7 白い部屋
目覚めると僕はベッドの上にいた。ここは白い部屋の中。天井も壁も床も白。ベッドも、僕が着ている服も白い。部屋には窓がなく、頑丈そうな金属の扉がひとつあるだけ。家具はベッドと椅子と机、そして便器。
ここはどこだ? まるで刑務所の独房か、さもなければ精神病院の隔離室だ。
金属の扉には、顔の高さに除き窓がついていて、そこから一対の青い瞳が室内を覗き込んでいた。
僕はベッドから出て扉に近づいた。
「気分はどうだい?」とジョニーが言った。
「ここから出せ」
「それはできない。君を世に放つのは危険だからね」
「何を言っているんだ? 僕は正常だぞ」
「正常かどうかは医者である私が判断する」
「頼む体してくれよ。こんなところに閉じ込められていたらそれこそ気が狂ってしまう」
「そう悲観することはない。ここでの生活は君が思っているよりもずっと快適さ。おいしい食事も出るしね。そうだ、君の食事をスミレ君に頼んでおくよ」
スミレという名を聞いて胸がドキリとした。あの美人ナースのことだ。彼女が僕の食事を持ってきてくれる?
「とにかくここから出してくれ!」
しかしジョニーはくるりと踵を返して歩き去ってしまった。
僕はベッドに腰かけて頭を抱える。どうしてこうなった?
しばらくするとスミレが食事を運んできた。音もなく扉が開いて、ナース服のスミレが入ってくる。スカートの丈が短くて、形の良いきれいな足がよく見える。
「食べ物を持ってきてあげたわ」
彼女は机にプレートを置く。僕はわざと返事をしない。
「どうしたの? お腹でも痛い?」
僕に近づいてきて顔を覗き込んでくる。甘い良い匂いがした。
僕は顔をあげて彼女に訴える。
「僕は狂ってなんかいないんだ。きっと誤解している」
「大丈夫、ここにいればじきによくなるわよ。ご飯食べて、寝て、気楽に過ごしてればいいの」
「けど自由がないじゃないか」
「自由なんて幻想よ。この世界に自由な人間なんてひとりもいない。みんな何かに縛られてるの」
「まあ、そうかもしれないけど」
僕は椅子に座って料理を食べだした。
肉料理は、今まで食べたことがない不思議な味がした。
「これ、何の肉? 豚でも、牛でも、鶏肉でもないみたい……」
「人肉よ。おいしいでしょ?」
「まさか……」
僕は椅子に座って机の上の料理を食べる。正体不明ではあるが、確かにおいしかった。スミレは僕のベッドに腰かけて、僕が食事している様子を興味深そうに見ている。
ちらと彼女の方を見る。短いスカートで足を組んでいるから、スカートの中が見えそうだ。
その時、ベッドの下に何者かがいることに気づいた。太った坊主頭の男だ。服は着ていない。その人物は口を大きく開いてスミレの足にかみつこうとしていた。
僕はとっさに立ち上がって彼女をベッドの上に押し倒した。
「男ってみんな同じことするのね」
「ちがう。ベッドの下に誰かいたんだ。何もしないよ」
「下手な嘘」
「嘘じゃないってば」
彼女と僕の顔の距離が近い。このままキスをしたい衝動に駆られる。彼女もそれを望んでいるみたいに見える。その証拠に、僕を押しのけようとはしないで、去れるがままになっている。しかし僕は首を振って欲望を払いのけた。
彼女から体を離す。スミレは一瞬、失望みたいな顔をした。
「本当に、ベッドの下に誰かいたんだ。そいつは君の足にかみつこうとしていた」
「男っていつも嘘ばっかり。意気地がないわね」
彼女は少し怒ったみたいな感じで立ち上がると、ドアを開けて出て行ってしまった。覗き穴からこちらをにらみ、ベーっと舌を出した。
怒らせてしまったのだろうか?
スミレがいなくなると僕は身をかがめてベッドの下を覗き込んだ。そこにはやっぱり太った坊主頭の男がいた。
「お前は誰だ? どうやってここに入った?」と僕は尋ねた。
男は質問には答えず、
「ナクくん、俺だよ。俺のことを忘れたのかよ?」と言った。切実な、訴えるような言い方だった。
僕はその男をじっと見つめた。そして思い出した。この男は僕の親友だった男だ。中学のころ僕にはふたりの親友がいた。仁は死に、もうひとりは音信不通になった。その、音信不通になったほうはこの男なのだ。
「雷魚か?」
「そうだよナクくん。久しぶりだな」
そう言いながら彼はベッドの下から這い出てきた。中学の頃はどちらかというとやせ気味で、髪型も違っていたからすぐにはわからなかったのだ。
「中学を出て以来だから、5年ぶりか? なぜ音信不通になったんだ?」
「この施設に囚われていたからなんだよ」
「5年もずっとここにいるのか?」
「そうだよ。この建物は表向きは精神病院だけど、実は裏で違法な人体実験をしているんだ」
「そうなのか?!」
「ここから出よう。そうしないと、俺もナクくんも人体実験のモルモットにされてしまう」
「けどどうやってここから出る? 扉は頑丈そうだぞ」
雷魚はニヤリと笑って、ベッドの下を指さした。
「あっ、穴!」
ベッドの下を覗き込んだ僕は叫んだ。ベッドの下の床に穴が開いていたのだ。
僕と雷魚はその穴を通って、部屋から脱出した。