オレクビッ!
洞窟の中を激しい音が支配する。剣と剣がぶつかり合う金属音が鳴り響き、戦い合う二人を幾多もの倒れ付した男どもが虚ろな目で見上げている。
戦っているのは小汚い服装に身を包んでハンドアクスを振り回す筋骨隆々の男、もう一方は体全体を煌びやかなフルプレートに包んだ端正な顔立ちの男だ。
倒れ伏した男どもは皆、甲冑の男が無残に首をはねられるその姿を、それだけを祈っていた。
大男が大きく踏み込みハンドアクスでの大振りを繰り出す、しかしフルプレートの方はその格好にも関わらず滑らかな動きでそれを回避し大男に軽く裏拳を見舞う。その痛みをこらえながらがむしゃらに突っ込んでハンドアクスを振り回すが、その全てをほんのわずかな動きでいなしていく。しかし、回避動作中に足を地面の出っ張りに引っ掛けて一瞬体制を崩す。
大男はその瞬間を見逃さず脳天に痛恨の一撃を見舞う。そして……アクスの方が砕けた。
その光景を見て、戦っている大男並びに無様に床に倒れ伏す男たちは我が目を疑った、しかし男達は大男の奇跡の大逆転勝利を心の底から願っていた。たった一人で自分たちを鼻歌まじりでなぎ倒していったあの男、仕事に精一杯努め、毎日汗水を流して活動し、ときには不作で涙をのみ、ときには豊作で共に喜び合った己たちを、今日という日を必死で生きてきた己たちを踏みにじった奴に、リーダーである彼が魂の一撃を叩き込むことを!
そして、筋肉男は最後の一撃に躍り出た! いけ! 俺たちの今日を、明日を守るために!
ささやかな幸せを奪う悪の正義の味方を、信念の鉄槌で打ち砕くんだ!
「俺たちの清く正しい盗賊稼業の邪魔をするんじゃねええええ!」
「盗賊の時点で、どこが正しいってんだあああ!」
防御を捨てて特攻した大男にカウンターで渾身のツッコミとアッパーカットが完全に入る。その一撃で吹き飛んだ大男は、それからピクリとも動かなくなった。
『ふむ、完璧だな! それではこの者たちが罪なきものから奪い取った金品がどこにあるかを』
「てめえら、人間の体の一部を拾ったんじゃねえか? 妙な力とかそういう感じのものがあるやつをよォ」
女の声が勝利した男から発せられた、倒れた男たちが己の耳を疑ったが、それと同時に男がその顔立ちから想像できないような口汚い言葉を敗者たちに吐きつける。
「いいかあ? もうお前らの命はこの俺が握ってるんだ。妙なことをしたら一発で……」
「首がスポーン! って塩梅よお、お解りかあ? 」
『すまんな、手加減したつもりだったのだが。どこか折れてないか?』
悪役そのものの口調で男達に脅しをかける、しかし彼の体は倒れている男の腕を持って引っ張り上げ、きちんと立たせてやった上に体についた泥まで払ってやっていた。
その自分の行動を目にした男は、小さく舌打ちをついてまたしゃべり始める。
「お前らはお宝をどこかに溜め込んでんだろ?、そこに案内しろ、ついでに使い道のわからねえ妙なものを置いてある場所もあるんなら教えるんだ」
「嘘を教えたら……さっき言ったとおりさ。さあ、吐くんだなぁ!」
先ほどよりも更に大きく品のない声でがなり立てる男。今度は体もそれに追従するように、立たせた男の鼻先を右手で指差して、もう片方の腕はきっちりと腰に付ける。
(何なんだこいつ、さっきから変にギクシャクしやがって。変な声も聞こえるし)
(だけどコイツの目はマジだ。自分がルールだっていうガキの頃にいた、いけすかねえ金持ち野郎と同じものをしてやがる)
(たとえ一文無しになったとしても命がありゃあなんとかなる、またそのへんの村を襲撃すりゃいい)
「すまねえ、親分」
腹の中でろくでもない算段を立てつつも、素直に金品置場まで連れて行く。
部屋に入ると男は金貨や宝石には目もくれずに、ガラクタや拾ったはいいが使い道のよく解らなかったものをまとめて放り捨てている部屋の隅に目を向けた。しかし体の方向は金品に向けられている。
「あん中だ、きっとあそこに俺の、そうさ俺様の……!」
『ふうむ、よくもこんな溜め込んだものだ。……心は痛まなかったのか? 』
「んなこたいいから早くあの中のモンを全部ひっくり返してでもさがすんだよ、ほら! 」
(また女の声だ、何処に女がいるってんだ?)
先ほどの声がまた聞こえ、眉をひそめる野盗。そんな彼など気にもとめずに部屋の隅に歩み寄り、雑な手つきで積み上げられたブツを崩し始める。あまりにも適当な扱い方に男は苦言を呈していたが、体はその扱い方をやめようとはしなかった。
『ここまでの量を集めるのに一体どれだけの村を襲い、キャラバンに攻撃を仕掛けたんだ?』
『人のモノを盗むのはいけないことだと親御さんから教えてもらっただろうに、ただ単に田畑を耕して作物を作るだけの自給自足の生き方はできなかったのか?』
『他人に少しだけでも優しくして生きるというのは良いものだぞ、自分の心が救われる』
『私は今日をお前たちの転換点にするべきであると、そう思う』
『このままではいつか、破滅の時が来てしまうぞ』
そのあいだ、男は背中を向けたまま後ろのいる野盗に人生のあり方と正しい生き方を説き、今のうちに人生を改めるようにとの忠告までする。女の声で。
それを聞き、自分の耳がおかしくなったのかと考えながらも、今後ろから不意打ちをすればもしかしたら倒せるんじゃないかと野党はふと思い立ち、投げナイフを取り出して無防備な後頭部に叩き込もうと構え……る前に、男のフルプレートの片手の中に何か鋭いものを握りながら動きが止まったのに気付いた。
それを自分の頭に叩き込まれる姿を想像し、一気に血の気が引く。すぐさま元の位置に戻り、そのまま縮こまった。しばらくして、男はあらかた積み上げられたものを探し終える。
『無いな、どこに行ったのだろうか』
「『無いな』じゃすまねえんだよ! なあ! 確かにこの辺にあるはずって、あの爺さんは言ってたよな! それがこれだよ、どこにもありゃしねえ! 何っ度目だこれで! いいかげんにしろってんだよおぉっ!」
『あまり騒ぐのはいけない、他の者もいるのだぞ。前みたいなことが起きる前に落ち着くんだ』
「っせえよ! お前はいいよなあ一応はちゃんと揃ってんだからよお、俺なんかっ……俺はっ……」
一人の体から二人の声を出して顔のみを激しく動かしながら一人漫才をしている姿に、かなりの薄気味悪さを野盗は抱く、男は頭がヒットしてイっちまったヤバイ奴という至極一般的な結論にやっと至った彼であったが、次に起こったことはそんな感想を吹き飛ばしてしまうほどのものだった。
「くっっそおおおおおおおおお!」
腹の底からひねり出すように大声を上げつつ、首を思い切り後ろに振り抜いた。その時体の方は腰に手をあてて大きく伸びをしており、背中を後ろに仰け反らせている。そして……
落ちた、ポロっと、とても自然な感じに、男の首が。
「……はへぇ?」
「そもそもだ、俺がこの世界に呼ばれたのは魔王を倒すためって言うもんだったよなあ。それが何でだ? なんでこんなジメジメして薄暗いところで『バラバラになった俺の身体探し』をしなくちゃならねえんだよ! 普通に五体満足で呼び出してりゃそれで済んでたじゃねえか! 違うか!?」
『仕方ないだろう、お前はあまりにも力を持ちすぎていて普通の方法では呼び出すことすらできなかったのだ。故に苦肉の策としてお前の体を部分的に複数回にわたって呼び出し、それを繋ぎ合わせることで天下無敵の英雄を作り出す、これがこの世界を救う最善の方法なのだ。……と、博士は言っていた』
「ブロック人形か俺はぁ!」
そして、こぼれ落ちた生首は先程と全く変わらず悪態や雑言をないまぜにしながら言葉を続けている。加えて首が残っていない甲冑も自分勝手に動き回り、金品を集めて手頃な箱に詰めたり、きらびやかな装飾品を手にしてそれを見つ……め?たりし……ていた?
