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厳寒の候(8)

1月と思えないほど、日差しが穏やかで温かい。

丘の上の公園のベンチに、自動販売機のココアを買って並んで座った。

正月のせいか、あまり人はいなくて

ちょっとゴミのついたベンチを払って座った。

黙ってココアを飲んでいたのだけれど、大輔が切り出した。

「美里はどうする?高校出て、その後。」

「就職、すると思う。多分。」

少しの沈黙、ゆっくりと答えた。

「簿記の資格も取れたし、パソコン系もある程度取れたし。

 どこか事務員になれたらなあと思う。」

本当は進学なんて、学費を出してもらう余裕がないし

私が独立したら、お母さんも自由になれる。

そんな思いがあって、就職を希望しているのだけれど。

それは黙っておく事にした。

「じゃ地元に残る?」

「それはわからない。どこでもいいかなって思ってる。」

正直なところ、先が見えない。

今しか見えない。

どうしたらいいのか実はよく分かって無い。

そんな自分がとっても不安なんだ。

でも、どう、いつ誰に相談していいかわからない。

そんな不安で一杯なんだ。

大輔に振り返してみた。

 「私はいいんだ、大輔はやっぱり大学行って、体育の先生になるの?」

そう言うと大輔は、

「だってさ、俺、正直プロでやっていけるかって言うと

 自分でどうだろうって思う。

 でも、バスケット好きだし、だったら学校の先生になって

 監督として続けるのがいいかなと思うんだ。」

そう寂しげに言った。

嫌だ、そんな自信の無い事言うなんて。

なんだか大輔が大人びて見えた。

でも、何も言えない。

私たちは少しづつ、現実の壁を思い知っているところなのだから。

いくつもの夢と

それを諦めなければいけない事も

少しづつ気付いてきた。

表面上は気付いていない振りをしながら。

大輔だってきっとそうなんだろう。


「美里は、バスケットを諦めて、どうだった?」

違う方向を向いたまま、大輔がぼそっと言った。

その質問の内容にびっくりして、私は大輔を見た。

その横顔は、寂しげで、そして無気力で

その目の先には何が映っているのかは分からない。

ああ、本当は大輔、諦められないんだ。プロへの道に。

そう察する事が出来る表情だった。


「身長も低かったんだけれどね、多分上手くもなかったの。私はね。

 でも、私は、大輔たちの試合に、いつも参加している気持ちなんだよ。

 大輔たちがゴールすると、自分が決めたような気持ちになったり、

 負けると、次はって心底思える。

 大輔や皆が私の夢なんだ。だから・・・・」

そこまで言うと、なんだか言葉に詰まった。

終わりは着実に近付いている。それが寂しい。

ずっとこのまま皆といられたらいいのに。

「だから、なんだよ。」

「だから、県大会までは絶対連れてってよ。次の総体は。」

そう言うと、大輔はちょっと笑って、そして言った。

「絶対、絶対美里をいい舞台に連れていく。」


涙が出そう。

でも、必死に堪えた。

この涙は、その時まで絶対流さない。

きっと顔はひきつってると思う。

でも、


日が落ちて来た。

公園は静かなままだった。


同じ方向を向いて、同じ夢を見たい。

神様、ただそれだけなんです。

目を閉じて心の中で呟いた。

大輔に夢を、夢が叶う瞬間を与えて下さい。

そしてそんな大輔を見ていられる日が続きますように。


何もなかったように、テレビやクラスの話題に戻って

真っ暗になってもいつまでも話し続けた。

ただただ、笑って、そして時間を過ごした。


何年経っても、この夜のことは、目を閉じれば思い出せた。

私たちは、まだまだ、ほんの子供で、

大人社会という海に出るにはまだ早い小さな魚で、

ただただ、泳ぐことしか知らない

そんな小さな魚のようだった。

小さな魚も、いつか大きな海に無理やり流れ着く。

そんな未来はまったく見えずにいた、そんな頃だった。

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