厳寒の候(1)
12月の体育館の空気は冷たく凛としている。
アップをしているうちに、体の熱気で湯気が出る。
試合中は常に全力で駆け抜け、相手を抜きゴールを決める。
この瞬間を味わいたくて、ただそれだけで続けているような気がする。
自分を鍛えるとか、心を磨くとか
そんな大層な理由は、俺にはない。
ただ、気持ちいいから、それだけだと思う。
今日は、市内の3つの高校がうちの高校に集まり、練習試合をやっている。
さすがに続けて3試合やると、疲れも出てきた。
次の試合まで3試合分間が開いている。
「疲れた、俺ちょっと休憩。」
大輔は二階の観客席への階段に腰掛け、
罰酒の紐を緩め、給水ボトルからゆっくり水分を取りながら、
次に行われる試合を見ることにした。
ぼんやりと、一年生が試合をするのを見ていたら
誰か近づいてくるのが視界の端に見えた。ゆっくり目線を向けると、
同じ中学でバスケットをやっていた、水瀬聡だった。
今日の練習試合に来ていたのは分かっていはいた。
中学からずっと続けているのは、俺とマキオとこいつだけ。
「よ、大輔。またでかくなったな。2m超えた?」
そう言って隣に座った。
「俺は巨人じゃねえよ。2mなんか超えるか。
俺の父ちゃんも母ちゃんもそんなにでかくないよ。」
そう答えても、聡は全然聞いてない様子。
「そういやマキオどこ行った?あいつも久しぶりなんだよね。」
「さあ、便所じゃねえの?」
そう言った時、視界の端に体育館の入り口から、マキオが美里と入ってくるのが見えた。
楽しそうに何か笑いながら、美里がマキオを持ってたプラスチックのかごで突いてた。
水瀬も気付いたらしく
「あ、マキオいた。いいよな、お前のところは可愛いマネージャーいるし。
誰かとくっついてたりしてんの?あの子。」
美里を見ながら水瀬が言った。
「は?美里が?ないない。あいつ色気ゼロでガミガミうるさいぞ。」
「美里ちゃんって言うの?可愛いよなあ。紹介してよ大輔。」
水瀬が手を合わせてそう言ってきた。
「ダメだね。なんでお前に紹介しなきゃなんないわけ?」
「なぁ、あの子、彼氏いるの?」
美里に彼氏。そんなの聞いたことないな。彼氏がいるとか。
何だか面白くない。マキオと話をしている美里をぼんやり見ていた。
水瀬がマキオに手を振ると、気付いたらしく、
美里にスコアを渡してこっちへ歩いてきた
「水瀬、久しぶり~。」
マキオは水瀬にハイタッチでじゃれついた。
「マキオ、お前が今一緒だったマネージャー。彼氏いる?」
「美里?いないんじゃね?番犬みたいなの付いてるし。」
そう言ってちらっと俺を見た。
「番犬ってなんだよ。」
水瀬がそう言うと、マキオがやれやれという顔で
「こいつだよ、こいつ美里の恋愛の邪魔ばっかしてんの。」
は?俺が??
「俺がかよ!なんだよそれ。」
「ほらね、自覚がないだけ悪質なんだよなあ。
引退した3年とか、美里を誘おうとしてたのに、お前が妨害しただろ。」
「妨害なんかしてねえし。話作るなよ。」
「だって、3年が美里が一人でいると追いかけて行くのを、
さらにお前がいつも追いかけてるし、
帰りが遅くなった時も、その先輩が送って行くって言ったら
自分で送るって言い張ってさ、追い散らしてよ。
うちの部じゃ、美里は大輔の許可なしでは恋愛も出来ないって話よ。」
マキオはニヤニヤしながら水瀬にそう言った。
「だから水瀬、諦めろ。相手が悪い。」
「だから、俺は関係ないって。」
「怒るなよ大輔。お前が自覚してないから言うんだって。
お前はさ、最近彼女いるじゃん?美沙希ちゃん。
もう、美里を開放してやれば~。俺そう思うけれど。」
水瀬が呆れたように言った。
「なんだ、大輔、お前彼女いるんじゃん。じゃいいだろ?紹介して。」
「水瀬、お前だって彼女いただろ?」
水瀬には確か、中学から一緒の彼女がいたはずだ。
「もうとっくに別れたって。」
水瀬はさらに、お願いとばかりに手を合わせる。
「でもお前、女癖悪いし・・・」
そう言うと、マキオと水瀬は顔を見合わせて、やれやれという顔をした。
「な、番犬だろ?」
「だな、かわいそうに彼女。」
俺はコートの向こう側の美里をぼんやりと見ていた。
自分でもどうしていいかわからない。
美里はいい仲間なんだ、そう思い込もうとしているのも確かだけれど、
美里が他の誰かと付き合うとか考えると腹が立つのも事実で、
否定しようにもそうなんだからどうしようもない。
「彼女がいるのにさ、欲張りだよな。」
そう皮肉を言う水瀬に腹が立ってきた。
「別に、直接そう言えよ、なんで俺が紹介しなきゃなんない訳?
勝手にしてりゃいいだけだろうが!」
俺は立ち上がって、外の水道に向かった。
顔を洗うと、水の冷たさが体の底に響く。
別に、俺がわざわざ紹介しなくても、自分で言えばいいだけだろうが。
ひたすら顔を洗い続けた。
水の冷たさで指が痛くなるまで。