「おい、いらねえ事してるんならさっさと俺を助けろ。英雄命令だ」
『うん? って、何をしているんだ! 他の者が見ているというのに、そのようにはしたなく首を落とす者がいるか!』
「はしたないってなんだよ……別にいいだろ? あんな奴に見られたってどうってことねーよ」
「アワワ……」
『腰を抜かしているではないか! 大丈夫か!?』
「何野盗に親身になってやってんだよ、人殺しを平然とできるやつらだぜ? むしろいい薬になるんじゃねえか?」
『そのような事を言うものではない! もしこの出来事がこの者の心に多大な傷跡を残してしまったらどうする! 彼のご家族に申し訳が立たないではないか!』
「家族なんざ養分だとしか思っていねーだろ、それに……」
首だけの男と、首がなく女の声がする体。互いに言い合いながら身体の方だけが大股で野盗の方に走りより、片膝をついて右手を差し出す。おそらく善意での行動だったのだろうが、『体』は今の自分の姿を全く考慮していなかった。
片膝をついて、手を差し出すポーズ。それはどうしても頭が抜け落ちた鎧のその中を見ることができるような体制であり、野盗はその中を見た、見てしまった。
その中には何もない、暗い暗い空洞が広がっているだけなのを。
切り落とされた断面が見えるだけなら、稼業上まだなんとか堪えられた。だが、目の前に映し出された、自分までもが吸い込まれていきそうなどこまでも深い暗闇に、割と限界だった心は握りつぶされ……。
彼の正気は……弾けた。
「……それでもう止めだろうな」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
目を見開き、瞳に涙を浮かべながら喉が破る程の絶叫を上げながら、恐怖で完全に腰を抜かしながらも全力で『体』から離れようと、生まれたての子鹿のような体制で走り出しては頭を壁にぶつけ、うまく立ち上がれずに地面を這いずりまわるように逃げ出した。体中から様々なものを漏らしながら。
『どうしたのだろうか? 急に』
「さあな、それよりも早く俺を拾ってくれよ、何時までもこのままなんて真っ平だぜ」
『ん、解った。……っと、どうだ?』
「カンペキ。……さてと、もう特に用もねえし、ここのもんを運び出したらとっととおさらばするか」
『なら、彼らに手伝ってもらうとしよう。今日が彼らの転換点、誰かを助けることの喜びと感謝される喜びを私たちが教えてあげるんだ!』
「……さいですか」
彼女は拳を固く握りしめて、瞳……あればの話だが……をらんらんと輝かせながら力説し、そのまま胸を張って先ほどなぎ倒した野盗たちの場所まで歩き始める。その様を冷ややかな目で眺めながらも、彼には移動するための足もなにもないので、黙って彼女に従うのであった。
事はトントン拍子に進んだ、ぶちのめされていた男たちは異様なものを見る目で『二人』を見、声を恐怖で震わせながら必死に許しを請うていた。女の方はその姿を見て胴体をかしげ、男は何もかも察したような顔でそれを眺めていた。
男どもに命令し、ブツを運び出させる。それを彼らが強奪を働いた様々な街に持って行き、野盗たちと共に謝罪を行った。男は頭を下げるつもりはなかったが、体が勝手に曲がるので頭を下げた形になった。
『さて、これからお前達は心を入れ替えて真面目に生きていくための努力をするんだ。幸いこの区域の農村は若い男集が足らないらしくてな、こいつが話をつけておいた。いいか? お前たちはそこで共に働き、ともに飯を食べ、互いに助け合いながら生きていくのだ! 解ったな!』
「はいっ! これからはキッチリ心を入れ替えて、真面目に働きますっ!」
『そうか、ならよし! 今度また人から物を盗むようなことをしたら、たとえ大陸の果てからでも駆けつけて鉄拳を食らわしてやるからな!』
(本気で言ってんなコイツ……)
心の中で男がつぶやく、それと同じものを野盗たちも感じ取り、全員一列に並んだ状態できちんと気をつけをした姿で一斉に返事をした。そして男達は皆去っていき、『二人』だけが残された。
『ふう、これにて一件落着だ。なあテッシン、人助けというものはいいものだろう?』
「体がお前だから無理やり付き合わされただけで、俺は盗賊退治なんてしたくもなかったぜ。実際何もしてないけどよ」
『そんな風に言うな。誰かが傷つくのを見るのは嫌じゃないか?』
「別に」
『ふーむ、他の世界から来たものはこうも無気力なものなのか』
「……お前さあ、あんなんで人助けできたと思ってんのか? アイツ等のことだ、どうせどこかで嫌気がさして元通りになっちまうだろうし、村の方だってあいつらに恨みを抱いてる奴がいるかもしれねえ、そして何より、この程度のことしたってどうせ同じことをやる奴はそこらじゅうにいるんだ、無駄なんだよ」
『元通りになったらこらしめに行くと釘を刺しておいたし村との交渉はキッチリと行ったろう? 彼らのことを恨む者もいるだろうが、私たちに免じてどうかその憎しみを今は胸にとどめておいて欲しいと。そして……』
彼女の能天気な考え方にいくつもの理由をつけて否定の言葉を投げかける男、鉄心。それに対して彼女も自分の理論で言葉を返し、二つ目の問いまできっちりと反論したところで一度言葉を切る。
そして三つめの問いかけに彼女は、何の迷いもない、真っ直ぐな気持ちで自分の答えをを口にした。
『大勢いるからこそ、今出会った間違っている者たちを止めるんだ。それが私に出来る事で、意味のあることだと私は思っている』
「…………」
「……てめえは、変な奴だよ。『ソーデット』」
