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第二話 目指せ学園アイドル!①

 太陽が沈んでしまった時刻に関わらず、部屋の照明はついていなかった。暗闇と静寂に包まれたマンションの住居。冷房だけが効きすぎているのか、ドアを開けた瞬間の外気との気温差は凄まじかった。

 ひんやりと身体を包み込む冷たさが心地良く、目を細めた。

 玄関で靴を脱いでから手探りにスイッチを探し当て、パチリと点ける。

 スリッパを履いて、リビングへと続く扉を開いた。

 玄関の小さな照明で、リビングもなんとか見渡せる程度の視野の中、片隅で蹲って膝の中に顔を埋めているセーラー服姿の少女を発見する。

 雪音は溜め込んでいる全ての厄介ごとを吐き出すように、息をつく。


「暗い」


 言うと、少女ははっと顔を上げた。

 泣きはらしたのであろう目が赤く腫れている。その少女、吹雪が雪音の姿にようやく気付き、慌てて立ち上がった。


「ご、ごめんなさい。陽が落ちてるの気付かなかった」


 雪音はリビングの照明を点ける。肩にかけていた鞄をソファーに置いてから、改めてもう一度眼鏡の奥から吹雪へと瞳を向ける。


「暗いのは吹雪よ」


「……ごめんなさい」


 吹雪が気まずそうに俯きながら、呟いている。


「吹雪、あなたってなんだってそんなにヘタクソなの?」


「わたし……お姉ちゃんみたいに器用じゃないもん」


 拗ねた口調の吹雪へと雪音は歩み寄っていく。腰を屈め、華奢な肩を抱いてやった。


「知っているけどね。そんなに落ち込むのなら突っ走って玉砕する癖を直しなさい」


 本当に、見ていられない。

 雪音は小さい妹の頭を労わるように、撫でてやる。

 吹雪が肩を震わせて泣き出してしまった。


「どうしようお姉ちゃん」


 嗚咽交じりに言う吹雪に、雪音は頭を撫でてやることしかできない。

 本当に、この子は不器用で、泣き虫だ。白い頬が紅潮し、瞳からは純粋な雫がとめどなくこぼれ落ちていく。

 久しぶりに会っても、やはり吹雪は変わらず吹雪のままだった。

 守ってあげなきゃ何もできない、私の妹。


「やっぱり今まで通りの作戦で行く? 反対してきたのは吹雪だけど」


「だめだめ! いきなり殺すなんてそんなことは……」


 吹雪がぶんぶんと強く首を振っている。長い黒髪が一緒に揺れる。

 雪音は思わず柔らかい笑みをこぼしていた。


「吹雪は優しいのね。たかが人間一人の為にまさかあの場面で飛び込んでくるとは思わなかった」


「……わたしの為に犠牲者が出るのは嫌なの」


「無茶なことはしないで」


 今日の昼休み、由貴をラブレターで誘い出したのは、雪音であった。もちろん、命を奪う為に、だ。その為にわざわざ人払いまでして舞台を整えておいたのに。

 あの局面で邪魔が入るとは、雪音も予想外だった。

 自分を追いかけて、妹がこの世界に飛び込んでくるなんて。


「私の洗脳能力でなんとかあなたを転校生として、この世界にねじ込むことはできたけれど。本来あなたはこの世界にいるべきではない存在なんだから」


「だってお姉ちゃんは、私が止めなきゃ相沢由貴を殺すでしょう? 他の方法だってあるのに」


「吹雪が言う他の方法を、達成はできそう?」


 雪音は意地悪かもしれないが、はっきり問いかけた。吹雪が八の字眉になって、どんよりと黒雲を背中に背負ってしまった。


「どんなに時間かけたって無理かもしれない。相沢由貴は、わたしのこと全く微塵も好きになってくれそうにない」


「うーん……」


 確かに。相沢由貴は吹雪に好意を持つどころか、おそらく今日の出来事で真逆の感情を抱かせてしまったに違いない。

 殺すのが何より一番簡単な方法なのだ。けれど、吹雪はそれだけはダメだと言い張っている。

 不器用すぎる妹を見下ろし、雪音は再びため息を漏らす。


「そうだなぁ」


 考えてもいい案は浮かばない。雪音は根がのんびり屋である。しっかり者に見えて、どこか抜けていると評されてしまう。


「とりあえず、ご飯食べに行こうか。腹が減っては戦が出来ぬってね」


「戦じゃないし」


「まぁまぁ。お姉ちゃんがおいしいものいっぱいご馳走してあげるから」


 雪音が言うと、吹雪の涙が途端にピタリと止まった。


「わたし、ぱふぇ食べてみたい!」


 先ほどまでの暗い表情が嘘のように瞳を輝かせる吹雪に、雪音は愛しい気持ちがこみ上げて頭をくしゃくしゃと撫でた。

 単純な妹で助かった、と胸を撫で下ろしながら。



***



 吹雪のリクエストで、近くにあるファミリーレストランにやってきた。この世界に来たばかりの吹雪にとっては何もかもが新鮮で珍しいらしく、いちいち感動している。好奇心に満ちた瞳が、キラキラ輝いて更に幼く見える。

