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だから、彼は嘘をつく  作者: ひろゆき
4/8

 今回は、ちょっと視点が変わります。描いているのは“彼女”の過去になります。彼女の迷いや苦しみが伝われば嬉しいです。

 彼女には好きな人がいた。

 しかし、それは誰にも打ち明けられなかった。

 打ち明けるべきではないのだと、自分に言い聞かせていた。

 その人はクラスではあまりいいイメージを持たれていなかった。

 決して、優等生ではない。

 イケメン、とも呼べなかった。

 けれどーー。

 それは彼女が朝、少し早く学校に着いて、彼女は自分の席で小説を読んでいた。

 そんなとき。

 希望ーー。

 彼女が無動作に机に置いていたしおりを指して言った。

 しおりには“スノードロップ”と呼ばれる一輪の花が描かれていた。彼の発した言葉が、その花の花言葉だと気付くのに数秒の遅れがあった。

 その間、彼は屈託なく笑っていた。

 それまでの彼のイメージとは違う、子供っぽい幼さがあった。だからこそ、花言葉を知っているのが意外だった。

 花が好きなのかと訊くと、彼は照れ臭そうに頷いた。

 それもまた意外で、彼女は驚いた。

 それからは長くはなかった。

 砂粒のように小さな想いが、少しずつ積もり、彼女の気持ちを揺るがすほどに大きくなるのは。

 いつしか好意を抱くようになっていた。

 いつか、この想いを伝えようと決心していた。

 しかし、彼女の気持ちは心の奥底に鍵を閉めて沈めてしまう。


「……それって、本当?」

「うん」

「でも、なんであんなの」

「なんだろ、意外性?」

「何それ? 何かきっかけでもあったの?」

「まぁね」

「それど、好きになったの?」

「うん」


 汚れない無垢。

 親友の彼女を見たとき、心底思ってしまった。

 そして、自分の想いを打ち明ける瞬間を逃してしまった。

 ファミレスでたわいのない会話をしていたとき、親友が想いを寄せている人物が、自分が想いを寄せている相手と同じだった。

 それからはしばらくのろけが続いた。

 内容には驚きもあった。

 自分だけの秘密だと思っていた、彼が花に詳しいこと、それ以外にも、彼女の知らない事実が、次々と目の前の親友からこぼれていた。

 衝撃だった。

 驚きを隠せずにはいられなかった。

 平静を装うと、必死に笑った。焦りを悟られまいと、ジュースを飲んでごまかした。それでも自信はなかった。もしかすれば、知らないうちに親友を睨んでしまっていたかもしれない。

 悔しかった。

 けれど……。


 彼女も彼のことが好きだった。

 でも、親友も大切。

 決して打ち明けられない想い。

 二つを天秤にかけたとき、彼女は迷い、すぐに答えを出せずにいた。

 胸に本当の気持ちを秘めたまま、日常は流れる。

 変わったのは、彼と話す機会が確実に増えたこと。そこに、彼のことが好きな親友の彼女が加わることも。

 心に無数の針を刺されながらも。

 反面、悪いと思いつつも、二人で会う機会もあった。

 そんなある日曜日。彼女の家の近くの公園に、前振りもなく呼び出された。

 呼び出したのは彼。

 理由は少なからず気づいていた。それまでの日々で、彼との距離が近づいていたのは、肌で感じていたから。

 心は…… 揺れていた。

 嬉しかった。しかし、

 ゴメン。

 想いを告げられたとき、彼女の口からは、気持ちとは正反対の言葉が口を突いていた。言いたくないはずなのに。

 自分を選んでくれた。

 自分を好きになってくれた。

 その反面、親友との関係が崩れてしまう怖さに襲われる。

 それは嫌だと、全身が震えて訴える。

 彼を拒む言葉を途切れさせたくて、口を閉じたかったが、彼よりも付き合いの長い親友を選んでしまう。

 彼は動揺を隠せないでいた。

 普段とは違う私服は彼女をときめかせたが、すでに遅かった。

 沈黙。

 どれだけ二人がうつむき黙っていたのか分からない。きっと、さほど長い時間ではなかった。

 しばらくして、彼が先に顔を上げた。

 彼は苦笑いを浮かべる。

 無理をしているのは一目瞭然だ。

 彼女は罪悪感から唇を噛み、目を逸らした。

 毅然と振る舞おうとする彼の姿が辛かった。


 四カ月がすぎていた。

 今でもあの日、最後に見せた彼の複雑な顔は忘れられない。

 できるだけ自然を装うとした。告白を受けた日より以前と、できる限り同じ振る舞いをするように。

 そんなある日。

 彼と、親友の彼女が突き合うようになった。

 彼女は親友に自分が告白されたことを伝えていない。もしかすれば、彼も黙っていたのかもしれない。

 あとから話を聞けば、親友から想いを伝えたらしい。

 分かってはいた。

 親友が彼に変わらない想いを注いでいることを。だから、いずれは二人が付き合うだろうと。

 それでも、彼女に襲った喪失感、敗北感は計り知れなかった。心のどこかで、二人が結ばれないのを望んでいたのかもしれない。

 二人が付き合うようになって、見るからに親友の雰囲気が変わった。

 毎日が楽しく、嬉しい。

 幸せを全身から漂わせていた。

 それからどうした?