『そうかな?』
その言葉に
嘘偽り誤魔化しのない彼女の真っ直ぐな言葉に、鉄心は皮肉を返すことしかできなかった。
立ち話を終え、ともに歩き出す二人。目的はひとつ、鉄心の体の部分探しだ。
「俺の体の反応はこの辺にあるって爺さんは言ってたよな?」
『たしかにそう言っていたが……範囲を絞り込めていないようでな、この地域にあるという事しか分かっていないとの事だ。すまない』
「ずさんな仕事なこったな、世界を救おうってんならもう少しバックアップしてくれてもよくね?」
『ば……? よくわからないが、仕方の無いことだ。この計画は博士一人のことだからな』
「……今更ながらだけどよ、あの爺さんは正気でこんな計画と方法を立てたのか?」
『一般の尺度で正気かと問われると私も返答しづらいな。そも私の成り立ちも普通とは言い難いものだ』
そう言って彼女は胸に手を当てて、今の己の姿を確かめるかのように胸部装甲部分をさすっていた。
彼女は元人間であり、生前は国内では並ぶ者のないほどの実力を持った姫騎士であり、その性格は弱きを助け悪しきを挫くという、物語の中にいるような理想的な騎士であったとのこと、彼女は紆余曲折の果てに命を落とした末に、その高潔な精神と力を買った博士がフルプレートの装甲に魂を宿らせ、リビングアーマーとして一時的な俺の体として利用したのであった。リビングにいないが。
普通に考えれば気の狂った男が生んだ恐怖の計画の産物でしかない。
「お前は嫌じゃなかったのか? そんな様にされてよ」
『馬鹿なことを言うな! そもそもこの体になる前にちゃんと博士と交渉し、私が望んだ故にこうなったのだ。一度死んだ身の私が、また誰かの助けになれる機会を彼はくれた。嫌なわけがないだろう!』
「ちょっと信仰入ってないか?」
かなり熱を上げながら拳を握り締め力説するソーデット、眼下で繰り広げられている光景を冷ややかな視線で眺めながら鉄心は茶々を入れる。彼女はその行動に少しだけ気を悪くしたようにする、彼女からしてみれば命の恩人……という表現が合っているのかは分からないが……なのだ、外見には現れなかったが。
『そういえばテッシン、お前はあの者たちに対して最初は脅迫めいたことをしていたが、私がお前の体を探す頃にはだいぶ落ち着いていたな? 何故だ?』
「まあ……『見えてた』しな、あのガラクタの山の中に俺の体はねえって」
『透視か、そういえばそんなものもあったな。今はどうだ? 何かあったりするか?』
「う~ん? どうだろうなあ……」
そう言うと目を瞑って頭の中でイメージする、周りにある風景を突き抜けてその遠く、ずっと遠く、この大地の裏側まで見通せるように意識する。
そして目を開くと先程まで広がっていた風景、舗装された街道とその両脇に生い茂る草木の群れは視界の中心部分周辺だけ消え失せていた。
そうした後周りを見回す、誰かに見られているわけでもないが日常的に不審に思われるようなことは避けるようにしないと、いざという時妙な行動をとってしまうという考えから、恒常的に首を回す場合は人間の可動範囲を超えないようにしようと心がけていた。
そうしていると草木の向こう側で何かに襲われている一家を視認する。
(……どうしたもんかな)
正直、その者達を助けたいという考えが鉄心には湧かなかった。ごちゃごちゃと着飾りでかい宝石付きの指輪を五本全ての指にはめた主人と、まん丸と太り頬にニキビが出来ている息子らしき少年。そして片眼鏡をつけ、外だというのに地面に付きそうなほど長いスカートを着用して日傘を指している妻と思しき女性。
助けに行ったところで礼も言わず、むしろ変な言いがかりをつけてきたり面倒事を押し付けてくるような意地の悪い成金の金持ち、といった印象を受ける者たちだった。
『何か見つけたか?』
「……いや、なにもないぜ。至って平和な世の中さ」
(どうせあんな奴らは大勢の他人を食い物にして生きてきたんだろうさ、ここであのよくわからん奴に物理的に食われて幕を閉じるってのもシャレが効いてていい)
『そうか』
と、ソーデットは言うやいなや鉄心が見回していた中で一番時間をかけて凝視していた方向に全力で駆け出した。無論そちらは先の家族が襲われていた方向である。
「おい! 俺は何もないって言ったろ!?」
『ああ、だが私は走りたい気分なんだ。互いの健康のためにも付き合ってもらおうぞ!』
「付き合わねえ方法がねえじゃねえか! それに走るんなら他の道でいいだろ!?」
『この道の気分だ! 悪いな!』
鉄心の抗議もどこ吹く風で走り続けるソーデット、草木をかき分け疾風ののごとく駆け抜け、ガチャガチャと鎧の音を鳴らしながら猛進した。
しばらくすると視界が開けて先ほどの3人が目に入る。家族の妻と子供が腰を抜かしてへたりこみ、襲撃者の前で恐怖におののきながら神に助けを乞うていた。そして夫は意外にも足を震えさせながらも、彼らに敵意を向ける何かに対してそこらへんにあったらしい木の棒を拾い、及び腰で立ち向かっている。
正直意外だった。先ほど見た印象からして他の奴を置いて自分だけさっさと逃げるような奴だと思っていたのだが……
『むっ! あそこで人が襲われているぞ。お前の透視にも穴があったようだな!』
「……そうだな。んで、どうするんだ?」
『知れた事ォ!』
先程までのスピードを全く緩めることなくそのまま飛び上がり、左手に盾を、そして右手には突撃槍を手に男性に今にも襲いかからんとする化物に対し速攻を仕掛けた。
『弱いものをいたぶるのは、この私が許さん!』
