不思議な人
昔からの使命だった。
巫女により、世界を脅かす魔王を倒す勇者を選ぶということ。
そして、その勇者が僕だということ。
数ヶ月前に僕は故郷を出て、今この状況に戸惑う。
まず、彼の容姿に驚く。
黒髪なんて珍しい。魔王は髪が黒いって聞くけど、この魔王じゃないよね。
次に見た目。クールビューティーで綺麗な人。
絶対に僕がいた村にはいないような見た目。
そして、僕が男だとすぐに気付いた。
「あの……」
「黙ってれば、良い?」
僕が言いたいことを的確に言う。
まるで僕の気持ちが分かるかのようで、彼のほうが勇者に相応しい。
「ここ、どこ?」
さっきも呟いていたけど、僕はてっきり僕の大好きなロコモコかと思った。
なんだ、ここの場所を知らないんだ。
こんな僕にでも、役に立つことが見つかった。
「ここは、ファンダム」
「……ファンダム」
「そう。ファンダムっていう全体の名前なんだよ。それで、ここは……田舎だから名前はないんだ」
「……近くに村は?」
すごく冷静で、なんでも出来ちゃうような彼。
素敵で、お兄さまって呼びたくなる。
けど、お兄さまっていうより、やっぱり魔王みたい。
少しだけ美しい中に怖さがある。
「村はあります」
これから、そこに行こうと思ってたんだ。
もう日も傾いてきたし、肌寒くなってきたからさ。
野犬に追われても困るしね。
村は僕たちに優しかった。
勇者だと分かったのか、泊まってくれとの言葉ばかり。
ご飯もくれた。
そして、彼と別の部屋になってしまった。
僕が女の恰好をしてるからだろうけど……。
魔王が勇者が女だと知れば、油断すると思ってのことだと思い、この恰好。
というか、させられた。普通に考えたら野党に狙われない?
「自己紹介、まだだったね。私は、メイル」
「……」
彼は黙ってしまった。
もうちょっと彼のことを知りたくて、部屋に押し掛けたのが悪かったのかな。
「リン」
どうやら、それが彼の名前みたいで、忙しなく辺りを見渡していた。
何もかも興味の対象なのか、顔が少しだけ輝いた。
テカったなんて言ったら消されるかも。
「あ」
僕は思わず声をあげた。
なんか、思い出したことがある。
なんだったか、忘れてしまったけど。
リンは、気付かないうちにファンダムに来てしまったんだって。
ジテンシャなるもので、変な人を踏んだことの呪いかも、と呟き僕の方が怖くなってきた。
「メイル、勇者。本当?」
「うん。本当だよ……。私ちょっと変な村の出身でね、そこでは……えっと、いついつに生まれる子は勇者の生まれ変わりなんだって」
「バカじゃないか」
「……まあ、そうなんだけど。でも当たり前のように過ごしてきたからね」
よその人からしたら変なことなのかもしれない。
でも、それは村で決められたことだし。
「なんか、変。村のことなのに、なんで勇者が別のとこで?」
「あー、うん。そのことはね、勇者って、私の村にしか生まれなかったの。いつも、魔王を倒すのが、私たちの村のしきたり」
「魔王は、復活するのか」
「うん。何年かに、一度」
なんか当たり前のことなのに、説明するのって変。
まるで、リンは何も知らない赤子みたい。
こんなに知らないなんてこと有り得るのだろうか?
「リン、どこから来たの? もしかして、東の大陸?」
あそこは僕たちの村と違って、機械などがあるから発展してるから、勇者とか魔王とかのことは関係ないんだよね。
魔王も東の大陸には渡れないみたいだし。
というか、リンってなんだか言葉のまとまりがない。
話すのが苦手みたいで、僕となんだか似てるような気がした。
「そこは、秘密」
隠してる理由なんて、僕には到底理解できる水準にも満たなかった。
分かろうと必死に手を伸ばそうとしても、きっと払いのけられる。
「リン、良い名前だね」
無難に言葉を作った。
嫌われないようにって、必死すぎて笑いが生まれた。
一人で笑っていると、リンはムスッと表情を怖くした。
肩が分かりやすく跳ねた。
うわぁ、機嫌を損ねちゃったかな?
リンは、すぐに何でもない、と自分に言い聞かすように呟いた。
何を隠してるか、何に不安を持ってるのか僕は何も知らない。
初めて会ったときから、本当に不思議な人だと思っていたけど、空気が違ったのは東の大陸の人だから?
「うーん。リン」
「なに?」
「東の大陸じゃ、その服は当たり前なの?」
「……」
リンは自分の服を見下ろし、何かを考えたみたいで引っ張っていた。
「これは、違う」
「そうなんだ」
何が違うのか分からないけど、聞くに聞けない雰囲気だったから黙っちゃった。
黙っちゃったって済まないけど、なんかやっぱり恐い。
「分からない」
「こっちが、分かんないよ」
リンに気付かれないようにボソッと呟いた。
リンは魔王の仲間なのか、とか、僕はこれからどうしたら良いのか分からない。
「私ずっと引きこもりだったんだ」
「ニート」
「なにそれ。まあ、良いや。ほんとに田舎でね、田畑作業しか仕事がなくて、近くに町も村もないから誰も村を出る気がなくて一生を村の中で過ごすんだ。けれど、私は」
私は昔から決められた世界があるから、傷が付かないようにって閉じ込められていた。
そう説明すると、少しだけ表情が変わったような気がした。
僕を憐れんでいてくれるのか?
そう思おうとしたけど初対面だし、それはないか。
「一応ね、ある程度の武術は身に付けられたんだ。魔王を倒す前に負けちゃ意味ないって」
「……それで、あそこで倒れてたのか」
「た、倒れてたんじゃないよ!? きみが急に現れたからビックリしてて」
転んじゃったんだよ。
急に光に包まれた人が現れたら、魔王がいきなり現れたのかと思ったんだよ。
「レベル1で、魔王に挑むか。最低レベルも良いとこだな」
「レベルって、頭に付いてるの? うわぁ、初めて見えたよ。気にしてなかったから」
真っ白な太字で、レベルと体力だと思われるものが書かれていた。
「……えっと、仲間が欲しいんだけど、リンは、ダメかな?」
「むり」
即答だった。考える暇もなく首を横に振った。
あまりにキッパリ過ぎて、絶望を感じながら仕方ないと諦めた。
強そうに見えたから、戦いが楽になるかと思ったのに。
やっぱり、ここは王道に酒場に行くべきなのかな。
「メイル」
「ん?」
「自分の容姿に、違和感はないのか?」
「……なんで?」
意味が分からない。
自分って僕のことを意味しているよね?
それに、格好ってことは僕が女の子の姿をしてること。
「普通に考えたら、襲われるだろ」
「うん、だよね。でも、前の勇者は無事だったんだよ」
「……美談しか残されてないからだろ」
「あ、そっか」
勇者が襲われました、なんて絶対に残るわけがない。
じゃあ、どうしたら良いんだろう。
「……分かった。一緒に行く」
「ほんと? 良かったぁ。リンみたいな強面がいれば心強いよ」
「ちなみに先に説明するが、女だから」
「え? 誰が?」
「私」
「……あー。あの、えっと、男のフリをしてくれませんか? 逆に襲われやすくなるし」
女に見えないこともないけど、言われない限りはリンが女だなんて絶対に気付けない。
というか、信じたくないの一点張り。
僕よりも凛々しくてカッコイイんだもの。