 ケンカでもした?

 一喜一憂する親友の話に、彼女も親身になって話に乗っていた。

 時にはふざけてみたり、ケンカをしたのなら、その悩みに耳を傾けてみたり。

 すべてにおける辛さを、どこかに置き去りにしたままで。

 まだ、彼に対する想いを心の隅に微かにだが灯しながら……。


「仲いいね、あんたたち」

「そう? 普通だと思うけど」

「だって、最近あんまり私らと遊ばないじゃん」

「そうだっけ?」

「そうだよ」

「じゃぁ、次の休み、どこか行かない?」

「無理しなくていいよ。彼と行きたいんでしょ」

「そんなことないよ。女の子だけで遊びたいことだってあるんだし。それに」

「それに?」

「あいつとは、今度の土曜日に遊びに行こうと思ってるし」

「はいはい。仲がいいことは分かったから」

「それで、今度はどこに行くの?」

「実はさ……」


 周りから見ればよくある会話。

 しかし、彼女にしてみれば、一言一言が鋭い刃であり、話している場にいるのも、綱渡りをしているような、緊張感に苛まれていた。

 屈託なく笑う親友も、ただ自慢しているだけでしょ? と、卑屈な考えに傾いてしまう瞬間もあった。

 平静を装っていても、いつ、その仮面が剥がれ落ちてしまうかもしれない脆さに怯え、内心、暴れそうな嫉妬心を必死に抑えながら。

 親友がデートを控えた前日。

 教室の窓から眺めた空は、彼女の気持ちを映すように荒れていた。

 重く厚い雲が太陽を遮り、心の不安を嘆くように、大粒の雨が激しく大地に降っていた。

 グランドもぐちゃぐちゃに荒れていた。

 雨が砂の土手を作り、それをまた雨が壊す。教室から見れば、どこかの国の地図みたいに凹凸があった。

 雨音が授業を進める教師の声に混じって耳に届く。雨音が彼女を無意味に急かして、握っていたシャーペンの先を、意味もなくノートに何度も突いてしまう。

 ふと手が止まり、また外を眺めてしまう。

 窓に打ちつける雨粒が、何かを訴えているように見えた。引きつけられるように、じっと外を眺めた。

 暗い雨雲。

 一瞬の静寂が耳を突いた刹那、

 一本の稲妻が雨雲を縦に割った。

 あっ、と声に出る隙間もなく、地鳴りに似た轟音が空を切る。

 一本の稲妻をきっかけに、雷の演奏が始まる。

 胸を殴るような重低音が。

 彼女は瞬きを忘れ、空をじっと睨んでいた。

 最初に見た稲妻が脳裏に焼きついて剥がれない。目の前に広がる街の光景を、無慈悲に真っ二つに切り裂く姿を。

 ペン先に力が入る。

 閉じ込めたはずだった。

 抑えていたはずだった。

 何もしなければ、いつかは消えてくれ、あったことすらも忘れられる、と思っていた感情のはずだった。

 目覚めさせてはいけない感情。

 ずっと言い聞かせていた決心を払い除けてしまう。

 彼女の唇が動く。

 声にならない声が空を切る。


 ーーなんで?


