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外部脳1  作者: 宇井2
13/33

共存

ヒロシは「異常に温度が上がっている。」と言った。あのホールの岩盤下のことだ。熱はすでに岩盤に深く掘られた穴を覆う円盤も鈍く光らせ、周りの氷河を溶かし始めている。世界政府コンピュータ自身の人工知能により異常に対応することは可能である。異常事態の場合に自身のソフトウェアやハードウェアを改変できるように設計されていた。しかし、それをするためには、人が手動または遠隔操作でAIの機能制限のために設けられた制御回路を一部解除しなければならない。AIの暴走を防ぐために、人間が何重にも関与する設計がなされていた。また、世界政府コンピュータ設置場所の岩盤下の円筒の蓋になっている円盤を手動で開口できるようにもなっている。原始的ではあるが、ドームからの遠隔操作ができない場合の確実な放熱装置として設置されていた。


世界政府は自らがドーム外にあることも、最終放熱装置の維持と定期的な熱放出作業をこの村と契約していたこともドーム内では公表することはなかった。セキュリティ上の欠陥をさらし、混乱を招くことになる。村においても、この契約については、ごく限られた一部のものによって、代々秘密裡に守られていた。村では、この行為を全員が参加する儀式とすることにより維持してきた。密約を知る者がいなくなった場合でも継続されるようにするためだ。真の意味を隠蔽してきたが、この仕組みは、村にとっても死活問題なのであった。村では代償として医薬品や燃料などの物資を世界政府から得ていたのだ。エーヌを助けた老人達が先代からその秘密を受け継いでいた。


今、外部脳の混乱により、世界政府コンピュータが超過負荷になり異常発熱していることは明らかである。ある程度の範囲であれば、自らの稼働をクールダウンさせて対応できるが、すでにその範囲を超えてしまっている。そして、やはり外部脳の混乱により、ドームからはその異常事態に対応するAI制限解除の遠隔操作ができなくなっている。放置すれば、やがてコンピュータの置かれた岩盤内の周囲の氷河が溶け出し、地盤が陥没し、世界政府はなすすべもなく埋没してしまう。そうなったらドームは終わりだ。ドーム内の環境が破壊され生きることができなくなるか、制御が効かなくなったコンピュータのAIが暴走し始めるか、どちらにしてもドームの人間にとっては破滅しかない。また、、猛烈な熱は地上に達し、地上を覆う厚い雪と氷河を溶かすことになる。そうなれば、今皆が暮らしている谷は洪水となって多くの犠牲がでるだろう。さらに里も破壊され村で生きていくことはできなくなる。ドームからの物資も届かなくなる。ドームの内と外は危ないバランスの上に共存していたのだ。とにかく、遠隔操作ができないとなれば手動開口を行わねばならない。あの円盤の蓋を開け一旦熱を逃し、世界政府コンピュータのAI制限装置を解除し、自らの修復を行うようにできれば、両方を助けられるかもしれない。


話に加わっていたドームから来た青年は名前をシーと言う。エーヌより先にこの村に来ていたドーム人だ。シーはヒロシの話を聞き終わり、2つのことに衝撃を受けていた。ドームが依存していた、人の幸福を実現する合理的絶対的な存在であった世界政府がかくももろいものであったこと。そして、自分がドームを出ることは、世界政府の意図でなかったかという疑念だ。外に残ったものは皆老人になっている。ドームを維持するには、次の世代が外で世界政府との契約を継続する必要がある。自分がドームから出ることができたのは、そのために仕組まれた事ではないかという疑念だ。シーは外部脳を使用する機能に問題はなかった。しかし、彼は、共有データのアーカイブで発見したあるリズムにとらわれてしまった。エーヌが土や森を感じることができたように、シーは電子楽器によるリズムではなく、空気を振動させる太鼓のリズムを求めた。そして、ドームを出て、ヒロシ達に助けられたのだ。今、ドームの外に出てきている者は皆何らかの違和感をドーム世界に持っていた。世界政府からすれば、こうした標準から外れるものを扱うことは非効率なはずだ。それで自らの意思で外に出たように仕組み、ドームの維持に利用しようと図ったのではないか。


ドーム内では親子とか血の繋がりという理不尽な関係はとうの昔に排斥され、人は合理的な相互関係で結びつくべきであると常に教育されてきた。シーは小さいときから、集団教育の中で知識を親からではなく共有データベースから外部脳を経由して得るように教えられている。親とは、衣食住を与える場所であり、血縁によって繋がる場所でもないし必須の存在でもない。ドーム内の人の運命に対し何の感情も湧かなかった。しかし、一人の老人が言った。「わしの息子はドームへ行けずに死んだ。わしがこちらに残ったからだ。わしより先に息子が亡くなり、わしは、孫をドームへ送った。それが息子の夢だったからだ。若い者にはドームの生活はあこがれだった。」老人の誰もがドーム内に縁者を持っていた。


