残暑の候 (3)
マックシェイクを2人ですすりながら、涼しい店内で向かい合った。
「早く写して返してよ。夏休み明けに返すとか、絶対なしだからね。」
「わかってるよ。」
宿題のプリント集を挟んだファイルを大輔はエナメルバッグに押し込んだ。
「あーもっと丁寧に入れてよ大輔。」
そう言うと、大輔は、はいはいと言いながら
ゆっくりエナメルを閉めた。
「お前は母ちゃんかよ。いちいちうるさいな。」
そう言うので、かなりカチンときて
「そうね、どうせスーパーで豚肉買ってるしね。お母ちゃんかもね。」
そう冷たく言い放った。可愛くないのは重々承知だ。
間髪入れずに話を続けた。
「昨日は楽しかった?」
シェイクを弄びながら大輔に聞くと
「あー、11時まで付き合ってた。眠いから帰るって言ったのにさ。」
そうがっくり頭を垂れて言う、本当は嬉しい癖に。
「そういやお前んち、お前が買い物行くのかよ。
危ないぞ、あの時間のあの辺。昨日も喧嘩も見たし。」
思いがけない思いやりの言葉がちょっと嬉しいのに、なんだか素直になれない。
「襲われたら襲い返すよ。大丈夫。」
そんな強がりを言うと、すかさず言われた。
「お前みたいな小学生みたいな大きさで、対抗できるか。
俺は本気で言ってるんだよ、美里。」
これ以上言ったら喧嘩になる。
もう皮肉めいて言うのは止めよう。
「じゃ、送り迎えでもしてくれるの?大輔。」
そうちょっと可愛い子ぶって言うと、おでこをはじかれた。
「バーカ、調子乗るな、美里。」
「だって、あたしはあんたの取り巻きから守ってあげてるのに。
忘れたの?バレンタインはあんたかなり迷惑かけてるでしょ?」
「本当、俺にここまで言う女は、美里、お前だけだよ。」
憎々しい顔でそう言って頭にポンと優しく手を乗せた。
そんなに優しくしないで。期待しちゃうじゃない。
わざとマックシェイクを思い切りすすりあげた、
このまま時間が止まればいいのに。
大輔が、私ひとりの物ならいいのにね。
「大輔はさ、好きな子いるの?本気で狙ってる子。」
なんかつい聞いてしまう、
自ら傷口に塩を塗り込む行為と分かっているのに。
大輔はにっこり笑って切り返した。
「そう言うのはさ、自分の好きな人を言ってからにしろよ。
なんで俺だけが言わなきゃなんないんだよ。」
「私はいいのよ、迷惑かけてないじゃん。
私は大輔に迷惑掛けられてるのよ。
それこそ、バレンタインだってそうだし。
本命がいるのかいないのか知っておけば、
頼まれた時の対応ってものがあるじゃん。」
「いや、単に、可愛い子だけ俺に繋いでくれればいいし。」
大輔は、真顔で、悪びれもせずそう言った。
思わず頭を抱え込んだ。抜け抜けとこの男は。
「分かった、じゃ、大輔は可愛い子しか相手にしませんって張り紙しとく。」
「ちゃんと見極めろよ。頼んだぞ。ってか冷たい目で見るなよ。」
「いや、温かい目になれと言う方が無茶じゃないの?」
そう言うと、大輔はお腹を抱えて笑い出した。
つられて笑うと涙が出て来た。
ハンカチで涙を抑え、鼻を押さえていると、
「やっぱ美里最高、お前が男だったら良かったな。
大親友になれたのにさ。惜しいなあ。」
え??
なんだか胸を撃たれたように衝撃的な一言だった。
所詮、女の私は親友にすらなれないのかしら。
なんだか泣きたくなった。
でも、泣くもんか。絶対泣くもんか。
大輔はにこにこして残りのシェイクを飲んだ。
ああ、こんなに口当たりのいい毒や刃物ってあるかしら?
致命傷一歩前の傷を負わせておきながら、殺してもらえない。
いっそのこと殺してくれと心が叫びそうだ。
笑いが止まらない振りをしながら、押さえられない分の涙を拭いた。
私は恋人にも親友にもなれない。
その事実だけが深く胸を切り裂いた。