 口の周りをアイスクリームでベタベタにしている吹雪を正面にして、雪音は食後のアイスコーヒーを飲んでいた。

 頃合をみはからってウェットティッシュを差し出すと、吹雪は頬をピンク色に染めながら口の周りを拭いている。


「吹雪にはやっぱり女の要素が足らないのだと思う」


 思いついて言ってみると、吹雪は眉根を寄せた。


「だってそれは純潔が」


「それだけじゃないと思うんだよね、お姉ちゃんは」


 吹雪がぐっと詰まる。


「可愛げっていうのかな? もうちょっと殊勝にならないと」


「それって相沢由貴に対して下手に出ろってこと?」


 いかにも嫌そうに吹雪が言い放つ。


「下手に出ろって言うと言葉が悪いけど、そういうことになるのかなぁ」


 雪音は特に意識せずとも嫌というほど男が寄ってくる。なので改めて惚れさせる方法、と考えてみても明確な答えは導き出せなかった。

 眼鏡の縁を触りながら、考え込む。


「そうだ! かわいい服を着てみるとかどうだろう」


「……服は着替えられないってお姉ちゃんが一番知っているでしょう」


 軽く睨まれて、雪音は誤魔化し笑いを浮かべた。

 そういえばそうだった。吹雪のセーラー服を作った張本人が度忘れしてしまっては元も子もない。


「いっそ全部事情を話しちゃうとかはどうだろう」


 言ってはみたものの、吹雪が受け入れないであろうことは予測できていた。

 予想通りに吹雪は強く首を振った。


「わたしたちの世界のことをこの世界の人間に話すのはご法度でしょ。お姉ちゃんだってわかっているはず」


「そうなんだけどね。でも、一人の人間に話したところで何か影響があるとは思えないし」


「駄目。そういう油断がわたしたちの立場を危うくするかもしれない」


「吹雪は固いなぁ」


「固くて結構だよ。相沢由貴は全然信用できないし」


「悪い子じゃないと思うんだけどな」


 放課後、息を弾ませて図書室に現れた相沢由貴の姿を思い返してみる。

 雪音の一挙一動に素直な反応を返す由貴が浮かび、雪音は思わず微笑みがこぼれた。


「あ、なんか思い出し笑いしてる」


 おもしろくなさそうに吹雪は口をとがらせた。


「相沢由貴はお姉ちゃんのことが好きみたいだね。純潔を取り戻すのがわたしじゃなくてお姉ちゃんだったらよかったのに」


 拗ねている吹雪を見て――くすりと笑ってしまった。

 やはり吹雪はまだ幼い。


「『純潔』を持つ者同士は接触できない。だから私は彼から純潔を取り戻すのは不可能よ。それにね、彼はまだ本当の恋愛を知らない。私に対しては外見だけ見て憧れているだけだから」


 そういう眼差しを何度も受けたことのある雪音だから、分かる。

 けれど吹雪は由貴の感情を勘違いして更に落ち込んでいるのか、さすがにパフェを食べるスプーンが止まっている。憂いに満ちた瞳を下に落とし、深くため息を漏らした。


「大丈夫よ、まだ時間はあるんだから」


 励ます為に言うが、吹雪の顔は上がらない。

 雪音も言ってみたものの、状況は絶望的だと思っていた。

 だからこそ、予防線は張っておかねばいけない。

 雪音は横目でちら、と遠く離れた席に座るカップル風男女へと目を遣った。

 カップル風男女はただ食事をしている様子に見えるが、さりげなくこちらを観察している。

 赤髪の少女と眼が合い、さっとその視線は逸らされた。雪音は愉しげに笑みを浮かべてから、吹雪へと視線を戻した。

 

「由貴君が吹雪のことを好きになる方法、か。何かないかな」


「もう無理かもしれない」


「簡単に諦めないの。最後まで頑張るからって吹雪は私と約束を交わしたのでしょう?」


 厳しい表情を作って言った。

 この世界に飛び込んできた吹雪と、交わした約束。覚悟と決意。吹雪がそれを破棄するような子ではないと雪音は知っている。

 吹雪はしばらく俯いていたが――


「うん」


 強く頷いて、顔を上げた。瞳に宿る、決意の光は消えていない。


「わたし、頑張る」


 やっぱり単純な妹に、雪音は微笑んでよしよし、と頭を撫でてやった。


「由貴君が吹雪に恋してキスしてくれたら『純潔』はあなたの元に戻って来るのだから。そうしたら、一緒に元の世界に帰りましょう」





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