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【不遇職】『魔獣の調教師』を追放された俺、異世界の最強魔獣(美少女)たちを限界突破させて最強の「魔獣レース」で無双する  作者: 蜜柑 あめ


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第5話:緑のターフと黒焔の流星

王都中央スタジアムは、五万人を超える観衆が発する熱気と地鳴りのような歓声によって、空間そのものが震えているかのような錯覚を覚えさせた。




見渡す限りに広がるのは、太陽の光を浴びてエメラルドグリーンに輝く美しい『魔力芝マナグラス』のオーバルコース。貴族たちの持ち物である煌びやかな装飾が施された観客席からは、これから始まるG3クラス公式戦『新星戦ルーキー・カップ』への期待と欲望が入り混じった声が絶え間なく降り注いでいる。




出走を待つ十二体の魔獣たちが、ゲートへと向かってゆっくりと歩みを進めていた。その中でも一際異彩を放っていたのが、勇者レオンの率いるレーシングクラブ『ソード・オブ・ライト』が誇る優勝候補筆頭、黄金のたてがみを持つ巨大な『サンダーライオン』である。歩くたびに四肢からパチパチと紫電を散らし、周囲の空気をビリビリと震わせるその威容に、観客からは感嘆のため息と、割れんばかりの拍手が送られていた。




一方、スタジアムの最も外側のコースを歩く小柄な少女の姿に、観客の反応は冷ややかなものだった。




漆黒に深紅のラインが入ったレーシングスーツに身を包み、頭には黒い角、背中にはしなやかな尻尾を持つ人化の魔獣、イグニス・フレアである。未認定戦で規格外のタイムを叩き出したという噂は一部の狂信的なレースファンの間で囁かれていたものの、大多数の観客にとって彼女は「実績のない貧乏テイマーが連れてきた、見栄えだけの亜人」に過ぎなかった。




スタジアムの最前列、調教師たちが陣取る待機エリアのフェンス越しに、俺はゲートに向かうイグニスの背中を静かに見つめていた。




彼女の歩様ほようは完璧だ。周囲の喧騒に一切惑わされることなく、自分の内なる魔力回路の鼓動にだけ耳を澄ませているのが、固有スキル『魔獣眼』を通さずともわかる。俺が厩舎の裏に作った手作りの芝コースで反復練習した「ターフの歩き方」を、彼女の細胞一つ一つが完全に記憶し、体現していた。




「……見せてやれ、イグニス。お前がどれだけの空を飛べるのか」




俺の呟きに呼応するように、イグニスがゲートに入る直前、ふとこちらを振り返った。距離は離れていて言葉は聞こえない。だが、彼女の金の瞳は真っ直ぐに俺を捉え、ニッと不敵に笑って見せた。




「見てろよ、ノア。ぶっちぎってやる」




そんな彼女の声が、確かな意志として俺の胸に響いた気がした。




ファンファーレが高らかに鳴り響き、スタジアムの熱狂が最高潮に達する。十二体の魔獣が、魔力障壁で区切られたスタートゲートの中に収まった。静寂が一瞬だけ世界を支配し、次の瞬間、閃光と共に障壁が弾け飛んだ。




「スタートしました!! 各馬、一斉に飛び出す!!」




実況の魔道士が叫ぶ中、凄まじい轟音を立てて先頭に躍り出たのは、やはりサンダーライオンだった。




「稲妻の如く走れ! 風の魔法薬ポーションの力を解放しろ!!」




VIP席から身を乗り出した勇者レオンが、狂ったように声を張り上げているのが見える。サンダーライオンはその巨体に似合わぬ圧倒的な初速で、スタート直後から後続を大きく突き放しにかかった。脚から放たれる紫電が芝を焦がし、力任せに地面を蹴り砕いて加速していく。それがレオンの戦術だ。高価な魔獣の力と、金に飽あかせて投与した魔法薬による一時的な身体強化。圧倒的な力で他者をねじ伏せ、最初から最後まで先頭を譲らない「力ずくの逃げ」。




一方のイグニスは、スタート直後は五番手の中団グループにつけていた。




「おいおい、なんだあの人化の魔獣……全然スピードが出てないぞ!」




「未認定戦のレコードなんて、やっぱり計時魔法の故障だったんだ!」




観客席から嘲笑の声が上がるが、俺の口角は自然と吊り上がっていた。




彼らには見えていないのだ。俺の『魔獣眼』が捉えるサンダーライオンのステータスボードは、すでに警告の赤色を点滅させ始めていた。魔法薬で無理やり限界を引き上げられた筋肉は悲鳴を上げ、魔力回路は異常な発熱を起こしている。力任せに芝を蹴り上げる走法は、一歩ごとに足首や膝関節へ甚大なダメージを蓄積させていた。




