美しくなりたい、愛されたい、願いは叶ったはずなのに
(* ̄∇ ̄)ノ 死体が出てくる描写があります。苦手な人はブラウザバック。
美しくなりたい。
誰だって綺麗になってちやほやされたいと思うものではなかろうか?
私が自分の顔にコンプレックスがあるから、余計にそう思うのだろうけれど。
美人になりたい、なってみたい。
小さい頃からよく比べられた。綺麗な姉と可愛い妹と。
姉は綺麗でおしとやか、美人と評判で大学でモテモテだ。ミスなんとかに選ばれたりとか。それでいて頭も良くてピアノもできる。天は二物も三物もポンと与えたりする。
妹は末っ子として愛されキャラを存分に発揮して、雑誌のモデルなんてやったりしてる。学校では男女問わず友達が多い。
姉も妹もいつも人に囲まれ賑やかだ。芸能人でも無いのにファンがいるってどういうことだ。
その二人に挟まれた私は、地味だ。地味顔で目立つところが無い。姉と妹がキラッとした顔なら、私の顔はくすんでいるようなものだ。
いつも姉と妹と比べられて、それでひねてしまったところもある。
自分でも顔がブスというよりは性格がブス、という自覚はある。生まれ持った美貌で人生を楽しんでいるような二人に比較され続けて、姉と妹を羨んで僻んでいるうちに、ネガティブな性格になったものだと思う。自分で自分が可愛いとも思えない。
成人して働いて稼げるようになったら、整形しようかなんて考えてもみるけれど、顔を整形したら私のこの性格も変わるのだろうか?
美人となってちやほやされたい。愛されたい。私に見た目の他に姉と妹に優るものがあり、それに自信が持てれば良かったのか?
と、言っても頭の良さで姉には勝てず、運動と要領の良さでも妹には勝てない。恵まれているのが羨ましい。
私が姉と妹よりも優れるものと言えば、なんだろう? 何事もネガティブに考えて、何をしてもどうせダメだと、諦めの速いところくらいだろうか? 自信が無いから努力が実るなんていうのも信じられない。
自己顕示欲の無い人なんていないという。目立ちたくない、なんて言う人は逆の自己顕示欲があるという。目立ちたくないなんていうのは自意識過剰だ。地味な人間に注目する人なんていない。恥ずかしいと思う人ほど、自分は人に見られているという意識が高いからそう思うだけ。それは逆転した自己顕示欲だと思う。
というか、私って本当にあの姉と妹と同じ血が流れているのだろうか? 姉と妹を見れば母に似ているが、私だけ違っているような。母が言うには私は父に似ているらしいが。
その父は母と随分前に離婚して、私は父の顔も思い出せないけれど。小さい頃に見たことはあるというけれど、あれは何歳のとき?
メンデルの法則か何の法則か知らないが、遺伝子というのもイタズラが好きなのかもしれない。
幼い頃から親戚にも友達にも可愛がられる姉と妹に、僻み続ける根暗な青春。青いというよりは灰色で、春より秋のようななので、私にとっては青春と言うよりは灰秋と呼ぶのがしっくりくるような。
可愛いとか、綺麗とか言われて、愛されたりしてみたかった。
そんな風に自分のこれまでを省みたりなんてする。いや、私ってしょうもない人間だ。いじけて下を向いて暮らしていたようなものだ。改めて振り返ると苦笑するしかない。それもこういう機会があるから、これまでの自分の生き方を見直せるのかもしれない。
なにせ今の私はと言えば。
「血圧下がりました」
「強心剤を」
病院の中の手術室。医師が真剣に手術中。一人の女を医師達が死なせないようにと、頑張っている。
ベッドの上で手術されているのは私。
それを上から見下ろしているのも私。
これが幽体離脱というもの?
私が憶えているのは交差点。青信号だと渡っていたら暴走した車が突っ込んで来たところ。それも信じられない猛スピードで。
どうやら私は交通事故に巻き込まれたらしい。
見下ろす私の身体は、なんか酷いことになってる。これが自分の身体とは思えない。顔のとこがクチャッてなってる。片目が潰れている。えぐい。ホラーだ。
いったいどんな事故に巻き込まれたのか。人の身体ってこんな壊れかたするのか、と呆気にとられる。凄い力でプレスされるとこうなるのかもしれない。
これをなんとかもと通りにしようって努力する医師は凄い。というか、もとに戻るのかコレ? 治せるのか?
