表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だから、彼は嘘をつく  作者: ひろゆき
6/8

参 (2)

 決して仲が悪いと見えない彼女ら二人。さらに、彼女らの仲を疑う彼は責められていまいます。なぜ、噂話の輪に乱入してまで彼女をかばおうとするのか。気にしていただければうれしいです。よろしくお願いします。

 本当に彼女らの仲は冷めているのだと見えていたからこそ、事故現場の別れ際、彼に発した言葉に耳を疑った。

 決して演技ではなく、真剣そのものだった。

 仲が悪いとされている彼女を、本気で擁護するような言動。どちらが彼女の本音であり、彼女らの関係であるのか分からなくなった。

 疑念が笑っている。

 ずっと、考えるほどに心を汚染していく闇は深くなる。

 屋上の鉄柵に肘を突き、空を見上げる。

 眩しい太陽が彼を照らし、目蓋を閉じるが、心の闇が動じることはなく、より漆黒が強まる。

 さらに風が頬をなでると、胃の辺りを裂き、

 あなたなら、どうする?

 と、問われた答えを急かされてしまう。

 彼は頭を下げられなかった。なぜなら、マネキンと呼ばれた彼女が今日も、隣にいたから。


「なぁ、お前と火野って、仲がよかったのか?」

「何? あなたもあの噂を信じるんだ」

「ううん、違う。実は昨日、あいつに会ったから」

「雫と? そりぁ、学校では会うでしょ」

「違うんだ。ほら、二年前、バスの事故があったでしょ。その事故に、僕の友達だった奴が巻き込まれたんだ。小学校からずっと、友達だった奴なんだけど」

「それって」

「それで昨日、事故現場に行ったんだ。そうしたら、あいつに会ったから」

「そうなんだ」

「あいつも、その、大切な人だって言ってた」

「……でしょうね」

「それって、お前にしても大切な人だったのか?」

「…………」

「……そうだよ」

「じゃぁ、やっぱりあの噂は」

「ねぇ、あの子、花を持っていたりしてなかった?」

「ーーえっ、あ、うん。一輪だけだったけど」

「そっか」

「何か、意味でもあるの? 名前は知らないけど」

「多分、“ゼラニウム”だと思う。あの子、花が好きだったから」

「火野が? なんか、イメージと違うな」

「フフッ。そうなんだ」

「お前にとっても大切な人なら、その、行かないの?」

「……行けないよ。私にはそんな資格はないから」

「資格?」

「そう。私が会うことはきっと許されないから」

「なぁ」

「何?」

「……お前ら、本当に仲が悪いのか?」

「なんで、そんなことを訊くの?」

「昨日、あいつに怒られたんだ。僕にお前たちの何が分かるんだって。それを聞いたとき、なんとなく」

「そっか」


 彼女はどこか照れくさそうに頬を緩めていた。やはり、彼には二人の仲が悪いようには見えなかった。

 眉をひそめ、悲しげな笑みを浮かべながら、彼女は鉄柵に背を預け、空を見上げた。

 つられて見上げた彼は、視界に広がる空に、胸がざわめいてしまう。このあと、どう会話を進めればいいのかと。

 今までなら、会話のないことに不安はなかった。しかし、今だけは身を切り裂くような沈黙が苦しかった。

 そんなとき、彼女が口を開く。


「私は裏切ったのよ」

「裏切った?」

「その子には、好きな子がいた。そして、その人は私の好きな人でもあった……」

「…………」

「だから、お前は身を引いたのか?」


 語られたのは彼女の過去。

 まるで他人事のようで、何かの小説のあらすじを話すような、抑揚のない落ち着いた口調で話す彼女。それでも、頬が震えるのを必死に堪え、今にも崩れてしまいそうな表情は辛く見えた。

 無理をしているのは一目瞭然。

 話を聞き終えたあと、彼は黙ってしまう。

 どんな言葉をかければいいのか、検討もつかず、ただじっと屋上のコンクリートの床を眺めるしかなかった。


 彼女の脆い笑みを思い浮かべながら、顔を上げて横を見た。

 話を聞いてから、丸一日がすぎようとしていた。

 昨日、屋上で見た青空が、嘘のように機嫌を悪くしていた。厚く重苦しい雲が太陽を遮り、代わりに大粒の雨を振らして窓を叩く。

 呆然とする彼の意識を誘うように。

 昨日、言葉を切り出すのに、どれだけの時間を費やしたか計り知れない。 

 心で無難な言葉を探そうにも、闇に隠れて拾えなかった。

 しかも、彼女の顔を見ることができず、無責任に床を眺めるだけ。

 そこに間髪入れず聞こえてくる彼女の声。

 彼女の顔は最後まで見られなかった。

 彼女と親友とその恋人との出来事は、もう噂であると受け流すことはできなかった。

 皮肉にも、彼の親友が乗車していたバスであることに。

 運命のイタズラともいうべき事実に胸をえぐられた。


「……そっか、楓、あんたに話したんだ」

「うん」

「何? 何か気になる?」

「うん、ちょっと気になってるんだ」

「へぇ~。あんた、意外と勘が鋭いかも。ちょっと見直した。でも、ホントそう。あたしなら気にしないのに。ホント、バカ。だから自分から身を引くなんて」

「それって、土田のこと?」

「はぁ? 何それ?」

「いや、だって」

「またその話?」

「だって、前に聞いたのは……」

「バカらしい」

「ーー違うのか?」

「ちょっとでも、あんたを感心したのが間違いだったみたい」

「そこまで言わなくても」

「そもそも、あの子、本当に昔のことを言ったの?」

「言ったよ」

「そう。じゃぁ、あんたはやっぱり何もわかってない」

「何がだよ」

「あんた、スマホ見たことないの?」


 最後に言い残された言葉が耳から離れない。

 自分を試されているような言葉に、思考がずっと停止していた。

 雨の降る放課後、一人残っていた彼が、前日に聞かされた彼女たちの過去ならば、話してもいいかと打ち明けた。

 最初は感心して聞いていたが、彼女たちの関係を話した瞬間豹変し、憤慨した最後に一言言い残して教室を出て行った。


 彼は二人の関係を疑って言ったのではない。

 彼のなかで、彼女から非難されたことで引っかかっていたのではない。

 別のことが、彼の胃の辺りでしこりとなって重くのしかかっているのである。

 それが何かはまだ分からない。

 自宅の部屋の窓から外を眺めた。もう闇が空を支配している。

 まだ雨も降り続いており、学校にいるときよりも激しさを増している気がした。

 彼は指摘通り、スマホを操作してみた。


 画面が明るくなるが、そこで手が止まった。そのまま呆然としていると、いつしか画面はまた暗くなった。

 スマホを枕元に投げ、手先を弄ばせながらベッドに寝そべると、蛍光灯の灯りに責められ目蓋を閉じた。

 雨音が彼の心を嘲笑うように、不規則なリズムを刻んで窓に当たっていた。

 今回はちょっと短い内容になってしまいましたね。ごめんなさい。彼女らの関係は、事故現場に置かれていた花が答えなのかもしれませんが、そこに彼女自身が悩むことに、今後、繋がっていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