参 (2)
決して仲が悪いと見えない彼女ら二人。さらに、彼女らの仲を疑う彼は責められていまいます。なぜ、噂話の輪に乱入してまで彼女をかばおうとするのか。気にしていただければうれしいです。よろしくお願いします。
本当に彼女らの仲は冷めているのだと見えていたからこそ、事故現場の別れ際、彼に発した言葉に耳を疑った。
決して演技ではなく、真剣そのものだった。
仲が悪いとされている彼女を、本気で擁護するような言動。どちらが彼女の本音であり、彼女らの関係であるのか分からなくなった。
疑念が笑っている。
ずっと、考えるほどに心を汚染していく闇は深くなる。
屋上の鉄柵に肘を突き、空を見上げる。
眩しい太陽が彼を照らし、目蓋を閉じるが、心の闇が動じることはなく、より漆黒が強まる。
さらに風が頬をなでると、胃の辺りを裂き、
あなたなら、どうする?
と、問われた答えを急かされてしまう。
彼は頭を下げられなかった。なぜなら、マネキンと呼ばれた彼女が今日も、隣にいたから。
「なぁ、お前と火野って、仲がよかったのか?」
「何? あなたもあの噂を信じるんだ」
「ううん、違う。実は昨日、あいつに会ったから」
「雫と? そりぁ、学校では会うでしょ」
「違うんだ。ほら、二年前、バスの事故があったでしょ。その事故に、僕の友達だった奴が巻き込まれたんだ。小学校からずっと、友達だった奴なんだけど」
「それって」
「それで昨日、事故現場に行ったんだ。そうしたら、あいつに会ったから」
「そうなんだ」
「あいつも、その、大切な人だって言ってた」
「……でしょうね」
「それって、お前にしても大切な人だったのか?」
「…………」
「……そうだよ」
「じゃぁ、やっぱりあの噂は」
「ねぇ、あの子、花を持っていたりしてなかった?」
「ーーえっ、あ、うん。一輪だけだったけど」
「そっか」
「何か、意味でもあるの? 名前は知らないけど」
「多分、“ゼラニウム”だと思う。あの子、花が好きだったから」
「火野が? なんか、イメージと違うな」
「フフッ。そうなんだ」
「お前にとっても大切な人なら、その、行かないの?」
「……行けないよ。私にはそんな資格はないから」
「資格?」
「そう。私が会うことはきっと許されないから」
「なぁ」
「何?」
「……お前ら、本当に仲が悪いのか?」
「なんで、そんなことを訊くの?」
「昨日、あいつに怒られたんだ。僕にお前たちの何が分かるんだって。それを聞いたとき、なんとなく」
「そっか」
彼女はどこか照れくさそうに頬を緩めていた。やはり、彼には二人の仲が悪いようには見えなかった。
眉をひそめ、悲しげな笑みを浮かべながら、彼女は鉄柵に背を預け、空を見上げた。
つられて見上げた彼は、視界に広がる空に、胸がざわめいてしまう。このあと、どう会話を進めればいいのかと。
今までなら、会話のないことに不安はなかった。しかし、今だけは身を切り裂くような沈黙が苦しかった。
そんなとき、彼女が口を開く。
「私は裏切ったのよ」
「裏切った?」
「その子には、好きな子がいた。そして、その人は私の好きな人でもあった……」
「…………」
「だから、お前は身を引いたのか?」
語られたのは彼女の過去。
まるで他人事のようで、何かの小説のあらすじを話すような、抑揚のない落ち着いた口調で話す彼女。それでも、頬が震えるのを必死に堪え、今にも崩れてしまいそうな表情は辛く見えた。
無理をしているのは一目瞭然。
話を聞き終えたあと、彼は黙ってしまう。
どんな言葉をかければいいのか、検討もつかず、ただじっと屋上のコンクリートの床を眺めるしかなかった。
彼女の脆い笑みを思い浮かべながら、顔を上げて横を見た。
話を聞いてから、丸一日がすぎようとしていた。
昨日、屋上で見た青空が、嘘のように機嫌を悪くしていた。厚く重苦しい雲が太陽を遮り、代わりに大粒の雨を振らして窓を叩く。
呆然とする彼の意識を誘うように。
昨日、言葉を切り出すのに、どれだけの時間を費やしたか計り知れない。
心で無難な言葉を探そうにも、闇に隠れて拾えなかった。
しかも、彼女の顔を見ることができず、無責任に床を眺めるだけ。
そこに間髪入れず聞こえてくる彼女の声。
彼女の顔は最後まで見られなかった。
彼女と親友とその恋人との出来事は、もう噂であると受け流すことはできなかった。
皮肉にも、彼の親友が乗車していたバスであることに。
運命のイタズラともいうべき事実に胸をえぐられた。
「……そっか、楓、あんたに話したんだ」
「うん」
「何? 何か気になる?」
「うん、ちょっと気になってるんだ」
「へぇ~。あんた、意外と勘が鋭いかも。ちょっと見直した。でも、ホントそう。あたしなら気にしないのに。ホント、バカ。だから自分から身を引くなんて」
「それって、土田のこと?」
「はぁ? 何それ?」
「いや、だって」
「またその話?」
「だって、前に聞いたのは……」
「バカらしい」
「ーー違うのか?」
「ちょっとでも、あんたを感心したのが間違いだったみたい」
「そこまで言わなくても」
「そもそも、あの子、本当に昔のことを言ったの?」
「言ったよ」
「そう。じゃぁ、あんたはやっぱり何もわかってない」
「何がだよ」
「あんた、スマホ見たことないの?」
最後に言い残された言葉が耳から離れない。
自分を試されているような言葉に、思考がずっと停止していた。
雨の降る放課後、一人残っていた彼が、前日に聞かされた彼女たちの過去ならば、話してもいいかと打ち明けた。
最初は感心して聞いていたが、彼女たちの関係を話した瞬間豹変し、憤慨した最後に一言言い残して教室を出て行った。
彼は二人の関係を疑って言ったのではない。
彼のなかで、彼女から非難されたことで引っかかっていたのではない。
別のことが、彼の胃の辺りでしこりとなって重くのしかかっているのである。
それが何かはまだ分からない。
自宅の部屋の窓から外を眺めた。もう闇が空を支配している。
まだ雨も降り続いており、学校にいるときよりも激しさを増している気がした。
彼は指摘通り、スマホを操作してみた。
画面が明るくなるが、そこで手が止まった。そのまま呆然としていると、いつしか画面はまた暗くなった。
スマホを枕元に投げ、手先を弄ばせながらベッドに寝そべると、蛍光灯の灯りに責められ目蓋を閉じた。
雨音が彼の心を嘲笑うように、不規則なリズムを刻んで窓に当たっていた。
今回はちょっと短い内容になってしまいましたね。ごめんなさい。彼女らの関係は、事故現場に置かれていた花が答えなのかもしれませんが、そこに彼女自身が悩むことに、今後、繋がっていきます。