラさせている。本当に気に入ったみたいだ。
この子ああいう本好きなのか。
ちょっと意外。
実はその本は、僕もお気に入りだ。
小説としての出来があんまりよかったから、潜入された側の国の偉い人が、スパイだってわかってたのに面白がって発行を許可したっていう、嘘だか本当だかわからない曰く付きの本なんだよね。
でもあの本が好きなら、あれとかも気に入りそうだよなぁ。
「それが好きなら他にもおすすめあるけどーーー」
「どんな本ですの!?」
思わず口をついた言葉に、彼女は身を乗り出して被せ気味に食いついてきた。
…びっくりした。
そんなに気に入ったんだ。
席を立って、本棚から何冊か取り出していく。
「これとこれと、あとこの辺かな」
ソファに戻って本を渡すと、彼女は両手で受け取りながらキラキラした目で見つめてきた。
「ありがとうございます!嬉しいですわ!」
裏の感じられない笑顔に、思わず頰が熱くなる。
……仕方ないだろ!女の子の相手なんて慣れてないんだから!
誰にともなく言い訳しながら、視線をそっと逸らした。
「別に」
素っ気なくなってしまったけど仕方がない。
だってちょっとドキドキしてしまって、今、口を開いたらおかしなことを言ってしまいそうなんだ。
「ふふっ」
そんな僕の態度を気にすることなく、彼女は嬉しそうに本を抱きしめて笑った。