突撃槍を突き出し一撃必殺を試みるがすんでのところで回避されてしまう。化物はそのまま飛び退いて二人から距離をとり、そのままの距離を維持したまま回り込むように絶え間なく動きまわる。
その間にソーデットは化け物に向き直り、家族の壁になるようにして盾を構えて槍をその脇から少しだけ突き出させる。鉄心は相手の観察を行った。
化物は四足の獣のような姿をしており体毛はねずみ色、濁った赤い色の瞳には敵意が込められ、裂けた口から唾液が漏れ出している。
鉄心は化物の方に向きながら家族たちに忠告する。
(奴にしてみりゃ餌にありつけると思っていたのに横合いからいきなり邪魔をされたってところか、まあこの時点で俺たちに叩き潰される運命になってんだがな)
「おっさん共、あまり離れるんじゃねえぞ。変に動かれてそっちを狙われたら庇いきれないかもしれないからな」
「あ、ああ。ほら、お前たちも立つんだ。」
腰を抜かしていた二人も何とか立ち上がり、夫の近くに集まって息を殺して周りを警戒していた。
鉄心は先ほどの観察に加えて透視能力による相手の弱点を探す行動に映る、目をつぶり透過率を頭の中で調整することをイメージし、目を開く。
目の前にいた化物の姿がそのままながらも変貌する。わかりやすく言うと表皮が消え失せ筋肉や骨がむき出しになった姿が見える状態になった。覚悟はしていたが、急にイカれたその光景を目の前に出されて鉄心は一瞬目を覆いたくなる。
(いつやってもキッツイなあこれ。……眼球や歯、耳に異常は無し、どこか体を痛めてたり腐らせてたりしてたら楽なんだがそれもなしか、残念。まあ外見は獣、中身は異常、その正体は! ってのよりマシか)
昔に読んだ衝撃的な内容の漫画のことを脳内に浮かべながら観察を続ける。しかし有利な情報は全く得られず視界を通常に戻し、ソーデットに小声で結果を伝える。
「普通のバケモンだ、怪我もしてねえし何かが変貌した姿ってわけでもねえから普通に相手するのが一番だな」
『解った。それであの一家はどうする? 私はどこかに退避させるのも手だと思う、獣というものは縄張りから離れすぎるのを嫌うというぞ?』
「……もし面倒事になったとして、対応しきれるか?」
『無論』
「よし解った。……なあオッサン、その二人はもう動けるような状態か?」
ソーデットの力強い言葉を信じ、街道側への退避に行動を切り替える。先程までの会話の音量を少しだけ上げて相手の方を向いたまま旦那の方に話しかけ、その返答として妻の方はもう大丈夫だが子供はまだ気が動転しているという言葉が帰ってきた。
化物はその間にも鉄心とソーデットの横を取って、彼らの背後のまん丸と肥えた餌にかぶりつこうと動き回るが、ソーデットはそれら全てに完璧に対応する。
ジリジリと近づいてきた時には盾で牽制しつつ、相手が間合いに入った瞬間最小の動きで槍を突き出し相手を飛び退かせて射程から追い出し、また護衛体制に戻る。そして前かがみになり突撃の体制をとるならがっちりと防御を固め、盾で相手を押し飛ばせるように構える。
そうしたしのぎの削り合いが互いに向き合った時から何度も続けられていたが、この判断によって状況は変化を迎える。
「急に動いちゃいけないぜ、少しでも離れすぎちまったらあいつが飛んできてガブリだ」
「わ、私が息子を抱えて逃げるということでいいんですね?」
「その子を取り落とさないように頼むぜオッサン、流石に目の前でガキが貪り食われるのは見たくねえ」
「気をつけてねあなた。ここまで来たんだもの、化物の手にかかって死んだりしたらあの人に怒られるわ」
「お父さん、どうしよう、どうしよう……」
「ここまで成り上がったんだ、死んでたまるか、殺させてたまるかっ……」
(欲の皮が突っ張ってんなぁ。)
夫婦の会話を聞きながら相手の動きを注視していると、急に化物が大きな声で吠えた。それに驚いてか動きにくい服装であったからか奥方がバランスを崩して倒れ、ソーデットのカバー範囲の右側に体をはみ出させてしまう。それを捉えた化物は猛スピードで女性の方に猛進し、起き上がる前にその喉元を食いちぎろうと口を大きく開けて飛びかかる。
それのカバーのために左手の盾を化物の突進ルート上の地面に突き刺しひとまずの防壁にする、しかしその行動を予想していたようで、急に横に飛び退き奥さんが倒れた方の逆方向に飛びのき、再度攻撃をしかける。標的は……夫!
左手の盾を地面に突き立てるために体をひねらせていたので左側に回り込んだ化物に対してそのままでは反撃を行えなかった。奴は飛び上がり、抵抗できない親子に襲いかかるが……!
「ソーデット!」
そう、そのままでは反撃などしようもなかったが、二人も全く普通ではなかった。仕方なくも正体をばらすことを覚悟し、体を『上半身だけ後方に180度回転』させ、突撃槍を握ったままの裏拳を叩き込んだ。
拳をもろに食らって吹き飛んでいく化物、そして人間としては考えられない動きをした二人を夫は目を丸くしていたが、鉄心の顔が化物に注意を向けるように催促してるのを見てすぐに我に返り、妻を介抱しながらソーデットの後ろに回り込む。
「オッサン! 奥さんの服の裾を動きやすいように破っといてくれ!」
「今やっております!」
「ごめんなさい、私がこんな……」
「二回目を無くしてくれりゃそれでいい!」
吹き飛んだ化物も体制を整えてこちらを睨みつける、殴りつけられていびつに歪んだ顔には明確な憎悪と怒りの色をありありと浮かべて、しかし無謀な突撃はしようとせずに距離を保って二人を見続ける。
(嫌に消極的になったな、ビビってんのか?)
