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だから、彼は嘘をつく  作者: ひろゆき
1/8

壱 (1)

 今回は書き方を少し変えてみました。初めてしてみた形なので、不安はあるのですが、読んでいただけると嬉しいです。

              壱

              1

 


 暗闇が黙り込む夜。

 時間は十時を回ろうとしていたころ。風呂から上がった彼は、居間で流れるテレビのニュースに耳を傾けた。

 冷蔵庫から出した、冷えたミネラルウォーターをコップに注ぎ、居間に引き込まれると、聞こえた内容に息を呑む。

 伝えられるのは二年前に起きた事故。

 事故は彼が住む街を横断する路線バスと乗用車による衝突事故。

 事故現場の映像が流れる。

 衝突の勢いで横転したバスの姿。

 興奮を抑え、上擦る声で取材に答える目撃者。軽傷で済んだバスの乗客のインタビュー。

 当時の光景を蘇らせる映像に、否応にも彼の心はえぐられ、息が詰まってしまう。

 事故の原因はバスの運転手のよそ見運転であると伝えられていた。

 また、その裏では、バス会社の勤務超過による、過労も影響しているとされていた。

 無論、バス会社は全面的に否定して、すべての原因は運転手にあると一方的に突き放し、責任を一切認めなかった。

 二年が経っても、被害者側との間では、今でも和解されていない事実をキャスターが憤る。

 事故による死亡者はバスの乗客が八人。乗用車に乗った一家四人となり、一家にはまだ一歳にも満たない赤ん坊が乗っていたのも影響し、当時のワイドショーを賑わせていた。

 死亡者はバスの運転手を含めた十三人になり、運転手が死亡しており、真相究明に至らないのも、問題が長引いている原因の一つともされていた。

 死人に口なし。

 神妙な口調で進めるキャスターに、彼は内心毒づきながら、ミネラルウォーターを一気に飲み干し、テーブルの上にポンッとコップを置いた。

 乾いた音が響いた。


「もう二年。早いわねぇ……」

「こんなの、会社の勝手だよ。全部、運転手に責任を押しつけているんだから」

「まぁ、遺族にとってはいたたまれないわね」

「んなもん、考えてないよ。あのハゲ社長は。大体、事故があった日は、ゴルフ三昧で、連絡があっても、中断しなかったって話しじゃん。あのハゲには他人事なんだよ、全部」

「本当、あんたはこの話になると、厳しいわね」

「…………」

「まぁ、分からなくはないけど」

「……なんだよ、それ」

「……もう、二年ね」

「……二年」

「まだ信じられないわね。圭ちゃんがこのバスに乗っていたなんて」

「“圭ちゃん”って、いつまで子供扱いだよ」

「あら。母さんにとっては子供よ。いつだったっけ。四年生? 五年生? どっちだったっけ?」

「何、言ってんだよ。あいつが引っ越したのは六年の夏。中学に入る前だよ」

「仕方ないわよ。母さんはあれから一度も会っていないんだから。ランドセル背負っている姿しか知らないんだから」

「だから、六年じゃ、中学と変わんないよ」

「変わらないから子供なんでしょうが。それに、親からすれば一緒なの。あんたみたいに、連絡を取っていたんじゃないんだから」

「まぁ、それはそうだけど」

「でしょ?」

「けど、やっぱり“ちゃん”はないだろ。あいつ、男なんだから」

「だから言ったでしょ。母さんにしたら一緒だって」


 母親の言動に彼は呆れて部屋に戻ると、閉めた扉にふと凭れた。

 慣れているはずの蛍光灯の明かりが普段よりも眩しく痛かった。


「なぁ、お前って、彼女とかいるのか?」

「なんだよ、急にそんなの訊いて?」

「できたんだ、俺。彼女」

「ーーマジで?」

「マジッ」

「お前に?」

「なんだよ、その言い方」

「んで、どんな子?」

「そりゃ、可愛いよ」

「お前のストライクゾーン考えるとなぁ」

「なんだよ、それ。なんだったら、見せてやろうか?」

「いらないって。ってか、結局、自慢したいだけだろ」

「ーー分かる?」

「知るかっ」

「ハハハッ。っと、自慢はそこまででいいか」

「やっぱ、自慢なんじゃないか」

「ま、それはいいとして。んで、お前はどうなんだよ」

「……僕か」

「どうなんだよ?」