「まだ雨降るかなぁ」

「結構、降ってるもんねぇ」

「嫌だなぁ。せっかく、明日なのに」

「何? 雨に降られるとダメな場所に行くの?」

「ううん。そんなことないけど」

「電車でい行くんなら、いいんじゃないの?」

「ううん。電車じゃなくて、バスで行くんだ」

「へぇ。そうなんだ」

「だから、バス待ってるときに雨に降られると嫌だし」

「ふ~ん」


 休み時間、まだ雨は降り続いていた。

 親友は彼女の前の席の椅子に座り、彼女の方に体を向けながら、スマホをいじっていた。

 会話は親友が明日、楽しみにしているデートの話で盛り上がっており、彼女も本音を隠して話に乗っていた。

 窓に当たる雨に、気持ちを掻き乱されながらも。

 そんなとき、廊下から親友を呼ぶ声がした。

 親友は彼女に「ゴメン」と謝ってから席を立ち、呼び出された廊下へと小走りで向かった。

 呼び出した女子生徒と一緒に、廊下の奥へと消え、彼女から見えなくなる。

 手持ち草になった彼女が、まだ機嫌の悪い空を眺めようと顔の向きを変えたとき、それは目に入った。

 親友のスマホ。

 彼女は置き去りになったスマホを眺めた。

 息を呑んでしまう。

 治まっていた心臓が、激しさを増しているのを痛感する。

 心臓の鼓動が耳に聞こえるぐらい、辺りの音が遮断される。

 彼女は辺りを見渡した。

 いくつかのグループに分散して話す生徒。自分の席に座りスマホをいじる生徒。

 誰もが彼女を見ていない。

 みんな楽しそうに話している。しかし、彼女には音が何も聞こえない。

 また息を呑んでしまう。

 すると、遠くで雷鳴が轟いた。

 重い音だけが彼女の耳を抜けて心に沈む。

 心に閉じ込めていた悪魔を呼び起こすように。

 なんで、と。

 雷が静まったとき、彼女は親友のスマホに手が伸びていた。

 邪魔をしたかった。

 決して、別れてほしいとまでは考えていなかった。それでも、嫉妬が耳元で囁き、彼女は親友のスマホを手に取ってしまう。

 辺りを気にせず、慌ただしく操作した。ロックはおおよその見当がついていた。

 もし、指紋認証になっていたのなら、諦めたかもしれない。でも、そうではなく、ロックは解除できた。

 覗き見したのは彼とのメッセージのやり取り。そこには親友から聞く話よりも深い内容が交わされていた。

 手が震えそうになる。

 勝手に内容を見た罪悪感からではない。

 もしかすれば、こうした会話の相手ら自分に向けられていたかもしれない悔しさに。

 あのとき、我慢せずに彼の気持ちに素直になっていれば、と。

 目頭が熱くなる。

 高まる鼓動が限界に近づいたとき、息が詰まる。

 綴られていたのはデートの内容。

 明日のデートはどこに行こうか。

 そして、いつ、どこで待ち合わせようか。

 二人がどの時間のバスで向かうのかは把握できた。

 見てはいけないと痛感しながらも。

 邪魔をしたい。

 二人の間に少しの水を差したいだけ。

 手が勝手に動いてしまっていた。

 手が止まったとき、また遠くで雷が鳴った。


 親友が戻ってきたとき、彼女はスマホを元に戻しておいた。親友は何も知らないまま、スマホをスカートのポケットに戻した。

 大丈夫。バレていない。

 休み時間を終えるチャムが鳴ると、親友は自分の席に戻った。

 大丈夫、と遠離る親友の背中を目で追いながら、自分に強く言い聞かせた。

 これから数時間も経てば、今日の授業も終わり、あとは明日までの時間を待つだけの親友の顔はほころんでいた。

 反面、彼女はどこか険しさを隠せず、頬が引きつり、微妙な表情を崩せずにいた。


 きっと連絡はこのあとも交わすはず。

 もしかすれば、履歴を見て自分が責められるかもしれない。

 それでもよかった。

 例え、親友との関係が崩れてしまっても。

 ーー 先に行っておいて。

 バス停で待ち合わせしている彼に送った言葉。

 自分は少し遅れるから先に乗っておいてほしい、と。 

 少しの間、二人のすれ違いの時間が生まれれば、それでよかった。親友が一人、バス停で待ちぼうけをしてくれればいい。


 分かっている。悪いことをした、と。

 きっと、自分たちの関係は壊れてしまい、大切な親友を失うスイッチを押してしまったんだと。

 ことの重大さに気づいたのはその日の夜。家に帰ってからだ。

 雨は止んでいた。

 轟く雷も静まり、落ち着きを取り戻した夜空を窓から眺めていると、胸の奥に佇んでいたしこりも消え去り、昼間はまったく抱かなかった後悔が渦巻いていた。

 なぜそんなことをしてしまったのか。

 何度も自分を責めてしまう。

 それでも、親友に自分から連絡をするとこはなかった。

 部屋の隅に膝を抱えてうずくまり、後悔に苛まれながらも、嫉妬に狂っていた反抗心が微かに残って、彼女を止めていた。

 静まるスマホを眺めながら、早く親友から叱責の連絡があることを望みながらも。

 複雑な思いを秘めながらも、時間だけが無情にすぎていく。

 結局、親友からの連絡はなかった。


 自分から謝るべきか。

 逡巡する彼女。

 しかし、彼は彼女が送ったメッセージ通り、乗車するバスを変更した。

 そしてその後、バスは事故に遭った。

 彼女は迷わなければいけなかったのかは、受け取り方によって様々なのかもしれません。でも、彼女の行動が、その後、“彼”を悩ませる形に繋がっていくことになりました。今後もよろしくお願いします。

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