1.私の世界は薔薇色に満ちている(前)
「見て、アレク!
このドレス、まるで冬の朝に凍りついた薔薇みたいでしょう?
今日の夜会では、間違いなく私が一番の主役ね!」
姿見に映る自分の姿を見つめながら、私は嬉々として声をあげました。
十六世紀風の豪奢な意匠が施された公爵邸の私室。
差し込む陽光を浴びて、極上のシルクで作られたエメラルドグリーンのドレスが、きらきらとダイヤモンドのような輝きを放っています。
我ながらため息が出るほどに美しい。燃えるような赤毛に、陶器のように白い肌。
これだけの美貌と、我が実家が誇る圧倒的な富があれば、世界が私を中心に回るのも当然のことでした。
主人の着替えを手伝っていた侍女たちが、一斉に顔を見合わせて、お世辞ではないため息を漏らします。
「まあ、アンナ様……本当にお美しいですわ」
「社交界のどんな令嬢も、公爵夫人の前ではかすんでしまいますね」
「ふふ、そうでしょう? もっと褒めてちょうだい」
私は満足感に胸を膨らませました。
人々の羨望の眼差し、私を称える甘い言葉。
それこそが私という存在を形作る、何よりの栄養素だったのです。
部屋の入り口に、一人の長身の男性が立っていました。
私の夫であり、この国の最高権力者の一角を担うアレクシス・ヴァレンティ公爵。
二十五歳の彼は、彫刻のように整った容姿に、輝くプラチナブロンドの髪、すべてを見透かすような冷徹な琥珀色の瞳を持っています。
幼馴染でもある彼と結婚したのは、私が十五歳の時でした。
もちろん、家格の釣り合いを考えた半ば強引な政略結婚。
けれど私にとって、そんなことはどうでもいいことでした。
国で最も権力のある男の妻の座。
それこそが、私の美しさに最もふさわしい額縁なのですから。
アレクは私のドレスを一瞥すると、表情を一つも変えずに淡々と言いました。
「……ああ、綺麗だよ、アンナ。
君の美しさは、今日も社交界の話題を独占するだろう」
「あら、それだけ?
もっと情熱的に口説いてくれてもいいのよ、公爵様?」
私はアレクの腕に抱きつきましたが、彼はそっと、しかし拒絶を感じさせない絶妙な滑らかさで私の手を引き離しました。
「すまない、これから執務があるんだ。
夜会の時間には遅れずにエスコートする」
「もう、いつも仕事ばかりなんだから。
ふん、まあいいわ。
今日はこれから、キティお姉さまとお茶会なの。お姉さまは私のお話をいつでも熱心に聞いてくださるから大好き!」
「……そうか。キティは穏やかな女性だ。
君の良き話し相手になってくれるなら、私としても嬉しいよ」
「ええ! 本当に優しいお姉さま。
お家が少し貧しい伯爵家だからって、社交界の人たちは意地悪な目を向けるけれど、私は気にしないわ。
だって、私の方がずっと華やかで、お姉さまは引き立て役にぴったりなんですもの!」
私がそう言うと、アレクの瞳の奥が、ほんの一瞬だけ、凍りついたように冷たく光った気がしました。
けれど、当時の愚かで幸福な私は、その変化に気づくはずもありませんでした。




