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外部脳1  作者: 宇井2
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ある新年に起こったこと

2X世紀の人間の世界は、21世紀とさほどかわらない。人々は喜び、悲しみ、恋し、慈しみあい生活している。

20世紀の終わりから広まったグローバル化という世界標準化が進み、世界は平等で、平滑で、平和である。人々は平等に生きる上で必要なものを与えられる。一時は、いくつかのグループが民族や宗教、主義において覇権をあらそい、強力な政府を望む人々の要求から独裁的な政治の時代もあったが、統制しきれない情報の流れから、独裁はなりたたなくなり、自律的な世界へと安定していった。そして砂粒の集合のような世界になった。平等で、平滑で、平和な世界になり、1つの世界政府が統治している。


ひとは皆平等に資源を与えられる。巨大な共有情報である。欲しい情報、映画、音楽はここから得られ、世界中に隔たりなく同じ情報をえることができる。これも20世紀後半からひろまったクラウドが、さらに進化し、現在はエアと呼ばれる仕組みが提供している。エアの情報を誰が管理しているか誰もしらない。自律的に最適化されたルールに基づき自動収集されているのだ。

もう一つ、子供が誕生すると、多種多様な個人用ロボットが付与される。家庭教師ロボ、整理整頓ロボ、給仕ロボ、ベビーシッタロボである。そして、外部脳チップが付与される。外部脳もエアに配置されているが、これは共有されない。


個人の脳波に応じた周波数で通信するチップコンピュータで、成長過程での様々な個人的な知識や経験を保存するのである。もちろん、他人と共有することはできず、それぞれの生体的な情報をもとにした暗号によって、守られている。このチップの使用は、個人の自由であり、かつどの知識を外部脳へ、どの知識は生体脳へと選択的に使用することができるのだが情報量の違いが、将来的な社会生活において大きな差を生むため、例外なく子供の親はこのチップを使用させ、外部的な知識、経験は自動的に外部脳を使用するようになっていった。

そして、様々な分野で、この外部脳チップを生体脳を通して最大限に活用できた人間が権威者、専門家となり、大きな富と尊敬をあつめた。ひとが死亡した時も、チップにのこり、故人の遺志により一部の記憶は公開可能になる。こうして、ひとは死後も自分の生の証を残すことができるのだ。


問題が起きた。寒い冬であった。街はドームに覆われているが、冬はどの地域も氷点下-20度にもなる。ドーム内は、昼間の太陽エネルギーの蓄積でドーム内温度を保つようになっているが、今冬の極度の低温化により、ドーム温度が上がらない日が続いていた。それにしても、寒い。しかし、人々は新年のセレモニーが行われるため、街頭に繰り出していた。あちこちで、深夜0時となったとき、明かりが消えた。ドームの天井から弱い青い光りが発光しドームを満たした。幻想的な新年のセレモニーの演出だ。みながおめでとうと声をかけあった。そして再びあかるくなった。そのとき、一か所から、緊迫したおおきな声があがった。互いの干渉をほとんどしない世の中だから大きな声で言いあうこともない。この声に皆が恐怖を感じた。


そこでは、1人の男が、女に糾弾されている。「この男が、私を妻だというのよ。私はこんな男はまったくしらないわ。何の魂胆なの。」そこに警官が到着した。男は、警察に事情を聞かれることになった。「なぜ、彼女を妻だというのですか。」「私の妻だからです。」「どうやって証明しますか。」そこで、男は、彼女が自分の妻であることを証明する様々な個人情報を警察に提示する。どこで、知りあったか。妻の両親はどこに住んでいるか。妻の生年月日。背中にはほくろがあること。住んでいる所、自分の名前。経歴、仕事、会社の上司の名前、どれも完璧であった。すべて正しかった。男の承諾のもとに、妻という女性の動画イメージも外部脳から取り出し表示した。男の外部脳は完璧に機能している。警察は、今度は女の方に向きあった。女は戸惑い困惑していた。さらに、女が警察に自分の夫であると主張した隣にいた男性がいたが、こんどはその男が、このひとは自分の妻ではない言うのだ。「私の妻が行方不明だ。この女がなんらかの拉致をしたにちがいない」と言うのだ。いったい何が起こったのか。


