ドームの環境劣化
AIが稼働してからのドームは大きく変化していた。まず、AIが世界政府コンピュータを護るために、ドーム環境基準を下げた。温度、湿度が上がり、細菌が繁殖しやすくなり、各地で建物の金属部分の酸化も進んだ。
激しさを増した地球気象環境からドームを護る保護システムの監視レベルも下げた。そのため、予報精度が落ちて嵐への対策が遅れ、ドーム外壁に設置している自然エネルギー生成装置を傷つけた。激しい自然環境はドームのエネルギーリソースでもあるのだ。そうした装置への損傷はドームのエネルギーレベルを下げる結果になり、更にドーム環境を押し下げることになった。
エーヌが外に出たときに通った配管は、すでに誰も管理するものがない。同じように放置された設備がいくつかありシーや他のドーム人達と外に出るために使った施設もその一つである。それらの設備や外壁の破損部分から漏れ入る外気とともに様々な侵入物が中に入り込みはじめた。汚染物質の排出能力が落ち空気は淀み、入り込んだ細菌はまたたくまに増殖し、耐性がないドームの人々の死者が続出した。死者はロボットが回収し、どこかに運ばれていく。こうした事態に反応して、世界政府コンピュータが環境レベルアッププロセスや医薬品の増産プロセスを稼働し始めると、それらは必ずAIを経由し、AIが抑制してしまう。AIにとっては世界政府コンピュータの負荷を増大させないことが重要なのだ。
こうして、ドーム内の人々の辛うじて保たれていた生活は、AIの稼働が始まってから崩壊し始めた。外部脳の不整合による精神的不安定に加えて、人々の死を目にする機会が増え恐怖心が人々を縛った。工場からは次々に粗雑な製品が作り出されて来る。異臭がする食品や水、体に合わない衣服、不快な振動音をだす機器をロボットは作り出す。人間が行っていた生産の最終工程は高度な感覚を必要としていたが、人々はその能力を失っている。ロボットの五感機能では代わりはできない。人々は、与えられるままに受け入れ、他人を恐れ、のろのろと動く生気のない亡者となっていった。ドーム内での作業には役にたたない人間のかわりにロボットばかりが目につくようになる。
ドームの外でも、AIが契約が打ち切ったため、医薬品の提供を受けられなくなった。しかし、ドームに入ることを拒否した人々は細菌に対する耐性があり、自然のの摂理に沿って生きる昔ながらの知恵を持っている。医薬品の欠乏により、老人の死者は増えたが、村では、死は自然なことと受け止められた。大きな動揺は起こらなかった。
外からの侵入者は細菌ばかりではなかった。吹き込む風とともに土や砂粒、そして草の種が入り込む。ドームには街路樹があるが、光合成不要のため枝葉も土も人工物である。そうした木の根元にも本物の土が吹き寄せられ、雑草が生えだした。当然、いっしょに小さな虫もドームに入り込んで来る。もぞもぞ動く生き物が足元で這い、目の前を羽音をさせて横切る姿を目にするようになり人々は恐怖した。以前のドームでは、そうした生き物を見つければ、すぐに駆除隊が来て徹底的に薬剤を吹きかけ葬り去った。この作業もロボットが代わるようになり、ロボットは虫の形状を記憶させられて駆除するが、草陰にひそむ緑色のアブラムシは小さくて認識されず、生き延びて一気に繁殖する。すると、それを捕食する虫が繁殖する。こうして、広がっていく虫の繁殖に駆除は追い付かなくなった。街路樹の根元には、やはり外から土とともに進入してきた粘菌がじくじくと黄色や赤く広がっていく。
世界政府コンピュータは、負荷もなく順調に稼働している。人間のためにロボットを増やし作業を代行させ人間に必要な物資を与えている。責務は十分果たしていると世界政府コンピュータの自己評価ルーティンは分析結果を出す。世界政府コンピュータは人類を護り、その世界政府コンピュータをAIが護る。こうしてドーム内の人間もロボットも含めた全ての存在の一番上位にAIが君臨することになった。