「さっきとおんなじ様に距離を離すぜ。……奥さんの方は?」
「準備できました!」
「よし、もうしくじるなよ……」
先程と変わらず、親子の壁となってゆっくりと後退する。しかしここで奇妙なことが起きていた。
先程と打って変わって化物の動きがかなり消極的になり、距離を維持してたまに左右に振るぐらいでそれ以外の行動はほとんど取ろうとしていなかった。瞳には変わらず激情の色、しかし動きはそれにミスマッチ。
(どうなってる? 見た所あいつはかなりキテる、俺達を逃がす気なんか絶対に無えって感じだが行動はこれだ。)
(……もしかして)
「ご夫婦さん、俺はこれから奇妙な真似をするが、それを見てひっくり返るなんてことしないでくれよ。どうしてもダメなんなら俺の鎧のところだけ見ててくれ」
「……解りました。ほら、お前も彼の鎧だけを見るんだ。」
「え、ええ」
二人の了承を得た鉄心はソーデットにさらに体勢を低くして頭までシールドで隠す風にするよう小声で頼む。数瞬の後に自分の視界が下がって化物の姿が盾で覆われて見えなくなったのを確認し、鉄心は首を180度回転させて後方を透視する。
すると、そこにはもう一匹の同じような姿の化物がこちらに奇襲を仕掛けようと身を低くし音を殺しながら近づいてきているのを発見した。
(なるほど、俺たちとおんなじ事をやろうってわけね。……となるとさっき吠えたのは仲間を呼ぶためか)
(……早めに決めなきゃまずいだろうな、これ以上奴らに集まられたらカバーしきれないかもしれねえ。)
首を戻して視界も元に戻す、夫婦に大丈夫だと伝えた後に小声でのソーデットとの打ち合わせが開始された。
「二匹目がいた」
『近いか?』
「今すぐ飛びかかってくるわけじゃねえと思うが、あまり時間をかけてたらさらに増援が来るだろうな。……目の前のアイツを一瞬でケリつけることは出来るか?」
『後ろの奴がご家族に牙を剥くことになるぞ?』
「対応策もちゃんとある。いいか? 最初に……」
『……ふむ、…?……ほう、いいな。解った、やってみよう』
「頼むぜ。……しっかし今更なんだが、変に保守的にならずに速攻で決めてりゃよかったな」
『過ぎた事を悔やむだけに意味はない、ここを切り抜け、これからに活かそう』
「ヒューッ、頼りになるお言葉だ。んじゃあ決めちまおうぜ」
二人の会話が終わった瞬間に護衛の体制を解き、遠巻きにのんきして眺めていた化物に対して速攻を試みる。こちらが盾を深く構えて防御体制を取ったのを見て、罠にはまったままの状況を維持しようと遠くで眺めていた化物は、前触れのない攻勢に面食らった。
初動が遅れたのを見逃さず盾を捨てながら突撃槍の一撃を繰り出す、化物は回避しきれずに疾風の如き一撃をなすすべもなくその身に受ける形になった。
槍が化物の体を貫き、すぐさま引き抜く。傷口から止めどなく血が溢れ出し、激痛に苦しむ断末魔が空間中に響いた。
いくらか離れた場所にいる家族も耳をつんざくようなその絶叫に顔をしかめ、視線を下に向ける。後ろから二匹目が奇襲を仕掛けてきているのも知らずに。
勢いそのままに二匹目の化物は高く飛び上がり、考え無しに突撃を行って警戒を怠った鎧の男を内心嘲笑いながらその口を大きく開け……。瞬間、口の中に何かを叩き込まれ、その何かは化物の体を突き抜けて吹っ飛んでいった。
化物が上げたくぐもった悲鳴を上げたのを聞いた一家は、二匹目がいたことに仰天し、大慌てでこちらに向かってくる。
「はっ、何ちょっと笑ってんだよ。ケダモノが」
先ほど口の中に叩き込んだもの、それは空いていた鎧の拳であった。
槍を相手に突き刺し、それを引き抜くために突き出した上体を思い切り引く。そしてその勢いを殺す事無く下半身を固定し、上半身を高速回転させて勢いを何倍も上げる事で拳が飛んでいくほどの速度を確保。
そしてリビングアーマーであるソーデットが鎧の体を自由に扱えることを生かし、腕部の装甲を分離させて拳を飛行させる、ここに即興のロケットパンチが成し遂げられたのであった。
「まあまあ頭は良かったみたいだけどよぉ、相手の格がヤバすぎたって訳よ。なーっはははははは!」
化け物どもを叩き潰したあと、鉄心の判断で安全の確保のために一旦街まで戻る、食堂で軽い食事をとりながら互いに一息ついた後に、男に何があったのかの説明が始まった。
裕福そうな家族は有力商人だということであり、この辺りには仕事できていたという説明が行われた。加えて、ちゃんと一流の護衛を連れてきていたこと、その護衛たちは奮戦虚しく先程の化物の大群に加えてそれらのリーダー格と思われる者に全滅させられたこと、それは矢、剣、槍などの武器が全く通じなかったこと、そしてその化物共をなんとかしなくては商売相手の下にたどり着けないということを伝えられた。
(金の匂いがするなあこりゃ、うまく立ち回れば結構な稼ぎになりそうだ♪)
「そりゃ、大変だ。それに今の話からして、荷物も奪われたんじゃないの?」
「情けない話です、このままでは先方との取引がフイになってしまう。我々は信用第一だというのに」
「ふ~~ぅむ」
表面的には素面で話を続けながらも、鉄心は心の中では意地汚い笑みを浮かべていた。思考は完全に打算で埋まり、丸々と太った男から今できる限りを搾り取ろうという情熱で、ありもしない胸の中は満たされていた。
ちなみに敬語を使わないのは、今更言葉を改めたら警戒されるかもしれないという考えからである。
(こいつは完全に弱り目で今すぐ頼れそうな奴もいない、しかし急がなければいけない身の上であるとしたら、藁にすがってでも助けを求めてくるはずだ! そう、ちょっとばかし法外な金でも渋々払っちまうくらいするだろう。それほどコイツはピンチなんだからな……ヒヒっ)
「……よっし! 俺が力になるぜ」
「ほ、本当ですか!?」
「モチのロンだ! んで? そのバケモンにはどの辺で襲われたんだ?」
「ああ、それなら……、これを見てください」
というと男は懐から地図を取り出し、それを机の上に大きく広げる、給仕に頼んで書くものを貸してもらったところで説明が行われた。
「襲撃された場所は街道を迂回したその道中でした、順路は何故か橋が落とされていたり、ガラクタが散乱されておりました。復旧には数日かかるとの事で、急ぎの用でもあり護衛も一流の者たちを雇っているので問題はないだろうと思っていた所……このザマです。」
「迂回路。なるほど……ってことはこの辺りになるか?」