一夜あけると、同じような事件がつぎつぎ現れた。いつも通り出社した社長が、ついてみると会社の名前も違い、社員もみたことがない。さては重役たちが自分を追い出そうと企んでいると弁護士のところに駆け込む。メディアでは、泡立器をふりまわしながら料理家がお天気の解説をしている。太ったUFO研究家の中年男が子供番組でジャンプ、ジャンプと叫んでいる。次次とおこる事件に警察は翻弄された。もちろん警察内も例外なく異変が起こっていた。いばりまくっていた部長が掃除ロボットに指示されて署内の床を磨いている。


また、非常に多くの人々が、自分自身の記憶との違和感を訴えて、世界中の病院にあふれかえった。世界中の専門家があつまり、この現象を分析した結果、外部脳通信の混線が起こっていると結論づけた。外部脳への脳波通信は、個人の生体情報にもとづく暗号鍵で暗号化しているはずである。ところが、昨日の深夜におこったことは、演出ではなく原因不明の負エネルギー流入であかりが消えたのだ。それをきっかけとして、暗号鍵の混乱が起こった。いくつかの条件が合致するものの暗号鍵が入れ替わってしまったのだ。


それぞれの人の生体脳側と外部脳側の情報の内容により、ひとによってその症状の出方は様々であった。ほとんどのひとの生体脳は外部脳への検索機能のみが発達してしまい、生体脳側にはわずかな情報しか残さない傾向が強くなっていた。そのため、妻の顔のイメージまで外部脳へ移してしまった男は、入れ替わった外部脳の中の見ず知らずの女を自分の妻と認識することにまったく疑問を感じることもなかった。料理研究家は泡立器を職業上正当なツールと認識する生体脳のはたらきと、混線した気象解説員の外部脳がリンクしていた。何の情報が生体脳にあるかによって、違和感や症状の出方は様々だった。


専門家は本来の専門家だったのか。それとも入れ替わった外部脳をもった別人なのか。その場合、分析知識は正常に外部脳によって働くかもしれないが、生体脳にある情報とのリンクがただしくできずに、自分自身の判断に自信がもてなくはないか。そもそも私は誰なのか。自分を証明するものは何なのか。世界中が混乱している。


かって、この外部脳チップの開発には、多くの脳科学者が関与している。生体脳の機能を徹底的に研究し、シミュレーションをするためである。脳科学者たちはほぼ完ぺきに生体脳の一本一本の神経の道筋を解明し、その神経の行きつく先の細胞組織がどのような脳機能を提供しているかを突き止めていた。また、神経細胞により伝達される信号の強さ、信号を伝播させる化学物質を究明し人間の記憶や経験知の蓄積、夢を構成する要素、感情によって増減するタンパク質といった脳の仕組みを解明した。それをもとにして脳機能をシミュレーションする外部脳チップが完成した。


一か所だけ、解析不能の部分がある。その箇所は、複雑に神経細胞が絡み合っている。その本数や、分岐の仕方には規則性がなく、ただぐしゃぐしゃとした塊になっている。外部からの刺激を吸収し、何のアウトプットも返さないためにブラックホールと呼ばれていた。光の刺激を与えても、音の刺激を与えても、様々に科学物質を与えても、何ら反応を返さない。そこで、脳科学者は、この部分は何らかの機能が今は必要としない退化してしまった部分と想定した。いずれ何世紀かを経たときには縮小し消えると想定した。たしかに、この部分の大きさはは、数世紀前の人間の脳より小さくなっていた。

さて、世界の混乱の話に戻るが、いったい彼らはどうやってこの難局を乗り越えるのだろうか。乗り越えずに、このまま入れ替わった状態で自分の生体脳を納得させる方向にうごくのだろうか。今、模索中である。





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