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第四話 セーラー服を脱がないで①

 暑さ真っ盛りの、夏休み中盤。

 間断なく聞こえる蝉の鳴き声と、じりじりと照りつける太陽光線。窓の外の風景は、熱波でユラユラと歪んで見える。

 若槻八雲は夏休みだからといって、気が抜ける性格ではない。高校二年生ともなれば、そろそろ進学を考えた勉強もはじめなければならない。今日も早朝から冷房を効かせた部屋で、悠々と勉強していた。

 先ほど歪んだ風景を見ていた窓は、学習机のすぐ前にある。冷房をつけているので当然ピタリと閉まっている。

 ――その窓の外側に、虫のごとくぴったりと張り付いているものがある。虫のごとく、というか八雲にとって彼女は虫以外のなんでもない。

 先ほどから何度もどんどん、と窓ガラスを叩いているのだが開く気は毛頭ない。

 十五階にある八雲の住むマンションの窓に張り付いている姿は非常識極まりないが、八雲は表情一つ変えることなく、勉強を再開させた。

 しかし相手もしつこかった。

 ……三十分後。

 涙と鼻水と汗にまみれた相手を見かねて、八雲はようやく窓を開けた。これ以上窓を汚してほしくなかったというのもある。


「びどぃでずよ八雲様ぁ。ごおに、ずっど呼んでいだのに」


「お前に用なんてない。帰れ」


 ぴしゃりと切り捨てた八雲の言葉に、手のひらサイズの異形の物体は構わずに部屋に侵入してくる。

 彼女は雪音の使い魔で、子鬼という名称らしい。春からずっと八雲に付き纏っている。八雲自身は人間なのだが、こういった異形の者が昔から見えてしまう特異体質なのだ。その体質が見込まれたのか、雪音が子鬼を通して自分を利用している。そんな奇妙な関係が築かれて、もう大分日にちが経つ。


「僕はお前と仲良くなった覚えはないよ?」


「運命共同体の仲じゃないですか。こおにと八雲様は、一心同体!」


「潰そう」


 外用の顔を造らなくていい相手には容赦ない。八雲は冷酷な笑みを向け、子鬼へと手を伸ばす。子鬼は小さな身体を生かして、ちょろちょろとすばしっこく逃げ回った。身体が小さいのと頭に一本角がある以外、見た目は普通の人間、おそらく可愛らしい美少女の部類に入るであろう。長い赤髪と、汚らしいぼろ布を巻いただけの姿。あどけない大きな瞳が、八雲を見上げてくる。


「子鬼、こんなことしに来たんじゃないんですよっ」


「じゃあ帰れ。今すぐ帰れ」


「もう夏が終わってしまいます! いい加減どうにかしないと!」


「……吹雪さんのことか」


 八雲はようやく子鬼を追い回すのをやめた。

 子鬼は息を荒くしながら、立ち止まる。


「これ以上失敗を繰り返せば、子鬼は雪音様に役立たずとして殺されてしまいます。八雲様、子鬼の命を救ってぐだざああい」


 またも涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている子鬼。八雲は溜め息が漏れた。


「お前の命なんぞ知ったことか。雪音が苛立っているなら、八つ当たりされて殺されろ」


「ぎゃあっ子鬼の為に頑張ってくれてたんじゃないんですか八雲様! それに子鬼が殺されたら八雲様だって……」


「いつ僕がお前の為に頑張った。全く見に覚えがないな。目障りだから消えうせろとは頑張って願ってはいるが」


「雪音様の指示に従って、相沢由貴から『純潔』を奪おうとしてるじゃないですかぁ」


 確かに。八雲は相沢由貴から『純潔』を奪おうと目論んでいる。

 最初は焦りからだった。雪音の言う『純潔』がなんなのか分からないまま、由貴を襲って無理矢理に奪い取ろうとしたこともある。

 周防吹雪が転校してきて、ようやく全ての事情を子鬼から無理矢理に聞きだした。

 そこから、目的がガラリと変わった。子鬼は気付いていないようだが。


「雪音様の話じゃ、ここ最近の吹雪様は家にこもりきりで落ち込んでいるのだとか。そんな場合じゃないってのに!」


「全ては、周防吹雪を雪姫にする為に、か」


「そうですそうです」


「じゃあうまく相沢君をおびきだして殺すとするか。吹雪さんはその場に必要ないのだろう?」


「相沢由貴から『純潔』を取り出すことが出来ればいいのです。それを吹雪様に戻すのは雪音様の役割ですから。そりゃ、吹雪様自身が『純潔』を取り戻すことが一番の方法なんですけどね」


