厳寒の候(6)
神様、なぜ、私は正月の元日に、こんなところに居るのでしょうか?
大輔の家の前で、思わず目を閉じて神様に話しかける。
10時に大輔に電話をかけると、家に迎えに来て、なんて寝ぼけた声で言う。
家に着くころには起きて準備してるから、って
なんで正月早々、あんたの家に、なんて思いながらのこのこ出てくる私って。
本当に馬鹿だなあ、私。
自転車を止めて、玄関の前に立つ。
元日からなんだか気が引ける。
意外に静かな大輔の家。
チャイムを押すと、何の反応もない。もう一度押すべきか迷っていると
ドアが開いた、立っていたのはジャージ姿の大輔だった。
「ごめん、また寝ちゃった。入って。」
いかにも布団から出たばかりの髪の毛。顔も洗ってない様子がありありとわかる。
「もう11時半なんだけれど、って家族はどうしたのよ?」
家の中は静まり返っている。正月なのに。
「ああ、父さんと母さんは、父さんの実家の北九州。
姉ちゃんは、彼氏と昨日からどこか行った。」
「なんで大輔は北九州に行かないのよ。」
「いとこは小学生ばっかりでさ、騒々しくて。」
そう言いながら、階段に向かって歩き出した大輔を追うように
「おじゃまします。」
そう言って靴を脱ぎ、靴を揃えて追いかけた。
「昨日何時に寝たのよ。」
そう言いながら階段を上がる、部屋はカーテンすら開いていない。
大輔はカーテンを手荒く開けた。
一気に明るくなる部屋の中は、正直汚い。
「昨日、マキオとかと遊んでて、そのまま初詣行こうって言われたんだけれどさ
俺、もう眠いから帰るって行って、帰り道に美里にメールした。」
部屋は寒いのに、お構いなくジャージを脱ぎ、大輔は着替え始めた。
別に、部室で見慣れてるからいいけれどさ。
いや、中途半端に恥ずかしがられても余計に恥ずかしいのかも。
「あ、俺、歯磨きしてくるから、テレビつけて見ていいよ。」
そう言って部屋を出て行った。
部屋を見回すと、リモコンは、ベッドの枕の横にほおりだしてあった。
何?このベッド。巣穴のように布団に穴が開いた形のままだし。
抜けだしたそのままの形の布団に、思わず笑いが込み上げる。
リモコンを取って、見るに見かねてぐちゃぐちゃのベッドを整える。
ああ、男の匂いだなあ。そんなこと思いながら。
くぼんだ枕も、ポンポンと叩いてきれいに戻した。
脱ぎ捨てたジャージも落ちている服も畳んで、枕の横に置いた頃、
大輔が部屋に戻ってきた。
「あ、ごめん。お前、家まで来てマネージャーやってどうすんだよ。」
「もう身に着いちゃってるのよ。」
そう言って、テーブルの前に座るとテレビのスイッチを入れた。
大輔も向かい合って座った。
「昨夜、マキオがさ、一緒に初詣に行こうって言うんだけれど
嫌だって断ったらさ、じゃ、バスケ部皆で行こうって言いだしてさ。
美里も誘って、とか暴走しだして、夜に。
美里は夜は止めとけって止めて、俺も帰るって帰ったんだけれどさ。」
「え?」
「昼ならいいかなって思ってさ。」
そう言ってにっこり笑った。
「じゃ、マキオたちも誘った?」
そう言うと、大輔は噴出した。
「やだね、あいつ騒ぐし、正月早々、あいつの相手は疲れるよ。」
「腹減った、なんか食いに行こう。」
「だって初詣は?」
立ち上がる大輔につられて、立ちながら聞くと。
「食べてから、ハンバーガーなら開いてるだろ?
昨日の夕方おにぎり食べたきりで。俺、もう腹が減って無理。」
ジャンバーをはおりテレビを消した。
「美里。」
名前で呼ばれて、反射的にそっちを見ると、
大輔が、いつの間に大人びた表情をすることに気付いた。
顔の雰囲気が変わってきた気がする。
もっと、子供っぽい顔だったような気がしたのに。
男の子でなく、男の人の表情で、手を差し出してきた。
「行くぞ、美里。俺、フィッシュバーガー食いたい。」
私も、その手を取っていた。
誰にも渡したくない。
この手を離したくない。でも、感情は出さないように、知られないように。
この気持ちを悟られたら、他の女の子たちと同じ結末を迎えそうな気がして。
それだけが怖くて、私はなんでもないように振る舞った。
私たちは手を繋いで、外へ出た。
繋いだ手は、大輔のジャンバーのポケットの中に隠して。
私の右手は、大輔の手と、ジャンバーの温もりに包まれていた。
「自転車、置いて行けよ。」
鍵はさっき掛けていた。
離さなくていいんだ、この手。