26.思い立ったが吉日、だが旅費がない
フローによる藍への”この世界の常識“教育がスタート
フローはせっかくゲットしたお人好しの女主人が失脚して、自分が新しい職を失うのは避けたかった、というのは悪くとりすぎかな? 高位貴族令嬢の侍女として、職務を全うしているということで
キャンプ地の後片付けをしなくちゃならないし、下山ルートの様子見も必須だから準備時間を取るとしても、ふたりはできるだけ早く山を下りることにした。フローは見張られているかもしれないし、藍は探されているかもしれない。
今回の指令を受けた時、フローは入山ルートを決める為として地図を要求し、水場探しと脱走ルートを検討していたから、降りること自体はそれほど難しくはなかった。
「下山ルートはいくつか検討してきました」
そして、地図の上を指でたどりながら藍に教えていく。
「元来た道を帰ると、途中で誰かが待っているかもしれないので、これはやめましょう」
「そうね」
「後は、西と東ですが、ファンデル侯爵領は西方向、下りやすいのも西方向です。こちら方面は途中まで道が整備されていて、藍も楽に歩けるでしょう。巡回はあるでしょうが現在はエッシェンフォルゲン少佐もローエングリム卿も王都にいませんし、警備兵から輜重の兵が取られている可能性も高く、人員は不足しているでしょう。巡回の間隔も一時的にではありますが、それほど頻繁ではないかもしれません。夜明け前か、逆に正午ごろを狙えば、抜けられるかと思います。明日にでも偵察してきます」
「うん、そこはフローの経験と観察に任せるわ。
でもね、えーっと、フローはお金持ってないよね」
「自慢するわけじゃありませんけど、革袋一枚買えない設定ですので、小銭数枚しか持たされていません」
「あのね、私もお金は少ししかないの。
水と食べ物は出せるけど、テントを出したら重くても背負っていくしかないから、野営は避けるでしょ。でも旅行中ずっと宿に泊まるにはお金が足りないかもしれない」
「すいませんが、いくらくらい持っておられます?」
藍は、革の小袋から銀色の大きな貨幣を三枚取り出した。
「執事から、ご自由にお使いくださいと言って渡されたんだけど、外に出ないから、価値も使い方もわかんないやつ。使えそう?」
「あー、はい。宿にふたりで十連泊できます」
「ひえー、そうだったんだね、小遣いとしてもらったみたいだったから、一枚一万円くらいかと」
「好奇心で聞くんですけど、その一マンエンてどのくらいです?」
「うーんと、えーっと、何で比べるといい?」
「朝いただいたたパン一個だと、何個買えます?」
「えーっと、一個か、一個ね、うーんと、五個入りで二百円くらいだから~、二百五十個くらい買えるかなー」
「それで計算すると、この銀貨一枚で、千五百個買えます」
「ええー! えーっと、六倍? かな、でいいかな。 計算早いね、フロー。
これパン換算なら一枚六万円かー、三枚で十八万円? 小遣いの値段じゃないでしょう!」
「まあ、計算苦手では報酬や納入代金をごまかされますから。
貴族令嬢、まして王位継承権保有者の婚約者が裁量できる金額としてはごくわずかなものです。ですが、街中でうっかり人に見られたら、殴られるか刺されるかして奪われると思ってください。パンが千五百個買えるのです、家で空腹の家族が待っている者、病気の家族がいる者、単に酒代が欲しい者、借金持ち、この大銀貨なら相手を殺しても欲しいという者はどこにでもおります。
だから、貴族はお金を持ち歩かないのです。どうしてもという時は侍従に持たせます」
「うーん、そうだったのか。今度渡されたら、パン屋のパンを買い占めて道端で配っちゃうぞ! なんで渡されたんだろう?」
「いや、やめてください。そういう時は、孤児院に子ども用の古着を寄付するとか、未亡人の作業場に刺繍糸を寄付するとか、病院に旬で安いフルーツを寄付するとかするのがいいのです。管理職が勝手に処分できないように気を付けて、その場で多くの人に見せるというのが行き届いた貴族婦人のやり方です。
執事の方は、お察しの通りです」
「うん、わかった。現物供給を公開ね。 あ、うん、そうか、道端で刺されればいいと思われたのか、執事め」
「教育不行き届きで婚約破棄します?」
「婚約相手は、ハインツじゃないでしょ、さすがに自分ちの執事のふざけた態度でよそんちの婚約者に責任は問えないわ、からかったわね、フロー」
「はあまあ、さっきのが面白かったので、つい。それに、帰るつもりもないんでしたよね、確か」
「あ、そうか」




