PhaseⅠ
(あー暑っちい暑っちい暑っちい暑っちい……モー帰ろうソーマ、モーヤダ、モーダメ、モームリ。早く家に帰って、エアコンの効いた部屋でゴロゴロしたいぃーー!)
「モーモーうるさいってルシオン。牛じゃないんだから、すこしモーから離れろよな……」
自分の頭の中から聞こえてくるダルダルな少女の声に、ソーマは小声でそう答える。
灼熱の金色が爆発したような太陽が、頭の上からジラジラと照り付けてくる、7月の正午のことだった。
御珠市立聖ヶ丘中学校2年、御崎ソーマは、もうかれこれ30分もの間、公園のベンチに腰かけてあたりをジッと見回している。
うだるように暑い……いや熱すぎる土曜日だった。
まだ7月も半ばだというのに、気温はすでに40℃超えで観測史上最高だとかなんとかで、公園の広場で遊ぶ子供や家族連れの姿もまばら。
そんな中、ソーマが灼熱の暑さに耐えながらこんな場所に陣取っているのは、最近ネットで噂の盛り上がっている何かを待っているからだった。
さっきソーマに話しかけてきたのは……ソーマ以外には誰にも聞こえない声なのだが……とある事情でソーマと身体を共有している、ルシオン・ゼクトという名前の少女だった。
経緯を話せば長くなるが、ルシオンは、この世界と背中合わせで存在している『深幻想界』という場所からやってきた、異世界の魔族の王女なのだ。
数か月前、不慮の事件に巻き込まれて瀕死の重傷を負ってしまったソーマとルシオンは、互いの身体を合体させて肉体をシェアリングすることで、2人分の生命を保っている状態なのだった。
だが普通の人間よりも遥かに強靭な身体を持つ魔族のルシオンにとっても、今年の日本のこの異常な暑さは相当に応えるらしかった。
頭の中でグダグダ文句を言っているルシオンを制しながら、ソーマが待っているもの。
それは今、ネットのSNSやオカルト系の匿名掲示板で話題のある噂、「御珠第三公園に現れる幻の自動販売機」の正体を突き止めるためだった。
うだるように暑い夏の昼下がりに、ほんの数分だけ現れるといわれているその自販機は、飲料メーカーの名前もロゴも何も記されておらず、その正体は一切不明。
しかもその自販機から買うことが出来るのは、ただの1種類。ジュースでもエナドリでもスポドリでもない、ただの水……ミネラルウォーターだけだというのだ。
元々UFOやUMA……オカルト関係が好きなソーマにとっては放っておけない案件。しかも現場は自分の地元、ソーマの家から歩いて20分そこそこの場所なのだ! だが、それにしても……
「公園の広場に、ほんの数分しか現れない自販機。それも買えるのは水だけ……いったいどういうことなんだ?」
家から準備してきた双眼鏡で、広場の隅から隅まで見回しながら、ソーマは訝しげにそう呟く。
もともとオカルト関係の噂話や実話系怪談の報告というのは、奇妙なチグハグさ……腑に落ちない話が大半なのだが、今回のこの噂は、そういうチグハグした感じともちょっと違う、なんていうか奇妙にツルッとした感じがする……何よりもっと気になるのが、匿名掲示板での報告例の多さだった。
――本当に見つかった。
――本当に水しか売っていない。値段は100円だった。
――試しに買ってみた。飲んでみた。なにこれ……めちゃくちゃ美味い!
そんなレポートが、結構な頻度でスレッドに書き込まれているのだ。
本当に見つけることが出来る幻の自販機、本当に買うことが出来て、飲むことができて、しかも美味い……?
ソーマがめちゃくちゃ興味を惹かれて、ルシオンの文句も聞かずに現場に殴りこんでいるのも無理からぬ話だった。
本来だったら、オカルト関係で話が合うクラスメートで、親友の戒城コウと2人で殴り込みをかけるはずだったのだが、あいにく今日は食あたりでダウンしていると謝罪のRINEがさっき来たばかり。
というわけで今、ソーマは単身で夏の暑さに耐えながら、現場の観察を続けている……その時だった。
「うん……!?」
双眼鏡から覗く光景の一画をよぎった、奇妙な揺らぎみたいなモノに気づいて、ソーマは息を飲む。
「あの場所、さっきまで何も無かったはず……!」
広場の片隅、公園の売店とも休憩所ともずっと隔たった一か所に、陽炎のように揺らめき立つ何かが見えて、
「本当に……出てきた!」
ソーマは緊張と興奮で、全身の産毛がサーッと逆立つのがわかった。
照り付ける太陽を反射するような公園の芝生の薄緑の揺らぎの向こうに、その自販機は確かに存在していた。
メーカーの名前もロゴも販促ポップもまったく見えない、簡素な白い外観、そして双眼鏡ごしに見てもハッキリわかる……商品のサンプルステージには、ミネラルウォーターしか展示されていなかった。