いや、諦められたら私が死ぬのか?
「輸血を」
「クリップで押さえて」
自分の身体が手術されるところをこうして見下ろすのは、なんだか妙な感じ。うーん、あの顔の潰れてるところ、直すついでに整形してもらえたり、とか。一重目蓋を二重にしてもらったりとか、してくれないだろうか?
ピッ、ピッ、と電子音が鳴る。医師達は慌ただしく私の身体をいじくりまわしている。長引いているみたい。
ピー…………
「脈拍停止!」
「電気ショック用意!」
あ、あれ? 心臓が止まった?
医師がベッドの上の私の身体に妙な器具を当てる。3、2、1、とカウントダウンすると私の身体がビクンとはねる。
「もう一度!」
なんだか、上手くいってない感じ。何度か電気ショックを当てて、その度に私の身体がビクンとはねる。
うん、こうして見ると意識の無い人の身体っていうのも玩具みたいだ。電気を通した一瞬だけ生きてるように動く、壊れかけた電気仕掛けの人形のような。
「……ダメか、」
医師が諦めた声を出す。えーと、ダメ、ということは?
見下ろす私の身体、あちこちズタボロで顔も半分クチャッってなってる。私の身体は動かない。呼吸も止まり、心臓も止まってるらしい。
どうやら御臨終らしい。
これで私の人生は終わり? 私が死ぬ?
……そっか、終わりか。医師が頑張ってくれたけれど、無駄に手を煩わせてしまったか。
自分が死ぬ、ということに、どうやら私はあまり未練も無いらしい。生きていても姉と妹を羨んで僻んでウジウジと時間を過ごすだけなら、別にここで死んでも構わないか。
楽しく幸せに生きてみたかったけれど、それは叶わない願いみたいだし。比べられるばかりで、姉と妹のようにはなれなくて、だけど自分でしたいこともやりたいことも無かったし。
これが私の生きる道、なんていうのが見つかれば、若くして死ぬことを残念無念と思えたのかもしれない。
残念、とは少しは思うものの、無念と言う程でも無い。諦めることだけは前から得意だったし。
美人薄命と言うけれど、美人じゃなくとも薄命になることもあるらしい。それもそうか。
美人と産まれていれば、綺麗だ、とか、可愛い、とか言われて愛されたりしてたなら、若くして死ぬことを惜しいと思えたのかもしれない。
いや、美しさ以外の人生の価値とか、人の生きる意味とかあるんだろうけど、あの姉と妹に比べられて僻んでるだけの私には、そんな御大層なものは見つけられなかったことだし。
この手術が成功して生き延びることができたら、何か変わったのだろうか? 何も変わらなかったのだろうか?
あぁ、私のコンプレックスってひどいな。恋愛とか、してみたかったな。優しくて頼り甲斐のあるカッコイイ男の人に、愛してる、とか、囁かれてみたかったよ。映画みたいに。ドラマみたいに。
まあ、いいや。
こうして私は車の暴走事故に巻き込まれて死亡した。不慮の事故って、本当に慮外のことなんだね。
享年17歳でした。ちーん。
◇◇◇◇◇
『そこは、あなたの願いの叶う世界』
と、変な声がした。頭の奥で優しい声が木霊する。誰の声か解らない。どういうことかもわからない。ただ、その声を憶えている。
あなたの願いの叶う世界? どういうこと?
私は事故で死んだはず。死んだはずなのに、こうして意識がある。私はものを考えている。考えることができる。
天国? それとも地獄?
暗い闇の中から、上へと浮かび上がるように。ゆっくりと目を開く。意識が鮮明になる。手足の感覚が戻ってくる。
視界に映るのは見覚えの無い天井。ここは手術室でも病院でも無い。
耳に聞こえるのは男の人の声。
「……あぁ、シェーム」
寝転ぶ私を覗き込むように、一人の男の人が私を見ている。青い瞳に涙が浮かびボロボロと泣き出して。
誰だろう? この男の人は? 短い銀髪、青い瞳、白い肌。外国の人?