そう言って指を……指を指そうとしたが肝心の体が動かない。鉄心は何度も感じたこの不自由に苛立ちを感じながらもキョトンとした顔で彼と地図を見比べる商人に愛想笑いを返した。
その途端、体であるソーデットが動き出し、地図のとある地点に指を指す。そしてその点の周りを丸で囲んだり、指で何度も叩いたりしてその地点をことさらに強調し続けた。その行動に鉄心はハッとした顔つきになり、自信に満ち溢れた顔で言葉を紡いだ。
「ここだ。きっとそいつらはここにいる」
「な、何故解るんです?」
「…………長年の、勘ってやつかな?」
「……成程……」
地図を見ながら訝しげな顔で返事をする商人の男。少し前までかなりテキトーなことを言っていたのに急に断言した口ぶりに変えた鉄心を僅かにいぶかしんでの言動であった。
自分達の実力が疑われていることを感じ、鉄心は咄嗟に他愛のない話題に変えて自分への不信感を少しでも和らげようとする。
「ところで話は変わるんだけどよ、何で取引に奥さんや子供を連れてきたわけ? 金持ってんなら安全な場所でのんびりとさせた方が良いだろ」
「それは……そのう……」
「ん、何だ? 言いにくいことなら別に」
「近頃家族とあまり一緒にいてやれなくて、商売相手がいる街は観光地としても有名なので久しぶりに思い出作りもいいかな? と……」
「ブッ、ク、クククッ…」
「わ、笑わなくてもいいじゃないですか!」
「いや、その…悪ぃ!」
(意外と家族には優しいのな、あくどい事やってんのかも知れねえけど)
わずかに空気が和んだ。視線を外すと息子がナイフとフォークを逆に持って肉を食べようとしたり、よく噛まずにすぐに飲み込もうとするのを咎めている彼の奥さんが目に映る。夫の方もそちらを向き、まん丸な顔に優しげな笑みを浮かべて二人のことを眺めていた。
「まあ、相手の位置もわかったし、大船に乗ったつもりでいてくれや。……それで、ちょっと意地汚い話になるんだがよ」
(さあ、こっからが俺にとっての本題だ)
「あっ、ああ、申し訳ありません。……礼金は弾ませていただきます。」
場を和ませるためだけの話題でけっこう脱線し始めたので、最も肝心な部分の話をするために強引に話題を引き戻す鉄心。それに応じて商人の方も緩んだ顔を引き締めて仕事の顔に戻っていた。提示された額はなかなかのものであったが、鉄心は【なかなか】程度でこのおいしい話を終わらせる気などない。
そうしていると体の方は立ち上がり、真っ正面から商人を見据える形になる。自分を大きく見せることで話を押し通す方法もあるということを思い出して、ソーデットの意外な気配りに内心驚きながらもさらに礼金を引き出すための現在の状況の羅列を行なった。
「なるほど、結構な額だ。しかしよぉ、一流の傭兵多数を倒しちまうような奴を倒せっていうのにこの額は少なすぎるよなあ」
体の方は商人の肩をポンポンと叩いている。
「あと足元見るようで悪いけどさ、そんなのと戦って欲しいなんて今頼めるの俺くらいだよなあ」
体はもう片方の手の親指を立てながら、自分の胸に押し当てる。『まかせろ』と言わんばかりに。
「だからもう少し色をつけてもいいんじゃないかって思うんだよ、あ、どれくらいかはそっちの誠意で決まる話だから」
ソーデットは肩においていた手を離して入口の方に振り返り、鉄心の話の内容も無視して化物たちの討伐に向けて走り出した。
調子に乗って目をつぶりながら余裕の態度を保っていた鉄心は、その凶行にも気づかずだらだらと話を続けており、気がついたのは街を出て少ししたあとであった。
「誠意ってのはさ、相手に聞くもんじゃないってのは知ってるよな、相手が自分にこれだけ払ったら代わりにしてもいいって思える分を予想するものなんだよ。でもどれくらいが丁度いいのかは分かんねえしあまりにも少なすぎたら失礼に当たるよな? だから定番としては多めに払っておくのが……」
「結局タダ働きかよ」
『困っている人を助けるのが英雄というものだろう、それに別段タダというわけでもないだろうしな』
彼の体の方は自信満々で去っていった手前、金欲しさにのこのこと戻るのはどうにも締まらないと考え、ソーデットが指した位置に向かって移動する、彼としては確かに金も手に入れたかったがそれ以前にカッコ悪い真似は嫌という感情があった。
「何に?」
『食堂での食事代だ、咄嗟に出て行ったからあの男が建て替えないといけないことになったろうな。借りができた』
「お前が飛び出さなきゃよかった話だし、モノを頼む立場なんだから向こうが払うもんだろ?」
『解らんぞ? あの男はちゃんと勘定を等分するつもりでいたのかもしれない。あまり自分に都合よく考えるのは良くないぞ?』
「は~い」
いつまでも続きそうな会話を切り上げるために、鉄心は全く心のこもらない謝罪を返した。しかしそんな言い方でもソーデットは納得して話を終わらせた。
「しっかしあんな簡単に化物どもの住処がわかったもんだな。どうしてだ?」
『お前も言っていただろう? 長年の勘だ、修羅場は幾らかくぐってきたつもりなのでな』
「カッコイイねぇ。それで、場所を指差してたけどオッサンの地図なしでそこまでたどり着けるのか?」
『…………』
鉄心の話を強制的に切り上げさせて店から飛び出し、そのまま街からも出て行ってしまった彼らは、化物に対する準備も何もしないままにここまで歩いてきたのだった。
彼の問いに対して言葉を詰まらせてしまうソーデット、先程まではしっかりと地面を踏みしめて堂々と歩いていたのだが、黙り込むのと同時に足運びまで止めてしまう。バツが悪そうに胸部装甲をカリカリと引っ掻いた後におどけた口調で答えを返した。
『てへっ』
「そうかよ、解った後は俺が何とかするから」
『透視か?』
「おう、ローラー作戦だ」
『ろおらあ……?』
質問には答えず、鉄心は透視能力を発動させる。木だろうが岩だろうがレンガだろうが女性の服の中だろうが全て見通せる彼の目が相手では、隠れ家の発見など簡単なことだった。
発動させて少しすると、先程交戦していた化物と同じタイプが数体集まってどこかに移動しているのを発見した。かなり遠くであったが、この目はどれだけ遠くても簡単に見通してしまうほどのものだったので、化物達に気づかれる範囲に入る前に先に見つけることができたのである。
化物たちがいた方向をソーデットに指定して、彼はそのまま奴らが向かっている方の区域をくまなく探していると、大きく鋭い爪を持ち、ウロコのような茶色の皮膚をした二足歩行の大柄な怪物が他の化物達に命令をしている姿が目に入った。