対するイグニスは、まるで散歩でもしているかのようにリラックスしたフォームで走っていた。未認定戦の泥濘ダートの時のような、力任せに地面を叩き割るような爆発的なキックではない。エメラルドグリーンの魔力芝が持つ特有の「反発力」を足裏で正確に捉え、トランポリンのように次のストライドへと力を変換しているのだ。




シャンッ、シャンッ、シャンッ、という軽やかな足音。魔獣眼に映る彼女の疲労度は限りなくゼロに近い。周囲の魔獣たちが荒い息を吐きながらポジション争いをする中、彼女だけが全く別の次元――静寂と調和の世界で、ただ風と遊んでいるかのように滑らかにターフを滑空していた。




「……素晴らしい。芝の感触を完全に掌握している」




俺は震える手を強く握りしめた。彼女は今、周囲の魔獣を「敵」としてすら認識していない。ただ純粋に、自分の肉体がどれだけ無駄なく、美しく走れるかという己との対話に没頭しているのだ。




かつて魔力拘束具スタンパに繋がれ、激痛の中でしか走ることを許されなかった少女が、今、完全に自由な空を飛ぼうとしている。




レースは中盤を過ぎ、いよいよ最終コーナーへと差し掛かった。依然として先頭はサンダーライオン。二番手とはすでに十馬身以上の差をつけており、観客の多くは、ソード・オブ・ライトの圧勝を確信して歓声を上げていた。




「はーっはっはっは!! 見たか、ノア! これが血統と金の力だ!! お前の貧弱な魔獣など、我がサンダーライオンの足元にも及ば――」




VIP席で勝ち誇ったように笑い声を上げるレオン。だが、その言葉は最後まで続かなかった。




「……なんだ!? おい、あの人化の魔獣を見ろ!!」




観客の一人が指を差し、スタジアム全体がどよめきに包まれる。




最終コーナーのカーブ。そこまで息を潜めるように中団を走っていたイグニスが、突如としてコースの最も大外へと斜めに持ち出したのだ。それは、他のどの魔獣の邪魔も入らない、完全に開けた一本の道。




「……ノア、わたしもう我慢できない。もっと速く飛んでもいいか?」




心の中で、イグニスのそんな声が聞こえた気がした。俺は小さく頷き、誰にも聞こえない声で呟いた。




「行け、イグニス。お前の『限界突破』を見せてやれ」




次の瞬間、イグニスの足元から、チリッ……と黒い火の粉が舞い上がった。




それは彼女の体内に眠る黒焔竜の純血の魔力が、完全に解放された合図だった。彼女のストライドが、ふわりと大きく伸びる。芝の反発力を極限まで利用したその一歩は、もはや「走る」という次元を超越していた。地面に足がついている時間よりも、空中に滞空している時間の方が圧倒的に長い。まるで重力という概念から解き放たれたかのように、彼女の体は緑のターフの上を一直線に飛翔し始めた。




「な、なんだあの加速はァァァッ!?」




実況の魔道士が裏返った声で絶叫する。イグニスの体から立ち昇る黒い炎のオーラが、彼女を流星のように包み込む。




ドンッ!!という空気を切り裂くような衝撃音と共に、彼女は前を走っていた四体の魔獣を、文字通り「一瞬」で抜き去った。抜かれた魔獣たちは、突如横を通り過ぎた凄まじい風圧と圧倒的な強者のプレッシャーに怯え、次々とバランスを崩して失速していく。




残るは先頭を走るサンダーライオンのみ。




残りは直線三百メートル。十馬身以上あった差が、一歩、また一歩と、恐ろしいスピードで縮まっていく。




「な、なんだ!? なんだあのバケモノは!! 逃げろ! もっと走れ、サンダーライオン!! 鞭を入れろォォォッ!!」




VIP席のレオンが顔面を蒼白にしながら絶叫する。騎手が慌ててサンダーライオンの尻に激しく鞭を打ち下ろした。




だが、限界まで魔法薬で酷使され、魔力回路が焼け焦げる寸前だったサンダーライオンに、これ以上の加速に応える余力など残されていなかった。鞭で打たれるたびに痛みに顔を歪め、その足取りは目に見えて重くなっていく。




力で魔獣を支配し、恐怖と薬で縛り付ける育成の限界が、そこにあった。




対するイグニスは、鞭も命令も必要としていない。彼女自身の「もっと速く走りたい」という純粋な渇望と、俺が施した痛みのない完璧な肉体だけが、彼女を前へ前へと突き動かしているのだ。




