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外部脳1  作者: 宇井2
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記憶の部屋

記憶の部屋に入ると真っ暗であった。ヒロシが入口の壁を手で探りカチと音をたてると、温かみのある黄色いひかりが部屋を照らし出した。固い岩盤を掘った5m四方程度のさほど広くはない部屋である。円盤のあるホールと同じように、厚いアクリルガラスで岩盤を覆ってあり、天井から通された細いパイプにより新鮮で乾いた空気が送られてくる。天井まで棚が作られ、何かが積み重ねられている。エーヌが今まで嗅いだことのない匂いが部屋を満たしていた。古い紙の匂いであった。ヒロシは、ここに重要な記録があるということをすでに亡くなった長老から聞かされていた。しかし、この記録を読めるものは、ヒロシ以外この集落にはもういない。ドーム内と同じように、古い言語の一部は日常の挨拶の中にかろうじて残ってはいるが、本来の意味もそれを現す文字も、築き上げた伝統をあらわす単語もすでに忘れ去られていた。しかし、人々はこの古臭い自分達になんの役にもたたないだろうこの記録を維持することを続けている。意思を持って維持しない限り、紙という媒体はボロボロに崩れ落ちてしまうはずだ。


一方、ドーム内ではどうか。世界政府は発行した公文書、行政の施策と検証、ドーム内の環境調査等のデータを年々蓄積して保存している。もちろん外部脳データも個人の記録データであるわけだ。一世紀ほど前に、増え続ける記録用設備の拡大を図ってシステムのアップグレードを行った。設備拡大時には、記録を何等かの形態記憶可能な耐久材料に施して残すという議論もあった。しかし、どんどん増えていくその媒体をどこに保管するのか。また、それらが劣化したときに作成しなおさなければならない。現在の生活に直接影響するわけではないので、緊急性がなく議論は立ち消えとなった。こうして、外部脳という個人記憶のみならず、個人が基盤とする社会の記憶も安易なデジタルデータで保存されている。一世紀ほど前に、予測できなかった激しい磁気嵐があり、磁気嵐バリアに不備があった記録システムのデータが大きく破損する事故があった。これにより、ドームは一時期のの歴史を失っている。しかし、誰も気に留めるものはない。現在の調和を保ち、現在の平静を維持することが第一目的とする世界で、世界政府がそれを制御し実現しているのだから歴史から学ぶものは何もないのだ。今後も、設備拡大が難しくなり、より集積度の高いデータ保存方法が開発されるまでは、順次古いデータから削除する方式で運用することが決定されている。どんどん歴史が消えていくのだ。かって、エーヌが働き、そこから脱出した古い設備についても目的も作られた時期の記録も消失しており、とにかく維持していたのだ。


一方、ヒロシは長老から、わずかながら失われた言語とその文字の知識を受け継いでいた。そして、エーヌはドーム内で得た古い言語の知識を生体脳もっていることに気づいていた。記録は読まれなければならない。「記録を読むことを続けていかねばならない。私はもう長くは生きれない。これは、お前に託す仕事だ。あの円盤の下にある物体の正体もわかるだろう」とエーヌに言い、この部屋の鍵を渡した。


不思議な巡り合わせである。ドームの外部脳を使用できなく疎外されていた自分が、ここで一つの外部脳でもある「人々の記憶」に係ることになったことである。エーヌは、あの蟻の姿を思い出した。その冬中、エーヌはこの部屋に通った。ここからは太陽も月もみえないから昼も夜もわからずに記録の解読に没頭した。


一方、今、ドーム内の人々はどうしているのか。


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