6.ふたりの愚痴り合いは、フローのディスりからスタートする
「まあまあ、落ち着いて、わるいわるい、フローにしたら命掛けだもんね、わるかったわ。
お詫びにこのチョコレートでもどうぞ」
藍は、今年のバレンタインで押されに押されていたベルギー製チョコの缶をフローの前に押す。
「え? チョコレート、ですか?」
「うん、なかなか美味しいよ。ここのメーカーの押しは、ナッツじゃなくてフルーツソースのコンフィチュールみたいよ、さ、さ、どうぞ」
「え、えーっと、コンフィチュ? えー、いただきます」
藍もフローも気楽に食べているが、日本で買えば一粒消費税込みで三百円以上のありえない高級品だ。昔々、山本直純氏が指揮棒を振りながらCMに出ていた板チョコなら一枚五十円だった。大きくておいしかったらしい。今は板チョコ一枚、スーパーで百円ちょっとだとすると、フローがそっとつまんで口に入れようとしているチョコは、板チョコ二枚半の値段なのである。不味かったりしようものなら叩き返すレベルだが、これが実に。口福とはこのことか~。
「うわー」
「おいしいでしょ?」
「は、はい、貴族ってこういうのを食べてるんですねぇー」
「まさかー、これ異世界製だよ?」
「え、異世界?」
「そ。フローにだけ特別だよ」
「は、はあ、ありがとうございます」
「紅茶もう一杯作る? 全部食べてもいいよ、鼻血出るかもだけど」
「いえ、とんでもありません、そのような貴重なもの」
「貴重かもしれないけどさ、気持ちが疲れてるときは効くんだよ」
「はあ」
「ねえ、どうしてあんなところで倒れてたの?」
「はぁ、水が尽きまして。っていうか、もう何もかも嫌になっちゃって」
「そりゃそうだよね、で、何だってそんな軽装で山に登ったの? 普通はもう少し何とかするよね。往復分の水くらい持たない?」
「そうなんですよ、まあ、聞いてくださいよ、藍。
最初に状況設定を聞かされた時も、まさかのアホ設定と思いましたけどね、実施にはもうあきれ果てました。
精霊信仰の狂信者である私は、顕現なさった聖霊様の話に心を奪われて山奥の村からフラフラとさまよい出るんですよ。若い娘が! ふらふらと! さまよい出る! 出ますか?
で、ですね、噂を頼りに旅をしてきて、この山裾までたどり着いたんですって、ありえますか?
山奥の木こりの村の、ちょっと頭は飛んじゃってるかもですけど、まあありきたりの娘設定ですよ? 何で村人が後を追って連れ戻しにこないんですか?
仮に村じゃいらない娘だったとしても、若い娘ですよ、見目もそう悪くない。
な・ん・で・途中で・攫われて・いないんです! 聖霊様の護りですか? バーカバーカバーカ‼
それで、山の中の村からずっと歩いてきたので、ここに来て旅費が尽きてしまった、と。その旅費はどうやって稼いだんです、山の中の村で!
でぇ、水を入れる革袋もぉ、買い足せなくてぇ、手持ちのぉ、一個だけでぇ、しゃにむにぃ、山を登ってきたぁ、らしいですよ、あほですか、私。あほ以外の何者でもありません! 山奥の村で生まれて育った娘が、水場も確実じゃない山に水袋一個で登ったりするわけないでしょ!」
「ふーん、その情報部のトップとやらもよくそんなの思いついたねえ」
「設定が、設定自体が、トンでるありえな設定なんです! 信じる人なんかいるわけないでしょ!」
「まあ、そうとも言うよね、もう一個チョコどう?」
「いただきます!」