参 (4)
今回が最終話になります。彼は最後にある決断をします。なぜ、彼女が今まで変な条件にこだわっていたのかを、最後まで楽しんでいただければ嬉しいです。
気にする必要なんてない。
とは口に出せずにいた。
彼は合わせていた手を下ろし、辺りを見渡した。
それがきっかけで“マネキン”と呼ばれるように、控え目になったのだろうか。
彼は小さくかぶりを振る。
書店で見た彼女はとても明るかった。
あの彼女が本来の姿なんだと信じたかった。
彼女の姿を思い返していると、足元でしゃがんでいた、彼女の友達が不適な笑みを浮かべて彼を見上げていた。
「なんだよ」
「いや、なんか真剣に考えてるのかなって見えたから」
「いや、まぁ……」
「ふ~ん。そう」
「なんだよ、その顔。それより、いいのかよ、お前こそ」
「あたし?」
「それこそ、疑われるんじゃないのか、土田に」
「なんで?」
「……だって」
「あ~ぁ。大丈夫、大丈夫。あんたなんか対象外。疑いもしないから」
「どういう言い方だよ、それ」
「ゴメン、ゴメン。そんなに怒んなくていいって」
「ったく、分かったよ。お前ら、お互いに信じてるんだって。だから、お前もあの噂に平然としてたってことか」
「噂?」
「土田と、あいつがケンカしたって話。それで、あの二人が前に付き合っていたんじゃないかって」
「あぁ、それ違う。あいつ、あたしのことを考えて、楓に話しかけたんだと思う。けれど、楓ってあぁ見えて強情だから。それでケンカしたんだと思う。「放っといて」って」
「あ、それは分かる気がする」
「それに彼だもん。今日、あんたを誘ってここに行けばって提案したの」
「ーーえっ? なんで?」
「実はさ、もうここに頻繁に来ることは止めようと思ってる」
「どうして?」
「あたしね、好きな歌があるんだ」
「なんだよ、急に」
「それってさ、ある恋人同士の歌なんだけど、彼氏が死んじゃうの。それで、彼女は悲しんで泣いて、を繰り返すの。それを彼は空の上からずっと見守り続けている。でも、彼は彼女に泣いてほしいんじゃないの。自分のせいで苦しむんじゃなくて、上を向いて笑顔を見せてほしいって歌なんだ」
「上を向いて、か」
「そう。それって、もしかしたら涼も同じなのかなって思って。勝手なんだけど」
「そっか」
「まぁ、そう教えられてやっと気づいたんだけど」
「それって土田が?」
「うん」
「なんか、意外だな」
「結構、気が利くの」
「ふ~ん」
「それで、あんたはどうなの?」
「何がだよ」
「楓のこと、どうなのよ?」
「そのことか……」
「そう。まぁ、服部くんが一方的に好きみたいだけど、何もないらしいし」
「服部が?」
「うん。急がないと危ないかもよ。楓って、態度は冷たいけど可愛いんだし、結構モテるんだから。その妬みで陰口が多いんだけど。ーーで、どうなの?」
「……前にコクった」
不適な笑みに、より含みが深まってしまった。
流れから、以前に彼女に告白していたことを白状してしまい、後悔してしまう。
もう覚悟するしかない。
彼は出されていた条件を話した。
すると、しゃがみ込んでいた彼女は立ち、そのまま空を眺めて黙り込んでしまう。
どこか悲しげな眼差しを捧げて。
「……あたしさ、ここに来ることはあと一回だけにしようと思うの」
「あと一回」
「うん。楓とでね」
「でも、あいつは」
「あんたなら、あの子の気持ちを和らげられるんじゃないかなって、思ったんだけど。だって、楓がそこまで言うとは思わなかったから」
「でも、言ったろだろ。あいつには好きな奴がーー」
「ーー嘘よ、そんなの。うん。きっとそう」
「じゃぁ、なんで嘘なんか」
「あの子は罪滅ぼしだと思ってるのよ。そんなの気にしなくてもいいのに。そんなこと」
「そうなのか……」
「バカよ、そんなの…… そんなの」
