テーブルには二つのカップ。
いつものように、そこに座る君がいた。
「いつもの、いれて?」
君はなぜか疑問形でコーヒーをねだった。
特に普通のインスタントコーヒー。砂糖多目、牛乳多目。そして、内緒でちょっとだけ蜂蜜を入れていた。
「いつものでいいのか?」
そう答えてみるが、いつも分量は適当だった。
君の分と俺の分。
だからテーブルには二つのカップが並んだ。
いつものように、それを飲む君がいた。
「また、その飲み方?」
それがお決まりのように俺は言った。
君は行儀悪く、カップをテーブルに置いたまま、唇を付け、少しカップを傾けた。
「だって熱いんだもん」
触れたこともあるその柔らかい唇を、小さくむにゅむにゅ動かして飲む姿はまるで幼稚園児。もちろん、そう思っても口には出さない。
言ったらきっとやらなくなる。
だから俺は口には出さない。
いつものように、底が見えてきた。
「スップーン、ちょうだい」
君はスプーンを受け取ると底に固まっていた蜂蜜とコーヒーの粉の塊をこっそりすくっていた。俺が蜂蜜が溶けずに隠し味にさえなっていないことに気が付いたのはつい最近。
君の言うスプーンの発音が気になるが、指摘しない。きっと言うと直してしまうから、口には出さない。
言ったらきっと言わなくなる。
だから俺は口には出さない。
今日も、いつものように、コーヒーを入れる。
「いつもの、だけどいいよね?」
俺はやっぱり疑問形でいう。
カップはテーブルの上に置かれたまま、僅かに湯気が上がっている。
君の写真からは返事は無い。
だけど俺の耳には聞こえてくる。
『だって熱いんだもん』
そして俺は口に出す。
「スップーン、じゃない、スプーンだ」
君の分と俺の分。
今もテーブルには二つのカップが並ぶ。
失礼しました。ありがとうございました。