みんなやってるだろ!
電車の中で、元気そうなおじいさんが、足を伸ばして横向きに席に座っていた。
車内はそこそこ混んでいて、吊り革に掴まって立っているひともいくらかいる。
仕事帰りで疲れていた俺は、自分が座りたいこともあって、おじいさんに声をかけた。
「あのぅ……」
「なんだ?」というように、睨まれた。
「一人で三人ぶん、独占されてますよね?」
「ハァ!? それがどうした!?」という顔をされた。
「ふつうに座ってもらえたら、あと二人そこに座れるんですけど……」
「アァ!? ふつうだと!?」
ようやく声を出された。
「これがふつうだろ!? みんなやってんじゃねェか! 見ろ!」
見ると、確かにみんな横向きに座っている。三人ぶんのスペースに足を伸ばして楽チンそうにしている。
老人や妊婦さんはみんな席に座っているので、立っているのは元気そうなひとばっかりだった。
「テメェが座りてェからって、他人を批判してんじゃねェぞ、若造!」
おじいさんの口が止まらなくなった。
「楽なのが一番だろうが! 大体俺は年寄りだぞ!? 年寄りが優先で席に座ってて何が悪りィ!?」
「でも……」
俺は口ごたえした。
「みんながふつうに座ってくれれば、今ここに立ってるひといないと思うんですけど……」
「みんなやってることがおかしいって言うのか! テメェ、自分の言うことが一番正しいって思うタイプか! ……おい、兄ちゃん!」
おじいさんが俺の隣に立っているお兄さんに声をかけた。
「兄ちゃん、今、自分が立って乗ってることをおかしいと思うか!?」
「いえ、僕、すぐに降りるんで、進んで立ってるんです」
お兄さんはにっこりと、そう答えた。
「ほら見ろ!」
おじいさんが後ろ盾を得て、強くなった。
「みんなやってることにオマエも合わせろ! 自分だけが座りたいからって他人を批判すんな!」
「すみません」
俺は大人しく、頭を下げた。
おおきな駅で電車が止まると、乗客が大量に降りはじめた。
出口の前をスマホに夢中なひとたちが立って塞いでいる。それを邪魔だなんて言うひとは誰もいなかった。だってみんなやってるから。
誰もがスマホ・ウォールの狭い横をすり抜けて、ちびちびと降りていく。
俺はその駅で降りるわけではなかったけど、駅員さんがちょうど通りかかったので、気を強くして、みんなに言ってみた。
「出口の前、開けてくださーいっ」
すると駅員さんが俺のほうを見て、けしからんものに注意をするように言った。
「何を偉そうに言ってんだ、オマエ! みんなやってることに従え!」