残り百メートル――




イグニスは、必死に逃げようとするサンダーライオンの真横に並び立った。




その瞬間、サンダーライオンは横目で自分に並びかけた少女の姿を見た。そこにあったのは、必死の形相でも、敵意に満ちた顔でもなかった。一切の苦痛を感じさせない、ただ走る喜びと絶対的な自信に満ち溢れた黄金の瞳。圧倒的な格の違い。自分は絶対にこの生き物には勝てないという本能的な恐怖が、サンダーライオンの心を完全にへし折った。




「キャンッ……!!」




百獣の王の魔獣が、まるで怯えた子犬のような悲鳴を上げ、自ら外側へと大きくよろけて急失速した。




「あ……あぁ……っ」




レオンがVIP席の手すりにへたり込み、絶望の声を漏らす。




サンダーライオンを置き去りにしたイグニスは、もはや誰の影も踏むことなく、ただ一人の孤独な先頭を駆け抜けていく。




スタジアムは、異様な静けさに包まれていた。




五万人もの観衆が、息をするのも忘れ、瞬きすら惜しむように、緑のターフを駆け抜ける一筋の黒い流星に目を奪われていたのだ。




美しい。ただひたすらに、暴力的で恐ろしいほどに美しいスピード。人間が作り上げたどんな魔法の道具よりも、どんな血統の芸術品よりも、彼女の走りは観る者の魂を根底から揺さぶった。




バサァァァッ!!




ゴールラインを示す真っ赤なリボンを、イグニスが勢いよく引きちぎった。二着のサンダーライオンには、もはや数えることもできないほどの大差。圧倒的な勝利だった。




少し遅れて、巨大な魔力掲示板にタイムが表示される。




「……い、一分五十五秒、二……ッ!!」




実況の魔道士が、震える声で読み上げた。




「レコードです!! 従来のコースレコードを、なんと五秒近くも更新する、歴史的な大差での圧勝!! 勝ったのは……無名のテイマー、ノア陣営の【イグニス・フレア】だァァァァァッ!!!」




そのアナウンスを合図に、静まり返っていたスタジアムが爆発した。




うおおおおおおおおっ!!!という地鳴りのような歓声が、天を突く勢いで巻き起こる。誰もが立ち上がり、拳を振り上げ、涙を流しながら見ず知らずの隣人と抱き合って喜んでいる。彼らは今、歴史が塗り替えられる瞬間を、伝説の魔獣が誕生する瞬間を目撃したのだ。




俺はフェンスを乗り越え、ターフの上へと走り出した。




「イグニス!!」




スピードを緩め、こちらに向かって小走りで戻ってくる少女に向かって、俺は大きく両腕を広げた。




「ノアっ!!」




イグニスは俺の姿を認めるなり、弾かれたように飛び込んできた。ドンッ!という勢いで胸に飛び込んできた彼女を、俺は力強く抱きとめる。彼女の体は汗で濡れ、尋常ではない熱を持っていたが、その心臓の鼓動は力強く、生命力に満ち溢れていた。




「やったな、イグニス! 最高だった! 完璧な走りだ!!」




「……へへっ。言っただろ、あんなお坊ちゃんライオン、ぶっちぎってやるって。わたしが、一番速いんだ」




息を切らしながらも、イグニスは誇らしげに胸を張り、背中の尻尾をこれでもかと大きく振り回している。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、彼女がどれだけこの勝利を、この自由を渇望していたかが伝わってきた。




「ああ、お前が一番だ。誰も文句なんて言えない」




俺が彼女の頭をくしゃくしゃに撫で回していると、周囲から割れんばかりの拍手と「イグニス! イグニス!」というコールが降り注いできた。最初にあれほど俺たちを嘲笑っていた観客たちが、今は総立ちで俺たちに称賛を浴びせている。




その熱狂のスタジアムの中で、ただ一人、顔面を土気色にして震え上がっている男がいた。勇者レオンだ。彼は自身の所有する最高級の魔獣が、血統書すらない人化の少女に完全に心を折られ、無残に敗北した現実を受け入れられずにいた。




俺はVIP席のレオンに向かって、ゆっくりと視線を向けた。言葉を交わす必要すらない。俺たちの圧倒的な実力と、彼らの無残な敗北。それがすべての答えだ。




「さあ、帰ろうかイグニス。今日は王都で一番高い肉を買って、厩舎で宴会だ。温泉の準備もできてるぞ」




「肉! 温泉! ほんとうか!? やったぁ!! ノア、早く帰ろう! わたし、お腹ぺっこぺこだ!」




はしゃぐイグニスの手を引きながら、俺は熱狂に包まれたターフを後にした。




G3・新星戦の圧倒的勝利――




それは、底辺から這い上がった俺たちが、魔獣競技界の頂点へ向けて放った、強烈すぎる宣戦布告だった。次なる舞台、さらに上のクラスでの戦いが、すぐそこまで迫っていた。

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