頬は少しこけてやつれているけれど、肩幅は広くて、なんだかハリウッド映画に出てくる俳優みたい。
「……シェーム、やっと、やっと成功した……」
男の人は泣きながら、壊れ物に触るように、そっと優しく私の頬に触れる。ちょっと近い。美形だ。イケメンだ。
この人は私を見て、シェームと呼ぶ。シェーム?
聞き覚えがある名前。頭の中がなんだか、ぐにゃってしてる。
『そこは、あなたの願いの叶う世界』
あの声はなんだったんだろう?
私はシェーム? 私がシェーム? 聞き覚えがある。シェームという名の女の子の記憶、それが私の頭の中にある。だけど、もとの私、日本人で17歳で交通事故で死んだ、竹内詩夢の記憶もある。
二つの記憶がこの頭の中にある?
えぇと、この目の前の男の人は、名前は、思い出した。
「アルターム?」
私が名前を口にすると、銀髪の男の人は、顔をクシャッとさせて泣き笑いの顔になる。
「シェーム、憶えていて、くれた……」
アルタームとは、ええと? 記憶を読み返すように思い出す。アルタームは、シェームの婚約者で恋人。そして私はシェームと呼ばれて。
そうなると、今の私の恋人、ということになる?
私がシェーム? 私は竹内詩夢なのだけど?
これが生まれ変わり、とかいうもの? 前世の記憶が竹内詩夢、ということ?
私は自分のことを竹内詩夢だと思う。だけどこの頭の中にはシェームという女の子の記憶もある。そっちは自分の事というよりは、他人事のようなんだけど。
まるでシェームという女の子の、人生という物語を読んで憶えているように、シェームのことを自分の事とは思い難い。だけれども自分がシェーム、というのもなんとなくわかっている。
えぇと、個人の経験に関する記憶がエピソード記憶で、時間と場所に縛られない記憶が意味記憶、だったっけ?
シェームの記憶はこの頭にあるけれど、私の経験とは結びついていないような。
目の前の男の人、アルタームは私をシェームと呼ぶ。でもここにいる私は竹内詩夢で。
あのアルターム、申し訳無いけれど、シェームの魂はこの身体の中にいないようなのだけど。
「どういう、こと?」
「シェームが混乱するのも仕方無い」
アルタームは私の手をそっと握る。うん、シェームはこのアルタームに愛されているみたい。それもものスゴく。私はシェームと呼ばれているけれど、でもシェームじゃ無いのだけれど。あぁ、でもシェームでもあるかもしれない。
うん、混乱してる私。二人分の記憶が頭の中でおかしなことになってる。
うぅん。こんなカッコイイ男の人が幼馴染みで婚約者で溺愛されているシェーム。羨ましいわね。いや、今の私もシェームなのか。
「シェーム、君を生き返らせるのに三年かかった」
「はい?」
「処刑されたシェームの亡骸を抱えて逃げて、それからシェームを生き返らせるために死霊術の研究を続けた。必ず生き返らせてみせると。だけど三年もかかってしまった」
三年かけても人を生き返らせるのがスゴイと思うのだけど。え? 生き返らせた?
異世界に転生する物語は読んだことあるけれど、これはそういうこと? だけどなんだかちょっと違う?
シェームの魂がいなくなった身体に、竹内詩夢の魂が入り込んでしまったようにも思えるのだけど。
頭の中でシェームの記憶と竹内詩夢の記憶がグルグルと、なんだか、なんだろうこれは?