3
気づいていた。
親友が自分の恋人に想いを寄せていることを。
恐れていた。
いつか恋人が自分から離れていきそうで。
自分が汚いというのも。
親友が好きなんだと知りながらも、彼女の前で彼の話をしてみたりした。
だからこそ、あのとき自分のスマホで、勝手に恋人に身に覚えのないメッセージを送られていたと知っても、驚きはしなかった。
やっぱり、と。
今まで親友の気持ちに気づかないフリをしていた罰なんだと。だからこそ、間違いだと恋人に言い訳はしなかった。
彼がどんな態度を取ろうとも、受け止めるつもりで。
そしてーー。
親友は事故で命を落とした。
当初、事態が掴めず困惑してしまった。
時が経ち、もう一人の親友の火野雫に事情を聴き、彼女は愕然となった。
あのとき、彼女に事情を聞いておけば……。
嫌われると知りつつも、責めておけば……。
親友が死んだのは自分が臆病だから。だからこそ、これは与えられた罰であるんだと。
恋人ともそのあと、すぐに別れた。
理由を問われても、何も話さず一方的に。
彼女は自分を責め続けていた。
もう自分は普通に誰かを好きになってはいけないのかな、と。
だから、どれだけ自分に非がなくても、悪い噂が流れても、彼女はそれを甘んじて受け入れた。
どれだけ根も葉もない噂であっても、疑われても、反論はしなかった。
言葉を発しないマネキンのように。
それでも、彼女に想いを寄せる人物はいた。
そこで彼女は嘘をつく。
普通に断るのではなく、嫌な印象を残して。
自分を追い詰め続ける。
だからこそ、告白してくれた彼に、彼女は頭を真っ白にした。
横暴な態度を取っても、普通に接してくれる彼に。
木戸蓮に。
最近はよく屋上で話した。
気さくに話せたし、久しぶりに笑ったりもした。
忘れようとしていた感情が熱くなろうとしていた。
気持ちとしては……。
しかし、平静を装った。
お得意のマネキンになり。
4
過去に何があったのか。
大体の事情を彼は分かっていた。
彼女の口から告げられた話。彼女の親友の火野雫から聞かされた話を含めて。
だから、彼女は責任から自分を責めている。
自分に彼女の気持ちを晴らすことなどできるだろうか。
自信なんてなかった。
しかし、書店で見た屈託ない笑顔。
屋上で見せる柔らかな表情。
それを普段から見たいと思った。
二人しかいない放課後の屋上。
いつものように、彼女は彼との一緒の時間を待ってくれていた。彼女の無垢な微笑みを見てしまうと、彼の緊張はさらに高まってしまった。
以前に告白したとき以上に。
容赦ない太陽が二人を照らすなか、それでも彼は口を開く。
もう一度、自分の気持ちを伝えようと。
「私には、ほかに好きな人がいるの。でも、その人は別の子が好きで付き合ってる。だから、その人がその女の子と別れるまでの間だったら、付き合ってあげる」
そんなの嘘よ。
火野雫の嘆きが耳をかすめる。
風が冷たい表情でこちらをじっと眺める、水原楓の黒髪をなびかせた。
前髪が目の前を遮っても、彼女は動じない。
そんなことは間違っている。
もう自分を責めることはない。
彼女の顔を見れば、辛そうで本音を言えない。
いつか、無理をして嘘をつき続けなくてもいいようにしたかった。
自惚れているかもしれない。
独りよがりかもしれない。
しかし、自分の気持ちには嘘をつきたくない。
だからこそ、今はその嘘に付き合おうと彼は決心する。
「……うん。それでいいよ」
だから、彼は嘘をつく。
了
今回の作品はどうしても、ちょっと違う書き方にしたかったので、このような形にしました。どうしても、彼と彼女の名前を伏せた形で進んでみたかったんです。最後までややこしい書き方になってすいませんでした。この作品を読んでいただき、ちょっとでも楽しんでいただければ幸いです。