「……僕は」


 目蓋を閉じ、静寂が耳を締めつけるなか、昔に交わした他愛ない会話が、胸に竦む。

 小学校のころから付き合いがある「谷村 圭」との電話でのやり取り。

 親友に初めてできた恋人の話が懐かしい。

 二年半前の出来事。

 親友が命を絶たれたのは突然であった。

 テレビに流れていたバス衝突の惨劇。

 自分の住む街の一角で起きた惨劇は、近くであって、遠くの出来事。どこか絵空事であると、客観視しているところがあった。

 ーーしかし、

 一本の訃報が彼を、事故の渦へと引き込まれていく。現実は無邪気にも残酷な腕を伸ばして。

 遠きに移り住んでいたはずの親友がバスに乗っていたと。

 バスを利用していた理由は知らない。しかし、親友は乗車していた。


 事故から二年が経つが、彼にとって、この現実には耳を背けたくなっていた。



               2



 ベッドに横になり、天井の蛍光灯をじっと眺め、大きく息を吐いた。


「ーー好きなんだ」

「それって、告白なんだ」

「……なんだよ、その言い方。真剣なのに」

「いや、まぁ、分かってるんだけど。なんていうか……」

「…………」

「…………」

「……いいよ」


 彼女は笑った。目尻を少し上げ、肩まで伸びたしなやかな黒髪を風になびかせながら。

 学校の屋上。

 彼と彼女だけが佇んでいた。

 放課後の空は、少しオレンジ色に染められ、青さが申しわけなさげに、隅へと追いやられようとしていた。

 グランドで賑わう運動部のかけ声。

 遠くで木霊する車のクラクション。

 様々な音が不調和音として、彼の耳を圧迫していた。

 本当に聞きたい音を邪魔するように。

 彼女はずっとグランドを眺めていた。屋上の鉄柵に肘を突くと、グランドのトラックを順番に走る、陸上部の生徒をじっと。

 少し離れた場所から、彼は彼女の後ろ姿をじっと眺めていた。

 何度も声をかけようとするが、言葉が喉に詰まって上がってこない。胸の奥で浮かんでは弾けて、を繰り返していた。

 数分前の彼女の笑顔が頭から離れてくれない。

 告白。

 返事。

 どう切り出せばいいのか逡巡していると、唇を噛む彼を嘲笑うように、風が二人の間に割り込んでくる。

 悩む彼の背中を押そうとするのか、彼女からの言葉に体を倒そうとしているのか、一瞬強風が吹き、辺りの雑音を掻き消した。

 風に誘われて、彼女の髪がなびく。

 静寂を誘う風を拒むように、彼女は髪を手で押さえ、風が静まるのと同時に振り返った。

 彼女は笑う。

 数分前に見せた笑顔とは違う、いたいけな笑みで。



              3



 街の商店街にある書店での出来事。

 彼には好きな作家がいて、数日前に新作が販売したところであった。それをその日の朝刊の広告で知り、学校の帰りに書店へと立ち寄っていた。

 書店に入り、棚出しされた文庫本を見つけて安堵した。

 人気作だあり、この書店で販売されていた、最後の一冊であったために。

 間に合った。

 そんな高揚感を胸に、手を伸ばしたときである。

 背中に浴びせられた、冷たい一言に驚いて振り返ると、釈然とせず、それでいて、どこか見下した表情で、彼を見据えていた

彼女がいた。

 彼と同じく、学校の帰りの制服姿で、細い目を吊り上げ、自信ありげに腕を組んで仰け反った姿で。

 きっかけはたわいのない出会いである。


「あなたにはもったいない」

「……お前、えっ?」

「ねぇ、その本、私に譲って」

「何、言ってんだよ。これ、僕も読みたかったんだ。せっかく、最後の一冊だったのに」

「そうよ、だから、私に譲って」

「だから、嫌だって」

「なんで? 私の方がその作家好きだもん。そのシリーズだって、全部持ってるんだから」

「いや、そんなの知らないよ」

「もうっ。強情ね。いいじゃないっ」

「いや、どっちがだよ」

「それなら、駅前の本屋に行ってみたら? あっちの方が大きいし、在庫も一杯あると思いから」

「……お前、よく堂々と言えるな……」

「ーーね?」

「ね? じゃないって。だったら、お前がそっちの店に行けばいいじゃないか」

「嫌よ。あの店の店員、態度悪いし。大体、ここから遠いんだもん。この店の方が学校に近いし便利だったんだもん」

