第5章:写真の中の微笑み
田中さんを覚えている人は、わずかだった。
しかもその記憶は、どこか曖昧で、確信には届かない。
けれど、あのとき会議室から漏れ聞こえた会話が、俺に一つのヒントをくれた。
――過去の資料なら、何か残っているかもしれない。
会社の共有ドライブに、「社内報」や「イベント記録」のフォルダがある。
入社式、納会、スポーツ大会、忘年会――あらゆる行事の記録が、写真付きで残っていた。
俺は休憩時間を使って、そのフォルダを一つずつ開いていった。
画面をスクロールしながら、見覚えのある顔を見つけては、田中さんの姿を探す。
何十枚、何百枚と見ても、田中さんはいなかった。
――やっぱり、もう全部消されてるのか。
そう思い始めた頃、201X年の「新人歓迎会」の写真で、ふと手が止まった。
それは、会議室の丸テーブルを囲んだ集合写真だった。
後列中央。
グレーのカーディガンを着た女性が、控えめに笑っていた。
田中さん、だった。
間違いない。あの姿勢、あの目線、あの笑顔。
俺が毎朝見ていた横顔だった。
指で画面をなぞるようにして、しばらく見つめた。
ここにいる。
確かに写っている。
データの中に、“存在”が残っている。
名前の記載はなかった。
でも、それでも十分だった。
俺はその画像をプリントアウトし、自分のノートに挟んだ。
これが、第三の証拠になった。
記憶。ハンカチ。そして写真。
けれど、ふと気づいたことがある。
――写っているのは、田中さんだけじゃなかった。
その写真には、俺も写っていた。
でも、記憶にない。
あの歓迎会、俺は参加した覚えがない。
その場にいたはずなのに、俺はその日を、何も覚えていない。
その日、俺は初めて、自分の記憶に疑問を持った。
本当に、田中さんが消されたのか?
それとも、最初から俺だけが“見えていた”のか?




