旧未来技術研究所―博物館
最後の尾根の上から湾が見えた。エーヌ達は海というものを知識としては知っていたが、これほどの水が世界にあることに驚いた。地球の輪郭をたどれるほどの水平線と、そこまで続く青い平面がすべて水でできていることが驚きであった。海は、潮目に従って色の違う帯ができていた。海岸まで辿りつくと、湾内なので波は小さいが、彼らを驚かせるには十分だった。次々に寄せてくる水のうねりが海岸で砕けることが際限なく続いている。岸から100mほど離れたところの海面に、旧博物館の
3階より上の部分が浮かぶように出ていた。1時間も待つと潮が引き始め博物館の全体が現れてきた。古代豪族の王の墓であったこの場所は周りを低い石垣が囲む小山のような場所で、博物館の裏手の一番高い場所で祭祀を行ったと考えられている。そこには3個の大石が置かれ、そこまで平たい石が敷かれてた小道がある。博物館がまだ開いていた頃は、反対側の海側に海浜道路が通って車が行き来し、山側の遺跡を知る人はほとんどいなかった。潮が引いたあとの石垣には海藻や貝が張り付いている。3人が進むとフナムシがちょろちょろと陰に隠れた。古代に、ここから海に向かって祭祀を執り行った人々はどんな風景を見ていたのだろうか。
博物館はひどく傷んでいた。塩分のため、外壁はぼろぼろと崩れ落ち、入口のシャッターは腐食して穴があき、窓は割れ、ほとんどの展示品は流されてしまった。一階のホールに展示されていた大型恐竜の化石が折れて床に転がっている。ボルトで組み立てられていたクジラの骨も大きすぎて窓から海に戻れず、崩れ落ちていた。電気、通信、管内制御設備は全て地下あり、常に海水に浸かった状態で使い物にならなくなっている。そのため、ここには世界政府コンピュータもアクセスできない。何を探すか。ヒントは3、33、333の数字である。シーは最初に自分が検索した太鼓の展示物を見に行きたがったが、それは地下にあり、完全に水没している。地下は赤く錆びたような水に満たされていて、腐った藻の臭いがした。もし、ヒントになるものが地下にあれば、それは太鼓だけでなく我々の目的も達成できないだろう。とにかく、上の階を探そう。1階展示は火山に覆われた地球から生命が誕生し人類が誕生するまで。2階部分は古代から近代までと海のぬかるんだ泥が覆う階段を3人は上っていった。どの展示物も壊れ、乱雑に床に転がり、海の汚泥に半分埋もれている。ここに収まっているものは遺物にすぎず、生きてもいなければ、利用されることもない。しかし、映像でしか見たことのない物の占める大きさ、重さ、存在感にエーヌは圧倒されていた。1xx、2xxと展示物のケースには番号が付けられている。3人は足を速めた。3階に333があるはずだ。
3階は近代からドームができるまでの遺物の展示場であった。この階は水面上にでているが、1年中休む間もなく猛烈な台風に襲われていた。展示の中心は、半導体レベルの極小機器や装置と絶滅した生物であった。機器類は皆飛び散ってしまい、残っていたのはおびただしい数の絶滅した生物標本、すなわち、プラスティックの壁に埋め込まれた絶滅動物、昆虫、魚類、鳥類、植物、菌類の標本であった。これらの死の標本の回廊をエーヌ達は333を探してさまよった。しかし、3階の展示に番号はなかった。管理することも不可能になり、番号を振ることが、すでに無意味になっていたのだ。あまりに滅んでいくものが多すぎる。物も言葉も人間までも。皆は落胆した。333は何を意味するのだろう。ヒロシは、この博物館は未来技術研究所であったので、部屋番号ではないだろうかと言った。世界政府コンピュータを開発していた研究者は研究室を持っていただろう。研究が完了してから改装されて、ここは博物館として利用されるようになったが、333号室がどこかに残っているのではないかというのだ。部屋番号の表示は既に流されてしまっているだろうが、可能性はある。展示室の角にひっそりと扉がある。扉をあけると、狭い階段と暗い廊下があった。そして、廊下の片側には、小部屋が並んでいた。333号室すなわち3階の33号室かもしれない。3人は片端から調べ始めた。