「それは僕だって一緒じゃないか。同じ学校なんだから。それに、最初に取ったのは僕なんだよ」

「あぁ~、もうっ。ラチが開かない。ね、じゃぁ、こうしない? ジャンケンをして、勝った方がその本をここで買えるって」

「そんな、勝手な」

「あぁ~、もうっ、うるさいっ。ジャンケンだったら、恨みっこなしでしょっ」

「このジャンケンのどこがーー」

「ほら、いくよっ」


 まるで別人にしか見えなかった。

 彼女はクラスで“マネキン”と陰で揶揄されていた。

 私に近寄らないで。

 話しかけないで。

 と、威嚇しているような雰囲気を、少なからず彼女は漂わせていた。

 だからか、彼もそんな陰口を聞いたことは少なくない。

 普段、彼女が誰かに自分から話しかけるような場面をあまり見たことがない。

 もちろん、まったくの無愛想ではない。

 話しかければ、ちゃんと反応してくれるし、女子生徒と話す姿がないわけではない。

 ただ、窓際の席であり、休み時間は積極的に誰かに話しかけることもなく、日が照らす席で、文庫本を読み伏せっているのが多かったためである。

 だからなのか、近寄りがたい空気が彼女をまとっていた。

 彼もその空気に汚染され、自分から話しかけることは一度もなかった。だからこそ、書店で話しかけられたとき、心底驚いてしまった。


 書店で見た彼女はマネキンではなく、マシンガンのごとく勢いがあり、彼が反論しても掻き消されてしまった。

 おそらくは十分近く、一冊の文庫本を巡って押し問答を繰り返していた。

 奪われてはいけないと、手にしっかりと掴んでいた文庫本。

 ジャンケン。

 横暴に提案された勝負に、彼は拒む隙すら与えてもらえなかった。

 勢いに負けて出してしまった右手。

 次の瞬間、彼の右手に収まっていた文庫本は、彼女の手で引き離されてしまった。

 誇らしげに、顔の横で自慢げに文庫本の表紙を見せる彼女。呆気に取られた彼は、腹立たしいはずなのに、その苛立ちすら忘れて、呆然と立ち尽くしてしまった。

 石像みたいに黙る彼を見届けると、彼女は吊り上がった目を細め、満面の笑みを献上してから、レジへと体を反転させ、足を進めた。

 勝利に高まる心を映すように、黒髪が優雅に揺れていた。

 その後ろ姿が遠退くにつれ、眠らされていた怒りがじわじわと湧き上がっていく。

 我慢の限界に、爆発する寸前の口を開こうとしたときにはすでに遅く、彼女の姿は書店から消えていた。

 やり場のない怒りを奥歯で噛み締め、黒く濁ってしまいそうな大きなため息をこぼした。

 マネキンがマネキンでない、と思えた瞬間であったが、同時に最悪の出会いでもあった。


「ーー犯人、教えてあげようか?」

「ーーはぁ? ふざけるなって。そんなの絶対にーー」

「嘘だって」

「ーーったく。なんなんだよ。ってか、もう読んだの?」

「うん。面白かったから、一気に読んじゃったんだよね。まだ、読み終えてなかったの?」

「誰のせいだよ」

「ーーん?」

「呆れた。やっぱ、何も責任感じてないんだ」

「ーーん? 私?」

「やっぱりね」

「ね、それより、この作家好きなの?」

「まぁね」

「へぇ。意外。小説とか興味ない気がしていた」

「それはこっちの台詞だよ。もっと…… ま、いいか」

「あ、それと、忘れてた」

「ーー何を?」

「ありがとね」

「ーーえっ?」

「これ、本を譲ってくれたお礼」

「ーーえっ、あ、うん」


 クラスの生徒が帰り、静寂した誰もいない放課後の教室。

 夕焼けが射し込んで、整理された席をオレンジ色に染めていく。夕焼けに侵略されていない席で、彼は一人教室に残っていた。

 遠くで木霊する、運動部のかけ声をBGMに、小説を読んでいた。

 一度手に入れたが彼女に奪われ、それから購入するのに時間がかかちってしまった。

 念願叶って手に入れたのは、彼女に奪われてから三日が経ってからであった。

 結局、彼女が示した駅前の書店に足を伸ばしたが、運悪く売り切れていた。

 さらに二軒ほど書店を行き来して、ようやく手に入れたのである。

 それが昨日。

 彼にとって、手に入れた高揚感よりも、敗北感で胸が張り裂けそうになっていたが、小説の内容が苛立ちを忘れさせてくれたのである。

 早く続きを読みたくなり、放課後、家に帰る前に教室で物語に入り込んでいた。

