選択公理とスーパータスク
数学の実在性についての考察に進展があったので書くことにする。きっかけは選択公理とルベーグ測度についての調査だった。
やはり思ったとおりだ。バナッハ=タルスキーのパラドックスはルベーグ測度と関連する。つまり選択公理は量子力学の根幹部分に関係している。おそらく波動関数の収縮に。
(https://twitter.com/Mania2Sdr/status/1245363898829565952)
選択公理(axiom of choice)とは、無限集合から一つずつ要素を選び出して新しい集合を作ることができる、という公理である。choiceとあるように、選択を無限回繰り返して集合を作る操作を可能にする。選択公理の定義式は直積記号で書かれる。直積とはつまり組み合わせであり、これはスーパータスクと呼ばれる無限回操作そのものである。トムソンのランプと似ている。トムソンのランプでは可算無限であるが、選択公理では非可算無限集合でも可能という点が異なる。
そして選択公理を公理系に採用すると、バナッハ=タルスキーのパラドックスのような奇妙な結論が導かれる。バナッハ=タルスキーのパラドックスとは、一つの球を分割して組み立てると、同じ球が二つできる、というパラドックスである。ウィキペディアに解説がある。
選択公理がスーパータスク(より正確にはハイパータスク)であるならば、何が問題なのだろうか?
日常生活には何の問題もない。数学も計算機科学も特に問題が起こるわけではない。選択公理が奇妙な結果を招くことはすでに議論され尽くしている。選択公理を回避して数学を構築する方法も提案されているし、そのような公理系も議論されている。
ここでの論点は、現代数学の基礎となるZFC公理系が選択公理を含んでいる点だ。それどころか選択公理なしでは、ベクトル空間が基底を持つことができない。つまりユニタリ変換ができず、フーリエ変換もできない。一方でヴィタリ集合(ルベーグ非可測集合)は出現しない。選択公理を除いた公理系でも解析学は構築できるかもしれないが、かなり制限されたものになるだろう。
それでも計算機科学は困らない。そもそも現代のコンピューターはまだNP完全問題を解くことはできない。解析的問題は実閉体の理論であり、EXPSPACEで決定可能である。このクラスは量子コンピューターでも計算できない。現実世界のコンピューターはまだそこまで到達できていないのだ。
問題になるのは量子力学である。
つまり解析的問題を解こうとすると選択公理が必要となる。そしてその解法がスーパータスクになるのだ。スーパータスクが可能かどうかは現在でも結論が出ていない。それが現代物理学の根幹である量子力学に出現する。量子力学の数学的基盤が盤石だと主張するなら、スーパータスクが現実世界で可能かという疑問に答えなければならない。
ただし、スーパータスクは無限回操作であるから解法が存在しない、というわけではない。無限級数の収束のように、計算値が実数の値に収束するなら解くことはできる。しかしもちろん全てのケースにおいて実数解が存在するかはわからない。そもそも解析的方法は使えない。そうであるなら、量子力学の数学的基盤は極めて脆弱だと結論せざるをえないだろう。数値計算という手段もあるが、それをもって解決したと主張するのは難しい。
やはり気になるので、計算機科学についても考察しておこう。計算機科学の数学的基礎に影響はないのだろうか。問題は選択公理なしで原始再帰関数が定義できるのかという点である。できれば選択公理を除いて計算機科学を構築したい。帰納的関数は計算可能性理論の基盤である。自然数論の公理である、ペアノの公理のみで計算機科学は構築可能なのだろうか。
ラムダ計算を使えば自然数と算術を構成できる。しかしまだ問題がある。数学的帰納法だ。ペアノの公理には数学的帰納法が含まれる。数学的帰納法も選択公理同様、スーパータスクである。だがラムダ計算を使えば、数学的帰納法を除いた公理系でも原始再帰関数を定義できそうである。
ペアノの公理から数学的帰納法を除くとは、数学的帰納法を有限回のステップに制限するということだ。これはチューリングマシンが必ず停止する、という制限をつければ実現できる。このような言語クラスは帰納言語と呼ばれる。帰納言語が属する複雑性クラスはRである。帰納的可算言語(複雑性クラスはRE)よりは制限された言語クラスになる。つまり、必要ならば複雑性クラスを変更すれば対応できる。チョムスキー階層は崩壊しないし、計算機科学が瓦解することもない。計算機科学は純粋数学に近い、という側面があるからだ。
選択公理を使った思考実験を考えてみた。ヒルベルトの無限ホテルの量子力学版である。以下のようなものだ。
◇1.選択公理がスーパータスクだと仮定する。そしてヒルベルトの無限ホテルを考える。
◇2.前提として選択公理がないと、解析学は使えないとする。
◇3.次のような問題を考える。Nが無限大のとき、N人の客が来てホテルに入室する。このとき、N号室の客とN+1号室の客は同時に入室できるのだろうか。(数学的には、客の入室は一種のユニタリ変換とみなせる)このとき、入室行為はスーパータスクと考えられる。
◇4.次のように場合分けして考える。①N=N+1の場合。つまり、無限大は大小比較できないとする立場である。この場合、N号室の客とN+1号室の客は同じ部屋に入室することになる。部屋が二人入れる広さがないとこれは無理である。②N!=N+1(!=は不等号とする)の場合。この場合は同時に入室可能だが、N<N+1となる。しかしこれは無限大の定義に矛盾する。したがって、どちらの場合にも入室は不可能である。
◇5.ホテルの部屋番号を水素原子のエネルギー準位(スペクトル系列)に置きかえたらどうなるだろうか。N番目のエネルギー準位など無意味だと考えてもいいが、その場合、量子力学は近似理論ということになる。部屋番号を主量子数ではなくリュードベリ定数の変数nに対応させれば、関係がはっきりする。観測前には波動関数は収縮していないのだから、二人同時入室は可能だろう。しかし観測して入室していれば、これは矛盾である。だとすれば、別の理論を用意する必要がある。しかも前提として、解析学は使えないのだ。波動関数の収縮は、入室する部屋を一つ選択する行為といえる。無限個から一つを選ぶ順列である。つまり粗い論理ではあるが、波動関数の収縮は選択公理と等価と解釈できる。したがってこれもスーパータスクである。エネルギー準位については、波動関数が束縛されて定常状態の場合を考えるならば、部屋の個数は可算無限個になる。結論としては、バナッハ=タルスキーのパラドックスと同じように、選択公理を適用した結果パラドックスが出現したと理解できる。
この思考実験に解決策はあるのだろうか。
数学的帰納法はスーパータスクだと考えた人間が他にいないか調べてみた。同じことを考えた方がfacebookに記事を書いている。連鎖論法と題された文章である。検索結果ではその一件だけであった。ただ選択公理と量子力学の関係については検索結果はなかったので、書いた意味はあると考えたい。英語圏については調査していない。
この文章が問題提起になれば幸甚の至りである。