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36.フローレス・フローリア

 

 その夜、晩餐を終えてからハンス、藍、フローは、書籍・文書保管室の中にある小部屋にいた。ハンスが重いドアに内鍵を掛ける。


 テーブルの上には地図とチェスの駒が置いてある。

「ここがエインデルの王城、ここ、ここ、ここに砦があって、問題の鉱山があるのがここだ」

 ハンスが黒の駒を順に配していく。王城は黒のキング、砦はルークとビショップ、クイーンが鉱山だ。


「現在、鉱山にはエインデルの主力が集まり、我が方の戦力を防御しつつ兵士に鉱石の搬出を続けさせている」

 クイーンの両側にナイトをふたつ、ポーンをいくつか寄せる。

「つまり、鉱山以外はがら空きだ。鉱山もハインツが出張っているからそう長くはもたないだろう」

 白のキングとナイトを鉱山の北側に置く。


「俺は、成人して王女殿下の離宮を出され、臣下筋のローエングリン家に預けられた。それ以来、エインデルに計画的に人を送り込んできた。目的はエインデルを落とすことではなく、鉱山の領有権争いがいつ起こるか確実に予想して備えることにあった。

 だが、もうそんなことを言っているつもりはない。今までこの三砦に送り込んだ全人員に謀反を指示する」


 藍には、戦略とか戦争とかよくわからない。だが、フローは専門家だ。


「卿、送り込んだ間諜の信頼度は」

「ランダム・タイミングで二重三重のチェックを入れ、疑わしきは確実に引き取っている。大概はエインデルで連れ合いを見つけて縁戚ができた場合だ。そういう者は、砦内から町に降ろし、単純に連絡係としている」

「なるほど、何通りかに情報を通して、本当に裏切ったかどうか試す、ということですね」

「ああ、ありふれているが有効だ。巧みに誤情報を混ぜる者に対しては、そのように使う」

「そのルートには正しい情報を通さず、使う時は逆情報をいれる、ということですか?」

「有効な手法だ。試されている者は自分の賢さを信じているし、横のつながりを持たせないように配置しているから気付きにくい」


「なるほど、何度か騙されそうになった本当の相手は卿だったのですね」

「まあな、フローレス・フローリアには苦労させられた」

「誉め言葉と受け取ります」

「それでよい」


「砦で謀反が起こせるなら十分です。ますます王宮は手薄になります」

「ああ」

「それで、私に求める情報とは?」

「玉座から直接続く隠し通路だ。あることはわかったが、どこへ繋がっているのかがわからない。秘密裏に作られてから年数が経っているようで、探り切れないままだ。

 逃がしては長引く。短時間で終わらせるために確実に捕らえたい」


「ハンス、待って」

「なに、藍? 殺さないよ」

「そう? ギロチンとかしない?」

「ギロチンって何? 殺さないよ、グランツフォルの王宮に客人として滞在してもらう」

「そうなの? 絶対?」

「属国にするんだ。王を殺しては貴族も民も従わない。王宮に運んで客になってもらう。客となってグランツフォルに滞在する間、グランツフォルの王女殿下が女公王、つまり、グランツフォルのユキヒラ公爵でありエインデルの王権を代理する者となり、統治を一時預かる。二度と返さぬ統治権だがね」

「う、うん、わかった。征服じゃないんだもんね、併合なんだよね」


「フローレス・フローリア、どうだ、明かしてくれるか」

「卿、その情報は、私が体で買ったものです」

「そうか。 では、対価におまえに与える村を丸ごと私が抱えよう。今のまま情報組織として残りたい者は私の下で仕事を続け、この稼業から引きたい者は、そのまま村に残っていい。仕事と仕事の間には、村に帰ることも許す。ただし、おまえが責任者だ。

 この取引でどうだ。つらい仕事だったことはわかるつもりだ。

 私にも体で買った情報がある。おまえの生まれた村の場所だ」

「は? まさか」

「前払いとして教えよう。村はエインデル内にある。

 フローレス・フローリアの顔を知っているのはそこから辿ったからだ」

「卿ご本人がですか? 部下にお任せになったのではなく?」

「相手が求めたのが俺だったんだ」

「もしかして、」

「そうだ、フルリールの王妃だ」

「そうですか、王妃はエインデルの王女でしたね」


 フローは蒼ざめているし、藍の手は強く握りしめるあまり白くなっている。



「エインデル女公王の後嗣となられる方に弱点を残さぬよう、フローリアの王妃を儚くする役目を承ります」

「許す」


「ハンスー、他に体で買った情報は?」

「え? ない、ないよ。絶対ない」

「フローに依頼するけど?」

「ありません、誓います!」

「ふーん?」


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