第32話 同じ火、違う場所(エルネスト)
火は、昨夜より小さかった。
薪を足せば済む。
だが、誰も足さない。
火が大きくなると、言葉も増える。
増えた言葉は、決まっていないことまで引きずり出す。
だから、このままでいい。
ガルドは先に座っていた。
剣を外し、鞘ごと地面に置いている。
その置き方には、もう迷いがない。
イリスは少し遅れて来た。
火から半歩離れて腰を下ろす。
近づきすぎない、その距離が彼女の位置だった。
エルネストは、二人の間に座る。
しばらく、誰も口を開かない。
遠くで交代の合図が鳴る。
ここだけが切り離されたように静かだった。
ガルドが、先に口を開いた。
「俺は、残る」
それだけだった。
理由も、説明もない。
エルネストは頷く。
驚きはしない。
ガルドは分かっている。
ここで揃えられる動きが何かを。
分かっているから、残る。
火を見たまま、ガルドは続けた。
「前に出なくていい形があるなら、そっちの方が長く持つ。
前線でやってたのは正しかった。
でも、続かない」
否定ではない。
ただ、切り分けているだけだ。
少し間を置いて、イリスが言った。
「私は……様子を見る」
慎重な言い方だった。
彼女は火ではなく、自分の手のひらを見る。
指先の熱を落とすみたいに、一度だけ握って、ほどく。
「揃えること自体は悪くない。
でも、揃えた先で何が削られるかは見ておきたい」
その言葉は軽くない。
だが、揺れてもいない。
二人の視線が、エルネストに向く。
答えを求めているわけではない。
どこに立つつもりかを確かめているだけだ。
エルネストは、すぐには答えなかった。
炭を一つ、火の中心に寄せる。
赤が、わずかに強まる。
「……俺は、決めない」
短い言葉だった。
ガルドは何も言わない。
イリスも否定しない。
エルネストは続ける。
「前線で、俺が前に出たのは好きだったからじゃない。
出なきゃ、隊列に穴が開いた」
ガルドが、静かに頷いた。
エルネストは言葉を続ける。
「ここには、前に出なくていい形がある。
それも分かる。
だから今は、どっちにも立たない」
少し間を置く。
「立たない場所が、まだ残ってるなら。
そこにいる」
誰も笑わない。
だが、重くもならなかった。
ガルドが、剣の柄に手を置く。
握り込まない。置いただけだ。
「分かれたな」
エルネストは首を振る。
「分けられてる。
自分で分けたわけじゃない」
三人は、同じ夜を過ごしている。
同じ焚き火を見ている。
だが、明日立つ場所は違う。
それが分かっただけで、この夜は十分だった。
火は、まだ消えない。
誰も、消そうとしない。
選択は、まだ終わっていない。
ただ――
道が分かれた。
それぞれの足元で。