そいつはあちらこちらへ化物を散開させたあと、面倒そうに切り株に腰掛けて苛立ちを誤魔化すかのように足元にある何かを蹴飛ばした。それは……
「俺の体じゃねえか! あの野郎っ……!」
『見つかったのか? それは良かった』
「良くねえよ! 考えても見ろ、化物があれを捨てたり刻んだりせずに一応形を残して手元に置いてるってことがどういうことか!」
『……博士の計画が露見してる!?』
「そうだよ。クソッ、相手にバレてる時点でミスってんじゃねえか、あのクソジジイ」
『どうする?』
「奴は多分何かを待ってる、そうじゃなきゃさっさと移動しちまってるはずだからな」
『なら、速攻か!』
「安全に行きたかったけど、もうそれしかねえ。面倒な状況になる前に決めるぞ」
戦闘の方針を簡単に決め、全力疾走でボス格のいる場所まで向かう。身体は鎧そのものなので疲れなど存在しない、全くペースを落とさずに目的地点までぐんぐん近づいていく。
ふと、鉄心は商人の言っていた槍も何も通用しなかったという言葉を思い出す。彼女の装備している槍は確かにそこらへんの武器屋で作られているものよりずっと優れたものであるが、それでもちゃんと効くのかどうかはわからなかった。そのことについてソーデットに尋ねると、
『問題ない、私に名案ありだ!』
という返事を彼に返した。妙に自信たっぷりな返事に彼は少々不信感を抱いたが、時間がないかもしれない状態で一度装備を整えに街に戻るなどできず、その言葉を信じることにした。
思い切り走り続けたおかげか、あまり時間を浪費することなく化物たちの警戒範囲のギリギリに到着、そこで二人は茂みに身を隠し、立てた作戦の再確認を始めた。
『突撃して道中の敵をなぎ倒しつつ親玉の首を落とす。こうだな』
「違う。あいつらの警戒順路と移動周期はずっと見てて解ったから、一番層の薄い部分から中心のあいつに向かって突撃、これが計画だっての」
『突撃するじゃないか、半分はあってたな』
「はあ……、……いいか? どうしてもあの四足どもには見つかっちまうだろうけど、あんま相手すんなよ。使うにしてもその腰につけた剣でだ」
『槍の方が使い慣れているのだがな、仕方ない』
彼女は盾と突撃槍を装備し、ついでに剣も装備している。しかしランスは魔法により伸縮自在であるという特殊な能力を持っており、このことから持ち運びや奇襲などにとても便利な代物であったので、剣はあまり日の目を見られないでいた。しかし博士は剣が必要になる状況も必ず出てくると力説し、彼女に無理やり剣を装備させたのであった。ほとんど槍で間に合っているが。
四足の化物達に遭遇する数が一番少なくなる瞬間がやって来る、フルプレートの体で疾走する以上絶対に音は鳴り、それを聞きつけた敵は二人のもとに疾走してくるのは確実だった。
しかし、そんなことは二人は織り込み済みだった。剣を引き抜いて茂みから這い出し、警戒網の中心部、親玉のいる場所まで全力疾走を始めた。
走る、茂みをかき分け、突き出した木の根っこを飛び越え、足元に落ちていた小枝を踏み折る。隠密など一切考えない、全力での強行突破だ。
少しすると、正面に四足の化物が立ちふさがる。こちらに威嚇を行うが、それを全く無視し猛進を続ける二人に顔面への飛びかかってでの噛み付きを敢行する。
ソーデットは速度を全く落とさずに大口をあけた四足の下顎を捕まえ、握りつぶす。下顎が途中から千切れ落ち、激痛による悲鳴を上げる化物を保持したままさらに直進を続けた。
悲鳴を聞きつけてか、今度は二匹が二人に併走する形になる。鎧の手の中にいる一瞬で片付けられたらしい同胞を見て、無謀な行動は避けて距離を保って好機をうかがっていたが、ソーデットはそんな行動を許すほどのんきな性格ではなかった。
両手の中にある二つの武器、剣と化け物の死骸を左右で様子見をしていた二匹に対して投げつける。剣を投げつけられた方の化け物はあまりに滑らかかつ自然な動作で放たれたそれに反応できずに、胴体部に剣を叩き込まれてそのまま木の幹に貼り付けにされる。もがき苦しみながら脚をばたつかせる姿は、体を襲う激痛から必死に逃げ出そうとするように見えた。しかし動かす足は虚しくも空を切り、いつまでもその責め苦から逃げることは出来ないまま息絶えた。
化け物の死骸を投げつけられた方は、それが剣よりも幾ばくか飛来する速度が遅かったこともあり難なく回避に成功する。そう、【回避】は成功する。回避した先には、地面から木の根っこが飛び出しており、それに足を取られて化物は転倒した。
転んだ状態から体勢を整えるのに時間を取られてしまい、二人への追走が遅れる結果を生んだ。
四足の構造上、疾走している最中に咄嗟に回避するとしたら横に飛ぶのが一番自然に動くことができる。鉄心が透視で都合よく木の根っこが飛び出している場所を先に見つけ、それを伝えられたソーデットがピンポイントに死体を投げつけてその場所によけるよう誘導、コンビプレイが輝いた。
「近くなってきたぜ。へっ、ビビってやがるな。それにクセエのなんの」
『四本足共はどうだ?』
「……。アイツへたどり着くまでには襲ってこねえ、だけど少しでももたついたら囲まれるぜ。」
『速攻即殺、わかったぞ!』
怪物は今起きている非常事態に完全に戸惑っており、先程までの金欠の不良じみたストレスフルな態度は消え失せて二人がいる方向を向いて戦闘態勢をとっていた。
そして、透視が必要ないほどの距離に到達し、こちらの姿を認めた怪物はでかい図体を僅かに丸めて防御体制をとる。鉄心はその重厚な外見を肉眼で見て、確かに一般の武装での突破は困難そうであると判断して、突撃前に言っていた秘策についてソーデットに尋ねた。
「んで? あいつの防御に対する秘策って何よ?」
『これだ!』
と言うやいなや、彼女は……
鉄心の頭を、持ち上げた。
「へ?」
実は鉄心の頭は透視能力が使えるというだけでなく、とんでもなく硬いという利点もある、頭に装甲をつけていないのはこの世のどんな金属よりも頭の方が固いという理由であった。
故に。
『行ってこおおおおおおおおおおい!』
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ソーデットの最大の秘策、それは最硬の頭をもつ鉄心を投げつけることで武器の通らない怪物の防御を打ち砕こうというものだった。
怪物は目の前に現れた鎧の男の頭が急に取れたことに不意を突かれ、そして鎧の方がそれを全力で投げてきたことでさらに予想外を重ねられた。しかし防御は崩すことなく、腰を落としてしっかりと地面を踏みしめ両腕で防御を完全にし。
