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緑の国  作者: 佐久間
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朝一番に目に映るものは色とりどりの花。

窓を開ければ淡い青色の光とともに湿った空気が入り込んでくる。気候は亜熱帯に近いが陽が出ていないとまだ少し肌寒い。

しばらくはこの一日の始まりから離れることになる。きっかけは招待状。でも外へ出るか否かを決めたのは僕自身だ。

僕はタオルケットを丁寧にたたんで机の上のリュックを背負う。

リュックの中には僕をこの楽園のような牢獄から連れ出してくれる蜘蛛の糸である招待状となけなしのお金が入った小銭入れしか入っていない。とても長い間この部屋を離れる荷物とは思えないが、この二つさえあればあとはなんとでもなる。

いつも握っているはずのドアノブの存在を妙に意識しながらドアを開けて、一歩を踏み出した。


ドアと郵便受けしかない玄関。その傍にある水道をひねり、水を出す。ホースを持ち振り返ると部屋で見た色とりどりの花。

直接花や葉に水をかけないよう丁寧に水をやる。まだ彼女たちは開ききっていない。彼女たちが満開になるころには僕はもうどれくらいここを離れているにだろうか。

雨も降る。日当たりもいい。だから僕がいなくても逞しく育つだろうな。

そう思うとなぜ僕は今までこんなところで一人で花を育て続けていたのかわからなくなる。それでも僕は最後の水撒きを一人丁寧にこなした。


赤いレンガの建物が並ぶ街の大きな噴水の前、そこが待ち合わせ場所だった。日の出前ということもあり、外にいるのは体格のいい作業着の男や暇を持て余した散歩中の老人くらいだった。

待ち合わせ場所に着くとすでに白衣姿のサルさんがいた。

サルさんとはサルスベリの呼び名を得た僕の先輩である。本人はあまりサルスベリという呼び名を気に入っていないらしい。しかし国から与えられた呼び名を使わないことは遠回しに国を否定していると捉えられるのである。彼は医薬品の研究で偉大な功績を残したとかで、その呼び名を先代の王から授けられていた。

「お待たせしてすみません」

静かに背中から声をかけると猿というよりは鷹のような鋭いまなざしを向けられる。

「お前はまだそんな甘ったるいモンを育てていたのか」

眉間にしわを寄せて咎められる。待たせたことより僕の匂いに文句があるようだ。そういうサルさんは近寄るとたばこの匂いがする。

「サルさんはまだたばこやめられていないんですね」

言い返すと眉間のしわがより深まる。サルと呼ばれたことになのか、たばこについて言及されたことになのか、はたまた両方かはわからないが不機嫌になった。この人は常に不機嫌そうなので問題ない。

「いいから行くぞ」

僕はサルさんに連れられて国内唯一の大学へと向かった。


大学といってもただの教育機関ではない。国内唯一ということもあり国中の知恵が集まる場所がこの国立大学であった。

大学は歩いて2分もかからない場所にあった。僕はもう少しこの街並みを見て歩き回りたかったので残念だ。

コンクリートの壁に囲まれた敷地は学校施設というよりは収容所のようだった。見上げるほどの鉄の門の前に立つと横の壁に埋まったスピーカーから録音された音声が聞こえてきた。

『オナマエヲ』

「あ、会田友紀」

電子機器に触れることがなかったため電子の声と会話しているということが不思議に感じる。緊張して声が裏返った。続けて質問される。

『ゴヨウケンヲ』

「教授に会いに」

門が開くなり何かしらの反応があるかと思ったのだがスピーカーを見つめても何も起こらない。故障だろうか。

「いつまで呆けてる。教授なんて輩がここに何人いると思ってるんだ」

サルさんはたばこを吸っていたようで煙を吐きながら苛立たし気に言われた。

そういうことか。なんださっさと言ってくれればいいものを。先ほどの不機嫌をまだ引きずっているのだろう。もう一度言い直す。

「モミジ教授に」

「布施明菜教授への面会だ」

『フセ アキナ ヘノ アポイントメント ヲ カクニンチュウ…』

スピーカーからピッピッピ…というリズムのよい電子音が聞こえてくる。

「電子端末への登録は本名だ。呼び名で言っても仕方ない」

最初から全部教えておいてほしい。こういったものに慣れていないことは知っているはずである。

『カクニン シマシタ』

大きさのわりに音もなく鉄の門は開いた。進むとサルさんはついてこない。不安げに振り向くとサルさんはもう一度煙を吹き出す。

「俺は招待状を持っていない。この先は自分でどうにかしろ」

どうにかしろって…それは困る。

しかし無慈悲にも大きな鉄の門はすぐに閉まってしまった。不安げな僕の表情に少し気分が晴れたのか、門の先のサルさんの顔は満足そうだった。

しばらく閉じてしまった門を見つめていたが諦めて振り向くと、広大な草原とそれに似つかわしくないコンクリートの箱が建ち並んでいた。




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