 目まぐるしく動く物語に、高まる気持ちを一気に冷めさせたのは、突然の彼女の一言である。

 それは、突然サスペンスで崖の淵に追いやられた犯人のように、彼を震撼させ、目の前で茶化して目を細める彼女に、驚きを隠せないでいた。

 それは、彼女に文庫本を奪われてから四日目のことである。


 彼女が教室から出て行き、一人残ったあとにも彼女の姿を意識してしまい、残像が残った違和感を抱えたまま、呆然としていた。

 残されたのは、彼女がお礼として残されたペットボトルのコーヒー。

 それは、彼が売店でよく買っては、休み時間に友人と喋りながら飲んでいたコーヒーである。

 なぜ彼が好きなコーヒーを知っているのか?

 なぜ、彼女は放課後、一人で残っていたのか?

 脳裏には様々な疑問が渦巻き、小説とはまた違う、非現実的の空間へと誘っていた。辛うじて、現実に留まらせていた思いが胸の奥に静かに小さな灯火となっていた。

 前日の口論、数分前に見せた嫌味のある言動。そのなかでの屈託ない笑み。

 それは彼女のイメージを崩した。

 そこにいた彼女は決して“マネキン”ではなかった。

 無表情ではない。

 冷たくはない。

 無垢で、柔らかな笑みの少女がいたのだ。


 好きな奴とかいないのか?


 事故のニュースを改めて目にしたせいか、彼は親友のことを最近、よく思い出してしまう。

 それも意識に反して、彼を茶化していた言葉ばかりがマグマのように湧いて、体を熱くさせていた。

 断じて意識などしていない。とは言えない。

 親友の言葉に触発されて現れるのは、必ずと言っていいほど、彼女の姿。ふとした瞬間、野原でウサギが辺りに興味を抱き、首を伸ばしたみたいに、ちらほらと垣間見えてしまう。

 少なからず、彼の視界に彼女が入ることは多かった。だが、いつかの放課後のように話すことはなかった。

 彼に話しかける勇気がなかった臆病さが大半の理由になっていたが、あの日以来、嘘みたいに静かになってしまった彼女の姿に、臆してしまったのかもしれない。

 そこに、マネキンへと戻ってしまった彼女がいた。

 話しかけても素っ気ない彼女が。

 あれは幻だったのか?

 彼に誰でもない誰かが問いかけるだけになっていた。


 ーー ねぇ、確かあの子って、前に誰かと付き合ってるって言ってなかった?

 ーー うん。そうだろ。

 ーー それがどうかしたのかよ?

 ーー いや、ちょっと変なこと聞いちゃって。

 ーー 変なことって?

 ーー うん。別の子と付き合ってるって。

 ーー へぇ。それでそれって誰?

 ーー あの子。

 ーー …………

 ーー っと、黙ってしまった。けど、マジ?

 ーー マジ。

 ーー なんか、意外だな。

 ーー そうかな。私はそんなことないと思うけど。

 ーー でも、それって、あいつが別れたあと、すぐに別の奴と付き合っていたってことだろ。

 ーー まぁ、そうなるよね。

 ーー それってすごくない? 俺なら無理だわ。

 ーー 私も無理かも。

 ーー あ、そういえば、僕見たかも。前に言い争ってるの。

 ーー 誰と?

 ーー あいつだよ、あいつ。

 ーー それこそ意外だな。マジなの、それ?

 ーー マジ。

 ーー じゃぁ、別れてすぐに付き合ったんだ。

 ーー なんか、それって可哀想だな。

 ーー 確かに。

 ーー やっぱ、俺には無理だわ。

 ーー 大丈夫、大丈夫。安心して。

 ーー なんでたよ。

 ーー だって、あんたはそんなにモテないもん。

 ーー 悪かったな。モテなくて。


「……付き合ってもいい」

「……それって?」

「だからいいって」

「……本当に?」

「何、驚いてるの?」

「いや、まぁ。突然だったから」

「ーーでもね」

「ーーん?」

「でも、条件があるの」

「条件?」

「そう。簡単な条件」

「なんだよ、それ?」

 これまでとは違った表現の仕方はないかと考えて、こうした形にしました。ちょっと、読みにくいかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。

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