アルタームの握る私の手を見れば白い肌、小さい手。日本人の肌の色じゃない。私の見覚えのある私の手じゃ無い。
「私は、今の私はどうなっているの?」
「見てみるかい?」
アルタームが私の背に手を回す。優しくベッドの上に起こしてくれる。今の私が横になっていたのは大きなベッド。
上半身を起こした私の前に、アルタームが鏡を持ってきてくれる。
「わ、あ……」
世界で最も美しい少女がそこにいた。
タイトルとしてつけると陳腐だけれど、そうとしか言えない美少女が鏡の中にいた。
蜂蜜色の髪は柔らかくうねり、翡翠の瞳は鮮やかに。白磁の肌に桜色の小さな唇。
小顔、というか頭蓋骨のサイズそのものが普通の人より小さいんじゃないか?っていう小顔。
顔が小さくて翡翠の瞳はより大きくパッチリとして見える。パチパチと瞬きして見れば理想の二重まぶた。
メッチャ可愛い。
うん、アルタームが三年かけても生き返らせたくなるのがよくわかる。
その美少女の身体が、今の私の身体。
『そこは、あなたの願いの叶う世界』
あの声はそういうこと? 私の願いを叶えて、この美しい少女に私を生まれ変わらせてくれたの?
今の私は理想の美少女になって。誰もが羨むような美しい乙女となって。
だけど。
ベッドに身を起こして見れば、この部屋の中の有り様がよく見えてしまう。
妙に血生臭いとは感じていた。大きな部屋の中。あちこちに訳の解らない器具がある。アルタームの死霊術の道具なんだろう。
そして部屋の一角には、いくつもの少女の死体が積み重ねられている。身体のいろんなところを切り取られて、もとの形が解らないくらいにバラバラにされているのもある。
いったい何人の少女が、ここで死体になっているのか解らない。
アルタームを見れば、穏やかな優しい顔で話してくれる。
「死霊術の実験のために、シェームと同世代の女の子の墓を暴いてきた。それで足りなくて何人もあちこちから拐ってきたんだ」
この人、壊れている。シェームが好き過ぎて、愛するシェームが死んだことを認められなくて。
だからといってシェームを生き返らせるのに、何人犠牲にしたのだろう? 非道いことを頑張り過ぎてしまっている。
その努力の結果があの骸の山。
アルタームがその眼差しを少女達の死体の山に向ける。落ち着いた優しい声で言う。
「シェーム、皆に感謝しよう。その綺麗な瞳をくれたメアリーに、その桜色の唇をくれたジェニーに、元気な心臓をくれたブリジットに、しなやかな腱をくれたフィアに、柔らかな肌をくれたリリーに……」
美しい少女の美しい人体のパーツを使い組み上げた、最も美しい少女。それが今の私のこの身体。いくつもの死で組み上げられた、至高の美の完成形。
一人の少女を作るために、身体をえぐり取られた少女の屍が、いくつもいくつもそこにある。血の臭いと内蔵の臭いを沸き立たせて。
こうして見ると、美しさというものも、表面の皮一枚のことで、その皮をめくってしまえばそこにあるのは赤い肉に白い骨。皮を剥かれて転がる身体は、誰が誰か、見分けもつかない人の身体のなれの果て。
ぼんやりと死体の山を見ていると、部屋の一角から鈴の音がリンリンと鳴る。
アルタームは突然、険しい顔をして懐から水晶玉を取り出す。水晶玉の中を覗き込む。
「チッ! 聖教会の奴ら、ここを嗅ぎ付けたか! 二度とシェームは奪わせん!」
アルタームは鏡をベッドに置いて立ち上がり、両手で印を切り呪文を唱える。
「ラル、ソルマ、アゲフラドルゾ! 起きろゾンビにスケルトン! 聖教会の木っ端神官を皆殺しにしてこい!」
部屋の中の死体が起き上がる。骸骨の兵が骨を鳴らして立ち上がる。不気味な死体の兵士達が次々と、手に剣と棍棒、槍と持ってフラフラと部屋の外へと歩いていく。
死霊術師アルタームの死者の兵。
聖教会に嗅ぎ付けられた?
アルタームは私に顔を向けて、そこには険しさから一転、私を安心させるように微笑んで。
「安心してシェーム。何があっても君のことは守ってみせる」
「アルターム……」
「愛している、僕のシェーム」
私をそっと抱き締めて優しく囁く。愛の言葉を。
これはどういうことだろう?
私は世界で最も美しい少女になって。
優しくて頼り甲斐のある素敵な人に、抱き締められて、愛していると囁かれて。
私の願いは叶った筈なのに。
なのに、ちっとも嬉しく無いのは何故だろう?