「彼女には無理だ」


 八雲が低く言い放つと、子鬼がびくっと身体を震わせた。殺気が漏れ出してしまったらしい。

 ぶるぶると震えている子鬼は本心から八雲に恐れを抱いているらしい。その表情が語っていた。それでも、自分に頼ってきたのはよっぽど決死の覚悟を持ってか。


「吹雪様だって、頑張っているんですよ……? 子鬼、物陰からずっと見てきましたから」


「知っている。最悪なことに、僕とお前の感覚は繋がっているからな」


 春に子鬼と出会ってから、何故易々と雪音に利用されているのか。

 運命共同体。その通りだ。子鬼は八雲にとり憑いたのだ。どういった方法なのかは不明だが、子鬼と八雲の五感は全て繋がってしまって。

 雪音が用無しだと子鬼を殺せば、当然八雲も死ぬことになる。

 つまりは、雪音に命を握られている状態にある。

 八雲は冷たい眼を、子鬼に向けた。


「……今度で最後だ。肝に命じろ。次は潰す」


「何故潰されなきゃ!? と、とにかくありがとうございます! 子鬼、感激です!」


「夏休みだし、相沢君をおびきだすには何か理由が必要だな。これは、うん。ちょうどいい人物を知っている」


 八雲の言葉に、子鬼が目を輝かせている。

 八雲は学習机の上に置いてあった携帯電話を手に取った。

 指でボタンを素早く操作してから、耳にあてる。


「……やあ、僕だよ。実は今から人を集めてほしいんだ。ん? 忙しい? 僕の頼みを断れる立場なのかな、君は。今日の午後だけでいいんだ。これでこの前のファンクラブの件を聞き入れてやってもいい。集めるメンバーや場所のことはメールで伝える。……何を疑っているんだ? 僕が寛大な人物なのは承知だろう? それじゃあ」


 通話終了。携帯電話をおろして、八雲は息をついた。

 全く面倒だ、その表情が物語っている。その眼を子鬼へと移す。


「誰と話してたんですか?」


 首を傾げる子鬼に、八雲はにっこりと凶悪な笑みを向けた。



***



 ――というわけで、市営のプールへと舞台は変わる。

 どういうわけなのか、ここに揃っている全員が完璧には理解していない現状なのだが。

 燦燦と照りつける昼下がりの太陽の下、プールサイドで集まった面子を並ばせ、八雲は爽やかな笑顔で仁王立っている。

 程よい筋肉のついた完璧な肉体美を余すことなく晒す、ぴっちぴちのビキニ姿で。


「やあやあ皆さん暑い中よく集まってくれたね」


「キモイキモイキモイんじゃぁあ!! 八雲やっぱりお前、人に嫌がらせをする為に呼び出したんだな!!」


 青筋を立てながら、叫んだのは時雨。セパレートの黒の水着姿。細身のスタイルの良さが際立っている。彼女自身はその事実を認めようとはしないが、八雲とは血縁関係にある。

 彼女が周防吹雪からファンクラブの女子たちを遠ざけろ、と命令してきたことをうまく利用させてもらうことにした。全く自分の与り知らぬことだったが、その願いを聞き入れることは簡単だ。そして全ての繋がりを持つ時雨に、この場に集める人間を指定したのだ。

 まずは時雨の横に立つ陽太だ。時雨の彼氏なのだとか。全くどこがいいのか分からない、ごく平凡な一般男子生徒だ。この人物には特に用はない。


「なんで生徒会長がいるんだ……」


 陽太が呆然と呟いている。ノーマルな海パン姿で、時雨の方に疑問の眼差しを向けている。目的の人物は、陽太の友人。

 更に横、同様に海パン姿の由貴が首を傾げている。


「いや、陽太に呼び出された俺が一番わけわからんのだけど。この集まり、何?」


「私も時雨先輩に呼ばれてきたけど、まさかこんな大人数だとは思わなかった」


 続いて発言したのは、春香だった。赤のワンピースの水着が女の子らしい。ふわふわした長い髪の毛を下の方で二つに縛り、大きく盛り上がった胸の上に垂らしている。

 そして春香の横に、最重要人物が立っていた。


「……わたし、帰る」


 セーラー服姿のままの吹雪が、暗い表情で言った。


「えええっ折角集まったんだから一緒に遊ぼうよ吹雪ちゃん。ね」


 春香に言われて、吹雪が渋々ながらその場に留められている。由貴が気まずそうに視線を泳がせ。場には不自然なまでに緊張感があった。


「で、これで全員なんですかね?」


 陽太が気まずい空気を振り払うように、八雲に向けて口を開いた。

 八雲はあっさりと首を振り、否定。


「いや、もう一人呼んである」


 八雲が言い、指差した方向に全員の眼が集まる。

 更衣室から、女の子が颯爽と出てきた。

 褐色の肌と赤い髪の毛という組み合わせの、それだけで見た目が派手な女の子だ。白いビキニでその場にいる誰よりも抜群のプロポーションを誇っていた。女の子は大袈裟なまでに手を振りながら、笑顔で走りよって来る。

 誰だ。

 八雲以外の全員が、思った。

 女の子は走り、そして何故か由貴の前に立ち、おもむろに由貴の首に腕を巻きつけた。


「うわああああ! 突然なんなんだああ! お前誰だあああ!!」


「えへへ、ワタシは八雲お兄ちゃんの妹で、鬼子って言います! よろしくね、ヨシタカ」


 突然登場した美少女は、抱きついていた由貴の頬に――

 ぶちゅ、とキスをかました。

 その場にいた八雲以外の全員が、ピシリと固まった。


「ワタシ、ヨシタカに一目惚れしちゃいましたー!」


「うえええええぁ!?」


 真っ赤になって身をひいている由貴と、むっとした顔をしている吹雪。

 それを見て、八雲は不敵な笑みを浮かべた。


「さて、じゃあはじめようか」






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