参 (3)
事故現場にあった花の花言葉によって、彼女はの関係が分かってきます。ちょっと、「弐」の部分の補足になってしまうかもしれませんが、ここで彼女が悩み、奇妙な条件を出すきっかけみたいなものが分かってきます。よろしくお願いします。
「そういえば、あんたはあれから、事故の現場に行ったの?」
「行ったよ、言われなくても」
「あら、意外」
「なんだよ、それ」
「お母さんも行った方がいいのかな。それとも、お墓参りに行くべきか」
「別にいいだろ」
「まったく、冷たいわね。それで、どうだったの?」
「別に変わったことはないよ。花は飾ってあったけど」
「あぁ、じゃぁ、慰霊碑とかもあったりしたの?」
「いや、そんなものはなかった。道路に直に置いてあった」
「やっぱり、ユリとかが多かった? テレビとかでは映っていなかったけど」
「さぁ。花の名前までは…… あっ」
「何、気になることでもあった?」
「ゼラニウム」
「ゼラニウム?」
「うん。確かそんな名前だった」
「珍しいわね、あんたが花の名前を知っているなんて」
「まぁ、いろいろあって」
「じゃぁ、その花をお供えした人は、大切な人を亡くしされたのね」
「そうなの?」
「そ。花にだって、いろいろと理由があるから」
「それじゃぁ、その花を置いた奴ってのは、恋人が死んだってこと?」
「あ、それはないわ」
「ーーえっ?」
「うん。それはないと思う」
だって、大切な人って」
母親の指摘は彼をさらに困惑させた。
風呂から上がり、台所でお茶を飲んでいたとき、母親に訊かれ、半ばぞんざいにあしらうつもりでいたが、思わず足を止めてしまう。
話に食い入ってしまう。
バカバカしいと反論して部屋に戻ったが、閉めた扉に凭れて、黙り込んでしまう。
しばらく考え込んだあと、「う~ん」と唸りながら髪を強く掻き毟った。掻いた手をそのまま顎に当てると、また言葉が胸に刺さってくる。
スマホを見たことないの、と。
混沌とした思いを振り払うべく、導かれるようにベッドに向かい、枕元のスマホを手に取った。
すると、メールの着信があったらしく、青い光が等間隔で光っていた。
友達からのメールだった。大した内容ではなく、他愛のない一言。
彼は皮肉めいた一言を返信しておいた。
ほんの数秒の出来事。手慣れた操作で指を動かしていると、不意に指が止まる。
ずっと彼のなかで小さなしこりがあった。
引っかっていることが一気に大きくなっていく。
それを助長しているように、母親の言葉が強く響いた。
「お前の言っていた、スマホのことがちょっと分かった気がした」
「そう。で?」
「もしかしたらだけど、お前は知っていたんじゃないか。あいつが勝手にお前のスマホを使ったのを」
「どうして?」
「だって、おかしいだろ。触っているところを見てないにしても、スマホを見れば“既読”で分かるだろ」
「ふ~ん。そうだね」
「それともう一つ、訊いていいか?」
「ーー何?」
「本当にその、元カレが事故に遭ったのか?」
「…………」
「だって、その花、ゼラニウムの花言葉は「真の友情」それって、恋人に送る言葉じゃないはずじゃ」
「ーー死んだよ、あたしらの大切な親友が。月島涼って女の子が」
「ツキシマ……」
「どうゆうことだよ。だって、あいつが好きだったのは、お前が付き合っていた奴ーー」
「違う」
「違うって、じゃぁ、誰が誰と……」
「ーー付き合っていたのはあの子、楓よ」
「……水原が付き合っていた?」
突然、誘われたのは放課後。
彼は特に用事もなかったので、近くの書店に行き、新たな文庫本でも見に行こうとしていたとき、呼び止められた。
事故現場に一緒に行ってほしいと頼まれた。
正直、彼は驚き逡巡してしまった。
なぜなら、話している彼らを、遠くから不安げに眺めている彼女の眼差しに気づいていたから。
恐る恐る彼女に視線を移した。すると、彼女は彼の視線に気付いたのか、目線を逸らして、そそくさと教室を出て行った。
彼女がいなくなったあと、彼は事故前場に同行することを了承した。
学校から事故現場までは、近くの駅から三駅ほど離れており、時間にして二十分ほどの距離になっていた。
駅のそばにある花屋で彼女は花を買い、そのまま電車に乗り込んだ。
座席に座り、揺られる車両のなかで、重苦しい空気を切り裂いて、彼は口を開いた。
しかし、彼女の告白に彼は耳を疑った。
命を落としたのが月島涼?
付き合っていたのは彼女?
彼は唇を噛んでしまう。
それ以上は強く追求できないでいた。
再び沈黙を帯びながら、目的の駅に到着し、事故現場へと辿り着いた。
彼女は現場の交差点の脇にしゃがみ込み、花を添えると手を合わす。
彼も立ったまま手を合わせた。
「涼から相談を受けたのは事故があった日の前の夜。あの子は言ってた。楓を、親友を裏切ってしまったって。だから明日、日村くん。当時の楓の彼氏ね。その子に会ってちゃんと謝るって」
「謝る?」
「ほら、バス停ってここの交差点からちょっと先に進んだところにあるでしょ。涼はバス停で待っている日村くんに謝ろうとしていたの。涼はバスに乗っていたみたいで、けど、ほんの少し手前。もう少しのところで、事故が起きてしまったの」
「…………」
「あいつは知っていたんだろうか……。やっぱり、その、月島って子が自分のスマホを使っていたのを」
「多分ね。きっと、あんたが言った通りに」
「じゃぁ、なんで彼氏に言わなかったんだ? その子にも……」
「だから、知っていたのよ、全部」
「全部って、もしかして」
「おそらく、楓は涼が日村くんのことが好きだってことをきっと知っていた。けれど、自分も日村くんのことが好き。もしかしたら、先に好きになったのは涼なのかもしれない。だから、自分が付き合っていることに負い目を感じていたのかもしれない」
「……そんなのって」
今回もちょっと、短い内容になってしまいました。今回、新たな人物が出てきました。そして、ちょっと遊びというと変ですが、「弐」の視点になっていたのは、この人物になります。彼女の過去を知った彼がどうするのか、興味を抱いていただければ嬉しいです。