プロローグ
始まりは、ほんの些細なこと。
当人からしたら、些細なこと、なんて言ったら怒るじゃ済まさないだろう。
川原を自転車のベルを何回も鳴らす。
まるで音楽を作るようだ。
「ちょっ、あ、あぶなっ」
声がしてるか、全く気付かずペダルに力を込めた。
断末魔が聞こえて、少し何かを乗り上げたことに気付いた。
「……あ」
タイヤの下にいる黒服のオッサンがいることに、今さら気付いた。
「あー、大丈夫ですか?」
「それ言う前に、退くくらいしてくれよ」
「……ごめんって」
降りると、わざと一度轢いてから離れた。
本当に、わざとかは本人のみぞ知る。
「見つけた。見つけたぞ」
「なにが?」
ゆっくりと手を伸ばしてくる男に、もう一度轢いた。
まるでゾンビみたいだと笑う。
今度は離さない辺り、気持ち悪かったのだろう。
「それより、なに?」
物騒で不気味で、今すぐにでも逃げたかったりする。
「リン」
「……」
「我は契約する。契約者は――」
「え……」
急すぎて焦る。
私の名前を知っていたことにビックリしたが、表情に出すことが苦手で、上手く表現できない自分に腹が立つ。
「さあ、きみは……どんな物語を創る?」
だんだんと年老いた声になっていく。
周りが薄暗くなっていって、私を包んでいく。
本当は不安で仕方ないのに、怖くないような顔になる。
強張って表情が固くなっていただけかもしれない。
まるで大型の冷蔵庫の中にいるような寒さで、吐く息が真っ白になっている。
体がガタガタ震える。
暖を取ろうとしてるのが、自分でも分かる。
目を開けるという行為をすると、自分の身近に起きてる現象に言葉を失う。
「どこ、ここ」
「ロコモコ!」
「………」
なんという反応をしたら良いのだろう。
後ろの変人、どうやら轢かれた人ではない。
もしかして、ロコモコが挨拶なのだろうか?
ニコニコと人の良い性格だと思われる女の子……?
ここ重要! ハテナマークが付くのが重要。
「こんにちわ。私は勇者」
あ、言葉は通じるみたい。
でも、勇者ってなんか現実離れした感じで、何なんだと叫びたい。
「……勇者」
「女だからって、思ってる?お兄さん」
お兄さん……?
だれが、私が?
急すぎて私は言葉を失う。
いや、急すぎるから何を話したら良いのか分からないよ。
だんだんと自分の表情が冷めていくのが分かった。
「男……だね」
「……!!」
目を光らせ、顔を隠すように俯かせた。
どうも、私は人の気持ちを汲み取るのが苦手なようで、言葉も上手いこと言えない。
そのせいで酷い目にあってきたのだけど、こうも問題が小さいのは珍しい。
クールに見られがちなのだけど、別にお姉さまと呼ばれるように慕われるほどのことはしたつもりもないし、何よりも、私こう見えてヘタレなんだよね。
今も知らない世界に怯えてるんだよ。
全くそう見られないから切ないけどね。