鉄心の頭が、腕ごとへし折ることでその防御を突破し、勢いは全く死ぬことなくそのまま怪物の顔面にめり込んだ。
「うどああああああああああ!?」
「グギャアアアアアア!」
鉄心と怪物の絶叫が重なる。怪物は鉄心の頭に腕を圧しちぎられ、顔面にめり込んでもその勢いが死ぬことはなく、異音をあげながら怪物の顔面がどんどん潰れてへしゃげていく。
最終的には鉄心の頭が怪物の顔面を圧壊して首からもぎ取り、そのまま二つは一緒になって茂みの向こうに飛んでいった。
『よし、大成功!』
吹き飛んでいった二つと、頭と腕を失ってその場に倒れ伏す怪物の体を見てソーデットは満足げにガッツポーズを繰り出した。その彼女に後ろから追走していた四足が飛びかかるも裏拳一発でKOされる。
その後もあちこちから四足の化物が彼女に殺到していったが、全て片手間で駆除され、鉄心の胴体を保持していた怪物どもとの戦いは終わりを告げた。
「俺の体、へへっ、俺の体だああああああっ!」
『体だけ増えてもこれといって変わることもないだろう?』
「変わる! 俺の満足感と安心感がな!」
潰れカボチャみたいな状態になった怪物の頭とべったりとくっついたまま長いこと放置され、少し前までは不満たらたらだった鉄心も、自分の体を自分の肉眼で確認した途端この世界で初めて涙を流しながら歓喜の声を上げていた。
「ソーデット! 俺の首を俺の体に着けてくれ! そうすりゃ俺は体と一つになれるんだ!」
『確かに、博士からの説明ではそんなことを言っていたな。解った』
鉄心の頭を持って、鉄心の体にくっつけようとするソーデット。割と慎重に取り付けようとしているので工程はもたついていたが、彼の頭は自分の体がついたことの利点を妄想するのに夢中だった。
(俺の、俺の体! やっと頭だけの全然思い通りにいかねえ毎日がマシになるんだ! ああ~戻ったらまずは何をしようかなあ……やっぱり透視と言ったらやることは一つ、女の服の下を……グフフ、いいぜえいいぜえ向いてきた! 幸運の星が俺に向いてキターーーーーーッ!)
そして、ソーデットはやっと頭をきっちりと体にくっつける。そのとたん身体は神々しい光に包まれて、熱を持ち始める。鉄心は自分の体の感覚をきっちりと受け取り、幸せの絶頂といった笑顔を見せながら大声で叫んだ。
「ビバグットカモン! 俺の体ああああああああああああああ!」
そして光が消えた時……、胴体はどこにもなかった。
「ああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー…………」
元通りの頭だけに戻り、ソーデットはいつもどおりに頭を自分の上に置く。鉄心の顔には先程まで満ち溢れていた生気は消え失せて、色は土気色を通り越して完全な白色になっていた。彼女はそんな姿の彼を気の毒に思い咳払いを一つ払った後、フォローの言葉を一言だけつぶやいた。
『気を落とすな』
「できるかぁ! 何で!? なんで俺の体どこいった聞いてんのかええ誰か答えろ返せ俺の体返せ糞ジジイ嘘つきやがったぶっ殺してやる出てこいやクソおおおぁあああっァァァ!」
『うるさいのう、聞こえてるわい!』
鉄心は頭の中が完全に混乱して、とりあえず思い浮かぶ呪詛をありったけ周り中に履きつけていた、そうするとソーデットから先程までの凛として透き通った声とは全く違うしわがれた老人の声が聞こえてくる。そしてソーデットの鎧の中から光が発せられると、その光は鉄心の顔の前で一人の人間を形どった。
七十歳ほどの白衣に身を包んだ腰の曲がった老人であり、てっぺんには毛がなく頭の周りに申し訳程度に生えているだけであった。
『全く、いきなり人を殺すなどと言うとはなにごとじゃ! やはりソーデットのような人格者をお主につけておいてよかったわい』
「よお爺、遺言はそんなところでいいか?」
『バカモン! わしを殺せばこちらにあるお前さんの体はもうどうしようもなくなるぞ!』
「……は? え、どゆこと? こことジジイの研究所ってかなり距離あるはずだろ」
『転送させたんじゃ、お前さんの頭がお前さんの体や四肢に触れるとこちらに転送できるように術式を組んでおいた』
「なんで俺に使わせてくれねえんだよ、俺の体だぞ!」
『お前さんはこのままじゃうまく力が使えないんじゃ! 頭は既に魔法技術で使いやすいように調整しておいたがほかの部分はまだでな、それにわしの推論では体が最も影響力のある力が使えるはず、そんなもんが暴走して爆発でもしたらどうなる!』
「……だあっ! もう、解ったよ! 」
『解ればよし! いずれお前の体も頭と同じように使えるようにしてやるわい。転送魔法を逆に使えばお前のところにすぐ送れるしのお』
「はあ、ちくしょう、ぬか喜びさせやがって」
『ではな、次の部分の情報を捕まえたらぬしらに伝える、それまではそちらでも自主的に捜索を続けてくれ』
二人の言い合いがおわり、ソーデットから放たれた光は彼女の中に戻っていく。そしていつもどおりの綺麗な声が鎧から発せられた。
『……博士は何と言っていた?』
「体はなくなったわけじゃねーってのと、いずれ使えるようにするって言ってた。ああ、あとしばらく休んでもいいって」
『それは嘘だな、では旅を続けよう』
鉄心は本当のことを途中まで言っていたが、最後にさらっと嘘を混ぜる。しかしそれはソーデットにあっけなく見抜かれてしまい、彼女は歩きだす。化け物を仕留める時に使った剣を回収するために。
「ちっ、ジョークの一つぐらいいいじゃねえか、んな無下に切り捨てなくてもよー」
『お前だって自分の残りの四肢を取り戻したいだろう?』
「情熱が一瞬で吹っ飛んだぜ。ああーダラダラしてー」
『いつも特に何もしてないきがするが……』
「バッカお前俺頑張ってんぞ! 相手の弱点見抜いたり奇襲察知したりいろいろさあ」
『む、それもそうだな。ありがとう、それについてはとても助かっている』
「だろー? だからさ、たまには休みの一つでも」
『次の街にはどうやっていこうか』
「無視すんな!」
互いに軽口を叩き合いながら歩を進める。この先に何が待っていようが彼らは立ち止まって諦めることはないだろう。一人は純粋に人を助けたいという望み、もう一人は自分の全てを取り戻すという欲望がある限り、決して。
「あんまり根を詰めなくてもいいだろー? 適当にやってさ、その間に何か娯楽でも楽しもうぜ?」
『……お前、流石に情熱を失い過ぎではないか?』
…………決して。