この過酷な自然環境で生きていく上では、何世代も前から蓄積され受け継がれている知識を必要とする。それは、共有データといった明晰で構造化されているものではなく、説明できない知恵と直観となって表れる。そうした直観を持つ老人達の存在はシーが求めた太鼓のリズムと底で結びついた。この地を離れがたい老人達、ドームを逃れてこの地で暮らすシー、明快で論理的な生活原理にあこがれドームに移った人たち、それぞれの思いを持って別々の場所に生き、それぞれ何かを背負っている。シーは血縁という関係の重さを理解することはできないが、老人の思いを受け入れ行動しようと思った。ドームから切り捨てられた人々がドーム内の人々の命運を握っている。


とにかく、岩盤に掘られた円筒を覆う円盤の蓋を開け、放熱しなければならない。その前に、谷に避難している人々を安全な場所に移動させることが必要だ。ヒロシとエーヌとシーは坑道に行き、他の長老は、人々を先導して山を超えることになった。避難するために杖をつき腰を曲げた老人たちは黙々と山道を登っていく。そのあとを少し若い者とドームから来た若者たちが物資を担いで続く。雪をかぶってはいるが、岩が突き出ており、そりを引くことはできない。進むことができなくなった老人を板に乗せて運ぶ。容赦なく雪が吹き付け、灰色にくすんだ人々の列が登り坂を右に折れ左に折れしながら白く埋もれていく。


エーヌとシーはヒロシの後に従った。狭い坑道はホールに近づくにつれ、ひどく熱くなり、氷河からわずかに伝わってくる冷気に触れて底にたまった空気を求めて、這うようにして進んだ。儀式を行っていた地下のホールにたどり着くころには、皆消耗しきっていた。ホールは壁を通して水が浸み出している。遠隔操作ができなくなってしまった制御スイッチを手動で操作すれば、円盤を開け、熱を放出し、AI制限装置を解除してAIを稼働させることができる。制御スイッチは、ホールの壁に埋め込まれた扉の中にある。扉をあける金属の鍵をヒロシが懐から取り出した。鍵の跡がやけどのようただれヒロシの肌に焼き付いている。扉をあけると奥に据えられたパネルに3つの光る円が浮かび上がった。ヒロシがエーヌとシーをともなったのは、この3つの光る円に3人の人間がそれぞれの指を差し入れる必要があるからだ。その中の2つはドーム人でなければならない。それも、認証可能な。シーの疑念は確信となった。自分とエーヌの生体情報が、すでにここに登録されていたのだ。


3人はそれぞれ光る円に指を差し入れた。円盤は老人たちが力を合わせて開いたときと同様に、徐々に扇方状に開いていく。黄色から青白く変化した光が垂直に天井に向かって突き刺さる。つづいて、熱風が円筒から天井のパイプに向かって、すさまじい音を立てて噴き出していく。その振動で3人とも吹き飛ばされる。ヒロシは伏せながら二人の頭を床に押し付けた。音と振動が収まると、放熱が終わったあとのホールは急速に冷えてきた。エーヌが目をあけると、壁から染み出していた水滴は蒸発したあと、冷やされて雪の結晶となり、ホール全体にきらきらと舞い降りていた。この変化の激しさが量子震動を変化させコンピュータの誤動作の連鎖を起こすのではないか。ヒロシは落ち着いていた。「この先はコンピュータ自身のAIが対応できるはずだ。そのための設備もこのホールにはある。それより、我々は急いでここを出なければ、道がなくなる。」


ホールを出たが以前使ったエレベータで上昇することはできない。エレベータの昇降路は地上で溶けた雪が流れ込み滝のようになっている。水は落ちて、坑道の低い方へ激しく流れ込んでいく。ヒロシは別の道を知っていた。すでにこうした状況を想定した設計がこの坑道全体になされていたのだ。ひざ下を流れる水に逆らいながら3人は細い坑道を這い上がり、地上に出た。皆がいた地上の谷は、地下のホールから突き出たパイプを中心に、雪も氷も解けて谷全体が赤茶けた岩肌を出していた。そしてなおも谷にこもった熱のために、周囲の山から雪崩が次々と谷に押し寄せていた。



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