残暑の候 (4)
住宅街の入り口近くで、人通りも比較的多い一角。
美里と別れた大輔が自宅に着いたのは午後6時半。
まだ、明るい時間に家にたどり着いたのは久しぶりだった。
自転車を、車庫に入れて、玄関を開けた。
自分でも落ち着かない、久々に明るいうちに帰ってきたし。
そう思いながら玄関を開けた。
台所からは、母が夕飯を作っているらしく、魚を焼く匂いがした。
「誰?真帆?大輔?」
気配を感じたらしい母親が、台所から叫んでいる。
玄関で靴を脱ぎ、台所へ続くリビングのドアを開けた。
冷房が入っていて、心地よかった。
対面式のキッチンから母親がこっちを見ていた。
「あら大輔、珍しい、こんな時間に。どうしたの具合でも悪いの?」
「なんだよそれ。」
確かにそうだが面と向かって言われると、なんとも言えない気分だ。
「真帆姉だってこんなに早い訳ないじゃん。会社員なんだからさ。」
2歳上の姉、真帆は社会人になったばかりだった。
テーブルの上のバナナを剥きながら答える。
「大輔、手を洗ったの?」
それを見た、母のお決まりのセリフが飛んできた。
剥いたバナナを一気に食べて、部屋に戻る事にした。
「手は洗いなさいよ!!洗濯物はちゃんと出してよ!」
そんな母親の声を聞きながら、部屋へ退散した。
女は口うるさいな、母ちゃんにしろ姉ちゃんにしろ美里にしたって。
部屋のドアを開けると、窓を開けてあったせいか
熱気はさほどでもなかった。
もう8月の終わりだからか、夕方は少し過ごしやすくなってきた、
エアコンは入れず、扇風機を付けて机の前に座った。
さっさとこの宿題写さないと、あと数日で新学期だ。
自分の真っ白なプリント集を開き、バッグから美里のプリント集を出す。
几帳面な文字が並んでいるのを見ただけでため息が出る。
「あいつ、几帳面だよな、文字の間隔まで決まってるし。」
やりたくないが、成績ギリギリの上、宿題提出しなかったら
進級すら危ぶまれそうな気がする。って言うか
そう美里に散々言われている。
あんた本当に大学行く気?これじゃ推薦だって取れないよ。
バスケットだけで大学行って、その先どうするのよって言われたっけ。
俺より30センチは小さいのに、口では勝てないんだよな。
彼女を作るなら、おとなしい子にしとくべきだな。
母ちゃん姉ちゃん美里と強い女ばっかりに囲まれすぎだ、俺。
全然、回らない頭でひたすら数字記号を写していった。
美里には好きな男とかいるんだろうか。
ふと湧いた疑問に、なんだか居心地悪いものを感じ
無理矢理打ち消して、宿題に集中した。
うん、あいつは良い奴だからな。
集中してたはずなんだけれど、気になって仕方がない。
「今週号のジャンプまだ、読み終わってないんだよな。
ま、宿題は写すだけだし、ちょっとくらいいいか。」
自分に納得させるようにそう言うと、部屋の隅の
漫画の山に近づいた。
本当は分かってますよ、俺って集中力ないなあ。
それが俺なの、仕方がないじゃん。
そう思いながらパラパラとページをめくった
気がつけば部屋が暗くなっているが
机の電気があれば十分だとそのままにして、漫画を読み始めた。
突然ドアが開いた。驚いて見ると、真帆姉だ。
時計を見ると、もう8時だった。
「大輔、ご飯だってよ。さっきから呼んでるんだけれど。
机に座って勉強かと思えば、やっぱ漫画じゃん。
宿題開いて・・・ってこれ誰かの借りて来たんじゃん。
まる写しかよ、大輔。」
ヅカヅカ入ってきて、プリント集を取った。
「勝手に触るなよ。」
「ああ、また美里ちゃんか。綺麗な字だよね、彼女。
ねぇ、あんた美里ちゃんと付き合ってんの?やっぱり。」
姉ちゃん、同じ高校だったから、美里を知っている。
妙に仲良くやってたのが癪にさわったっけ。
真帆姉も口うるさくヅケヅケ言うタイプだ。
「付き合ってねえよ。俺はおとなしい女がタイプなの。」
美里の宿題を取り返そうと手を伸ばした。
真帆姉は急に睨んで、責めるように俺に言う。
「あんたさ、美里ちゃんにそんなこと言って傷つけたりしてないよね。
あんたって、時々、すっごい無神経だし、女心とか踏みにじりそう。」
そう言って、俺の頭を思い切り殴る。
「殴るなよ、別に傷つくようなことは何にもしないし、てか、何にもないし。
あいつが男なら、親友なれるよ。残念なことに、あいつ一応女なんだよな。」
真帆姉は、俺を睨み付ける。
「そういう事、あんた言ったりしてないよね。」
そう言われて、ぐっと息を飲み込んだ。
「言った、ような。」
「あんた最悪。」
もう一発、頭を今度はジャンプで殴られた。
「何でだよ。」
「あんたそれ、彼女にも友達にもなれないって無神経。あー最悪。
あんたの額に最低って刺青してやりたいわ。
ま、あんたの事だから、次は、
俺たちいい友達だよなとか言いそう。
永遠に1人でいろ、大輔。とりあえずごはん。」
姉ちゃんはブリブリ怒りながら部屋を出ていった。
俺は呆気にとられてぼんやりしていた。
女ってやっぱり理解できない。
なんか俺は間違ってたか?
でもとりあえず、姉ちゃんは無視して飯を食うことにしよう。
扇風機とデスクライトを消し、台所に降りて行った。
結局その日には宿題を写し終えなかった。
明日、美里にもう少し待ってって頼むか。
真帆姉の言葉を思い出した。
俺とあいつは今一番いい関係だと思うし、美里もそう思ってると思うけどな。
うん、俺たちはいい友達なんだよな。
ゲームの画面を見ながら、ぼんやりそう思った。
ああ、日常ってなんて誘惑が多いんだかなぁ。