34.ハンスは母にお願いをする
ハンスが領城で目覚めた時、ちょうど藍が心配顔で覗き込んでいた。
「藍、生きていたか」
瞬間、藍の顔が強張った。
「バカヤロー、死にかけてたのはそっちだし!」
藍はぷんぷんになって、ハンスの寝ているベッドに思いっきりパンチを入れて足早に部屋を出てしまった。ちょっと吹き出しそうな顔をしたフローが、丁寧な礼をして後に続く。
「あれは? フローレス・フローリア?」 (Flawless Floria 無敗のフローリア)
門衛の建物で藍に手当てされたハンスは、一瞬意識をとりもどし、藍を見て安心したように微笑むと今度は眠りに落ちた。 やがて輿が来て、領城まで慎重に運ばれた。
王女殿下の侍医の診察があり、藍は初期処置を大変褒められ、ハンスは敬意を失わないよう注意深く遠回しに、ものすごく叱られた。
回復して、母に呼び出され、もう一度叱られた。
「母上、お叱りありがたく」
「このように大きな息子をまだなお叱らねばならぬ妾を気の毒とお思い」
「ごもっともにございます。幾重にもお詫び申し上げます」
「母上に申し上げます。
この度のこと、事情をはっきりさせてまいりますが。
ひとつお伺いしてよろしいでしょうか」
「よい」
「王女殿下には、エインデル女公王の地位にお就きいただけますでしょうか」
「フーム、なるほど。それほどあの異世界の娘を欲するか」
「御意」
「よかろう。これまで何一つ望まなかったそなたである。
ライヘルト」
「は、こちらに」
「ハンスに」
「は」
一枚の書類がハンスに手渡された。それは、「ハンス・アルベルト・ブルトカッセン・フォン・デム・ローエングリムと、ゴルディオ・ルチェリエ・フォン・デム・ローエングリムとの間に結ばれた養子縁組の解消を命ずる」と書かれた、王女名での命令書だった。
「今後、ハンス・アルベルト・ブルトカッセン・フォン・エインデルと名乗るか、急げよ」
「御意。ハンス・アルベルト・フォン・エインデル-ユキヒラでお願いいたします」
部屋を出ようと身を翻したハンスの背に、王女殿下の“ほっほほほ、しっかりおやり”という声が届いた。
フローレス・フローリア:フローのあだ名 作戦に失敗しないことからこの名で呼ばれるようになった。女性であることしか知られておらず、変装の名人でもあるため素顔を知る者はほとんどいない
フローレス:傷のない
フローリア:ドイツ皇帝の愛馬・フローリアンを女性名詞化
言語混用は、フローレンスと語呂合わせしているため