すべての人が亡者のように暮らしていたわけではない。周縁部には、高度な情報社会のドームで居場所のない人々が、住む街がある。世界政府は住人に最低レベルの生活を保障するとともに、通常区域とこの地区の間に一定の幅の空白地域を設け、常に監視ロボットが監視している。住民は標準外市民という恥辱とともに、この街に自らを押し込めていた。ところが、外部脳の混乱時に、能力を落とすこと覚悟の上で外部脳の使用を止め、自らの精神を護ろうとした人々や、外部脳に疑問を持つ者が、その街の新しい住民として加わった。豊かなドームの生活を得られないかわりに、ここには標準という枠組みからの自由があり、彼らは音楽やアートを作り始めた。手作りの楽器を演奏し、あちこちに踊りの輪ができ、互いに競い合う。時には、監視ロボットが大きな不快音を出して、皆を蹴散らしたが、しばらくすると、またバラックの陰から湧き出してくるのだ。その音楽やアートは、作業効率を上げることや人心を平静にするといった目的で作られていたドームのものとは違い、心を解放するものであった。
混乱後に、施設に集められて生活していた子供達もすでに多感な年ごろになっている。エーヌが施設で一時期いっしょに過ごしたビーもその一人である。あの混乱時は、彼らは外部脳使用が始まる前であったため、被害にあわずに済んだ。そして、混乱後はドーム内の教育システムも十分に働かないため、外部脳使用を強制されることも必要性を認めることもなかった。子供らしく様々な現象に興味を持ち生体脳を発達させたのである。そして、虫や草に恐怖を覚えることもなく、自然に受け入れることができる。彼らから見ると、無気力にしか見えない大人達を嫌悪の目で眺めた。
そして、最後にもう一つの集団があった。それは、あの外部脳混乱事件のときに、世界政府立法執行府にいた議員と技術者、研究者達である。彼らの外部脳は、ドーム内の最高防御を施された機密室にいたため、あの青い光の影響を受けなかった。彼らは、議会での決定を行政組織である世界政府コンピュータに目的関数として入力しドームを管理している集団である。世界政府コンピュータは省庁、県庁、市役所の役人、工場管理人、ロボット手配士である。ドーム環境、エネルギー生成、工場生産、人の誕生と死亡、住居の管理まで、すべてを制御していた。外部脳ストレージ管理も行うが、個人データにアクセスすることはできない。
外部脳混乱事件後も自らの外部脳を使用できた彼らは、対策を世界政府コンピュータに指示し、辛うじて社会を維持してきた。そして、表面上、社会混乱は収まったかに見えた。しかし、中央立法執行府の誰ひとりとして、社会内部の見えない変化の予兆に気づくものはなかった。
あの新世紀を祝うドームの中で、青い光を浴びた人々は自分の外部脳にアクセスする脳波暗号鍵が混乱し他人の外部脳にリンクしてしまい、他人の外部脳の記憶を抱えて生きなければならない事態になっている。他人の外部脳と自分のわずかに残った生体脳の記憶との接合ができないことが人々を苦しめていいる。しかし、そのわずかな生体脳の記憶こそ、自分自身の最後の証である。事件が起こった当初は、その食い違いが滑稽にしか見えなかったが、いまや人々の精神世界は崩壊をしつつある。また、その影響で、世界政府コンピュータがパンク寸前になっている。こうした状況を認識できなかった世界政府の中枢部が、AIを目覚めさせてしまったのだ。
立法執行府のメンバーは最近になり、環境悪化に対して世界政府コンピュータの自動制御プロセスが反応しないことを不思議に思うようになった。分析によって、立法府の決定に対する世界政府コンピュータ行政機能の達成度が60%まで落ちていることがわかった。そのため、世界政府コンピュータの現状認識機能ソフトウェアに何らかの障害があるのではないかと想定した。ドーム設立時の電子情報が失われているため、彼らは世界政府コンピュータの物理的な存在もAIの存在も知らない。操作できるのはソフトウェアだけである。そこで、ソフトウェアの改変を検討しはじめている。これは、AIからみれば、挑戦である。AI自身の機能拡張の動機にもなる危険な行為である。そのことに誰も気づいていなかった。