31.イビリに正しい報復を
「ところで藍、何だってファンデル家で待っていないで、聖域に登ったりしたんだい?」
「うーん」
ちらっとフローを見る。フローは微笑み返ししかしてくれない。
「えーっと、ローエングリン伯爵夫人に呼ばれてお隣まで行ったんだよね。ちゃんとドレス着て、侍女も連れて、輿に乗って行ったんだよ。でさ、応接間にひとりで放置されて一時間。
で、バックレてきた」
「え?」
「だーかーらー、ちょっといじめられたんだよ。呼びつけといて、侍女は退出させて、ひとりで待たされたわけ。で、たぶん誰かがのぞき穴の向うにいて、覗いているんだろうな、異世界から来た庶民がどうしてるか笑いながら見てるんだろうな。
私が待ちくたびれて泣くか怒るかしたら伯爵夫人が出てくるつもりだろうな、って思ったら腹が立って、のぞき穴をガムテープでふさいだでしょ、それから応接間のドアノブに鎖掛けて南京鍵かけて壊さないと入れないようにしたでしょ、で、腹立ちまぎれにドレスを鋏でバッサリ切って、コルセットの紐も切って、パニエとハイヒールと髪飾りも座ってたソファに積み上げて、隠し通路から外に出たんだよ。 パソを持って行っていたのが大正解! なんでも出るもんね」
「はあ。ちょっと一時間待たされただけで?」
「なーに言ってんのメイベル。呼び出しておいて待たせるとか、しかも一時間だよ。待たせるどころか玄関まで迎えに出るくらいするでしょ、手紙で呼びつけたんだよ? よく待ったわ私。相手が誰でもあり得ないでしょ? まして今のところ息子の婚約者だよ、アホじゃないのあの女」
「うーん」
「考えてみてよ、メイベル、日本だって同じでしょ? 息子の母親が、息子が海外出張している隙に婚約者を呼び出して、応接間で一時間待たせたりしたらどうよ。息子はチョー悲惨な目にあうでしょ? メールで事情を訴えられてもすぐに帰国することもできない、国際宅急便で婚約指輪と結納返されちゃうよ?」
「侍女の身分で口を出すのは非礼ではありますが、よろしいでしょうか」
「いいわよ、フロー、言っちゃって。
メイベル、フローと私は、悪口友達なんだ」
「え?」
「だから、悪口を言ってるとすごく満足する変な関係なんだよ。会ったその日に延々と六時間ほど悪口雑言を垂れ流し合って、我ながら品性のかけらもないことを実感したわ。もう死ぬまでマダムには会わないもん。婚約破棄してやるもん」
「はあ……」
「エアハルト夫人、誠におそれ入りますが、ローエングリン伯爵夫人のなさったことは、自国の王女殿下と、貴族序列上の本家と仰ぐべき家の先代侯爵の間に生まれたハンスさまを、ご養子としてお預かりしていながら、その婚約者を理由なく侮辱したということです。
藍様は怒るべきだったのです。御自覚なくなされたことであり、少々変わったなされようではありますが、お立場にふさわしいお怒りかと」
「そうね、そうかも、とは思います、確かに」
「ところで、藍様は今のところ行方不明状態ですが、侯爵家と伯爵家からは何と?」
「そこよ。少なくともこの領城には知らせがないわよ」
「そうですか。言い訳を聞いてみてはいかがですか?
何の先触れもなく、レディ・ファンデルが侍女ひとりを連れて乗合馬車で領城に来た、そちらから連絡がなく、護衛もついていないのはなぜか、と」
「そうね」
「できれば、ローエングリム卿を通してお聞きするのがよろしいかと」
メイベルはちょっと考えて、麗しの顔少し歪めた。前世八百屋のおかみ・さつきであったころの、不条理にはきちんとお返しをする強かさが、今蘇る~。
「あのね、藍、いまここにはエリーゼ殿下がいらしてるんだよ」
「ハンスのおかあさんの?」
「ああ。 ハンスの母親でもあるけど、ハインツの義理の母だろう? 初めての孫でファンデル侯爵家の跡継ぎが生まれるという時に、ハインツが出征してるじゃないか。守りが薄くなるとご心配くださって、王女殿下の親衛隊を五十、戦闘訓練も積んだ専任侍女を二十、殿下の専属医師夫妻から離宮のメイド、厨房係まで全員従えてほぼ離宮ごと来てくださっているんだよ」
「すっごー」
「藍様、王女殿下は、あまり知られておりませんが、護身術と弓術に優れた方です。エインデルとの関係良化のために王太子に嫁がれましたが、婚姻の式の前に王太子が身罷られました」
「そうだったんだね」
「でさ、藍、エリーゼさまに面会を申し込んでみないかい? ハンスの婚約者なんだ、お会いいただけると思うよ」
「藍様、黙って待っていても、殿下の方からご招待があると思います。こちらからご挨拶を差し上げたいと申しあげるべきです」
「うん、わかった」
「挨拶するだけでいいんだよ。ご下問があれば、乗合馬車での旅についてお話申しあげるんだ。事情はすでに伝わっているはずさ、その程度の情報収集力がなければ王女は務まらないよ」




